第1816話 むしろ出しといてくれ

 何でしょうね、その例の婚活女性の動画的なものがバズったからなのかもしれないんですけど(バズったのかな?)、やたらとそれ系のツイートとかショート動画的なものが目に付くようになった気がします。


 いや、見なきゃいいだろって思われたかもですけど、目に付いちゃうんですもん。それに、何度も言いますが、私は今回のカクヨムコンで婚活モノを書いた女ですよ。興味があるから書いたんですよ。そりゃそうでしょう? 興味がないものをテーマにしませんて。


 見ちゃう。

 そりゃ見ちゃうから。

 怖いもの見たさでそりゃ見ちゃうよ。


 今回気になったのはこれ。


『会計時に財布を見せるな(意訳)』でした。


 何のことを言ってるかわからないでしょう?

 私もね、わからない。

 えっ、財布を出さずに会計をせよ、と?

 電子マネー的な?

 スマホで決済しろってこと?

 いまなんかお客さんの中には、時計とか、なんか謎のキーホルダー的なやつで決済する人もいるんですけど、そういうこと? そういうトンチ的な話?

 あの屏風の中の虎を退治してみせよ、的なこと?

 

 違うのです。

 どうやら違うらしいのです。


「男たるもの、会計は女性がお手洗いに行っている間に済ませておくべき」


 ということらしいのです。

 えっ、そうなの?!


 その動画の中の女性は言います。


「目の前で財布を出されたら、こっちも財布を出して、払う気がなくても払うポーズをとらなくてはならない」


 と。

 つまりは、そんな気を遣わせるやつは駄目だ、と。そう言いたいらしいのです。おいおい嘘だろ。ていうかお前も出せや。


 もうね、色々びっくりですよね。男性って大変なんですね。


 ちなみに宇部家ではこの『外食のお会計、男が払うか女が払うか』みたいなので、毎回揉めます。


 俺が出す、という旦那と、うるせぇ、私にも払わせろ、という妻の攻防です。


 そろそろ食べ終わるかな? という段に差し掛かると、お互いにチラチラとテーブルの上の伝票に視線を向け始めます。取るか、取られるかですよ。その勝負ではだいたい私が負けますが、まだわかりません。むしろ勝負はここから。例え伝票を取られたとて、まだ金銭のやり取りは発生していないのです。重要なのは、金です。こんな紙切れではないのです。


 食べ終わり、少々余韻に浸り、身支度を済ませて立ち上がります。ここからが真の勝負。


 気持ち速足でレジに向かいます。鞄の中に手を突っ込み、財布のスタンバイはOK。ですが奴さんも負けてません。既に財布を出しています。チクショウ!


 しかも、旦那は私よりも身体がデカいのです。どどん、とレジの前に陣取られては、どうにもこうにもなりません。フィジカルでは完全に勝てないのです。イメージとしてはあれです、あの、バスケの選手がゴール下でワーワーしてる感じ。旦那の方がNBAとかそういうプロの選手です。気持ちの上では2mくらいあります。対してこちらは高校生のバスケ部です。勝てません。厳密には、約174㎝の元剣道部と、約157㎝の元吹奏楽部です。勝てません。


 あっさりと会計を済まされてしまいますが、まだ諦めてはいけません。諦めたらそこで試合終了とはよく言ったものです。良いですか、諦めない限り、試合は続くのです。


 旦那の財布はまだチャック全開です。

 大抵の場合、チャックが全開で良いことなんて一つもないのですが、この場合は例外です。


 ねじ込め!

 そこに、札を!!

 

 ここで慌ててチャックを閉じるような、危険なことはしません。そんなことをしたら可愛い妻の指を挟んでしまいます。なので、この状況に持ち込んだ時点で私の『勝ち(厳密には引き分け)』は確定。これが、宇部家の外食時のお会計事情です。


 なお、旦那も馬鹿じゃありませんので、負けっぱなしでは終われないと思ったのでしょう。最近ではさっと財布をしまうようになりました。


 ですが、私を舐めてもらっては困ります。


 何せ私は未だに、


「私のようなものは男性に全額払ってもらえるような女ではない」


 の考えが根強い女。

 私風情がのうのうと全額奢られて良いわけがないのです。

 

 大丈夫、ねじ込むところはまだあります。

 鞄の中、ズボンのポケット。

 工夫次第でねじ込み先は無限大です。

 もし彼がパンツ一丁だったら、パンツのゴムに挟んでいたでしょう。おひねりスタイルです。


 ただまぁ、常識的に考えて、おひねりスタイルは彼の社会的な死をも意味しますので、やはり財布は出していただきたいところですね。

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