第881話 何をどうしたらそこに穴が

 また穴の話かよ、ってね。

 ええ、穴の話ですわ、ごめんな。


 お客様のお話なんですよ。

 お客様のお洋服――作業着でしたが――に穴がね、あいてて。


 いや、穴くらい別に良いんですよ。そんなドレスコードのある店じゃありませんから。大事なところがきちんと隠れてさえいれば、別に多少奇抜な恰好でも良いわけです。


 サーファーらしきお客様がウェットスーツ(?)でいらしたこともありますし、スッケスケのスーパーシースルーワンピースで、お身体のラインどころかありとあらゆるアレな部分を大サービスした淑女がご来店されたこともあったそうです(私は見てない)。


 その他にも、「これと同じものはあるか」とズボンを軽く下ろしてアンダーウェアをチラ見せしてくるジェントル爺さんもいたそうです。


 なのでね、多少の奇抜なファッションでは動じません。ただ従業員間で「すごいのが来たわね」とヒソヒソするだけです。


 そんな、ある程度の耐性のある私ですが、シンプルな中にもパンチの効いたお客様がご来店されまして。そう、冒頭で述べた、穴のあいた作業着をお召しになっているお客様です。

 

 穴の箇所がね。


 股間で。


 ど真ん中ではないんですけどね。

 イチモツの位置(推定)から5センチほど離れたところに、十円玉くらいの大きさの穴が。


 衣服にあいた穴として、十円玉サイズというのは、そう大して大きいものではないと思います。ダメージジーンズなんかはね、もう膝がぱっくり、なんてこともあるわけですし。ただこれが靴下だったら、十円玉サイズなんてえらいこっちゃですよ。親指出ちゃう。


 だけど、ズボンの穴ですから。

 ズボンの穴が十円玉サイズなら、ガタガタ言うレベルじゃないわけです。


 でもね、股間なの。

 ど真ん中からは多少外れていたとしても、ギリ股間と言えなくもない位置なのよ。


 いや別に、あくのは自由だけど、それ、どうやってあいたの?!

 そんなきれいなまん丸の穴、どうやってあいたの? 撃たれたの!?


 下着がチラ見えしてるとかそういうのは最早問題ではないのです。

 問題はそう、そんな人体の急所――というか男性の急所に十円玉サイズの穴があいていることなのです!


 そんなところに穴を穿たれてもなおぴんぴんしているなんて、彼は勇者か?! そんなことを思いましてね、そんな勇者が来店されたことを旦那に報告したわけです。


宇部「すごいよ、今日、股間にこれくらいの穴があいたお客さんが来たんだよ!」

旦那「ほぉ」

宇部「股間だよ、股間! そんなところに穴があいてるってすごくない?! 狙撃されたのかな?!」


 興奮気味に股間股間連呼する妻を、彼はどう思ったでしょうね。

 

 まぁ、多少の奇行は平常運転と思っているかもしれませんが。


 すると旦那はね、さらりと言うわけですね。


旦那「火花だな。溶接とかの」


 そ れ だ !


 私ったら、『とろける鉄工所(溶接工場を舞台にした漫画)』を全巻揃えているくせに、そんなことにも気付かなかったのです。そりゃあそんなまん丸い穴があくったら、狙撃の可能性もあるんでしょうけど、火花ですわ。アレ、結構バチバチ飛んで来るみたいですから。普通そんなところ狙撃されたら無事ではすみませんし、さすがに血まみれですって。そんなズボン、二度と履かねぇわ。


 やはりここでもさすがのクレバーぶりを見せつけて来た旦那なのでした。驚きの賢さ。


 それとも私が群を抜いて馬鹿なのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る