第581話 誰が着せたのか
接客業をしておりますと、こんな田舎でも一日に何人、何十人もの人間に会うわけです。そのうちの何人かとは例えばレジ打ちだったり、売り場の案内などで言葉を交わしたりするわけですけど、大半はただすれ違うだけ、もしくは遠くからちらりと見るだけだったりします。
趣味は人間観察と言うと、「人間を『観察』なんて、アンタ何様?」と言われたことがあるのですが、それでも人を見るのは好きです。出来るだけ凝視しないように、睨んだりしないように(目が悪いので、よーく見ようとすると睨む感じになっちゃう)と気を付けながら、見ています。
あっ、あの人の鞄可愛い。
おお、あのおじさんのマスクおしゃれー。
そんな感じだったり、
私もそうなんですけど、一人で歩いてる時なんかも案外無表情ってことはないんですよね。商品を見て滅茶苦茶悩んだり、スマホ画面見てちょっと笑ってたり。
あとカップルとかご夫婦ね。力関係が垣間見えたりして面白いのです。小さなお子さん連れの男性が、赤ちゃん言葉使ってたりするのも味わい深いですね。
さて、そんなある日のこと。
先日、とんでもない台風が来たじゃないですか。確かあれが日本に近付いて来てます、ってくらいの時だったと思うんですよ。近付いてる、っていうだけなのにもうざわざわしてた頃だったように思います。
台風といえば、昨年は窓に養生テープを貼るとガラスが割れた時に散らばらないということで、普段あまり台風が本気で攻めてこないここ秋田県でも空前絶後の養生テープブームが巻き起こったものです。
だからなのか、今回の台風でももしもの時に備えて養生テープやらカセットコンロのボンベやらを買い込んでいくお客様が多かったように思います。
備えあれば憂いなし、と言うしなぁ、などと思っておりますと、私の目はですね、ある一人のおじいさんのTシャツに釘付けになったのです。
最初に「うん?」と思ったのは、背中の文字でした。
なんかやたらと『sorry』って書いてるんですよ。えー何? 何この謝罪T。でも嫌いじゃない、あの感じ。
何だろう、何に対してのsorryなんだろう。そう思いつつ、ちょっと近付いてみますと、そのおじいさん、くるりとこちらを向きました。もう、いかにも、っていうおじいさんです。痩せててね、頭髪も乏しい感じのね。
そんなおじいさんの謝罪Tの前面は――……
……あれ、明らかに天気図だよなぁ。しかも、台風の。
そのおじいさんの胸元に、天気図の台風がばばーんと。渦巻いてるやつ。結構でかいの。今回の台風かな? っていう。
そんで、胸元には
『came back again』と。
また戻ってきてごめんってこと?
えーでも、そうとしか思えませんよ。
だって完全に台風でしたから。
いや、時期的に完璧すぎでしょ。誰よ着せたの! おじいさん意味わかって着てるのかな?
仮に英語がわからないとしても、さすがに台風はわかるっつーの!
ちょっと若いデザインだったので、絶対これ孫の仕業ですよ。
とかいってこのおじいさんが選んだやつだったらどうしよう。おじいさんファンキーすぎる。
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