第80話 芳しの君を求めて

 香り繋がりでね、もうひとつ、と思いまして。


 私割と『香り』が好きでして。香水とかね、若い頃は結構集めてたりしてたんです。

 といっても安物ばかりですけどね。逆にお高いやつはなんていうんでしょうねぇ、格式が高すぎて、何かもうおばあちゃんの香りって感じがして。きっと大人になったら好きになるんだろう、そんな香りの似合う女性になるんだ! なぁんて思ってたら、まぁこんな感じになっちゃいました。若き日の私よ、残念だったな。


 いまは香水よりもシャンプーとか、それこそ柔軟剤の香りとか、そういうのが好きで、あえて『そういうナチュラルな私』を演出した方がモテる、みたいなテクに引っ掛かりまくっている私です。

 すれ違った女の人からそういう香りがすると思わず振り返っちゃったりしますもんね。成る程、男はこうやって落とすのね。


 と、ついつい良い香りの人についていきそうになる私ですが、ただ単に良い匂いなら良いってわけではなくて、一応「これ!」っていうのがちゃんとあるんです。


 しかし、それが、何なのかわからない。

 結構色んな人から香ってくるので、メジャーな商品だと思いますし、微香なので香水でもないと思うんですよ。シャンプー系か洗剤か。

 ということで、ドラッグストアの洗剤コーナーでテスターをくんくんしながら探したりもするんですが、これが一向に見つからない。

 恥を忍んで突撃インタビューしようかとも思ったんですが、「そのバッグ可愛いですね、どこのですか?」ならまだしも「あなた良い香りですね、シャンプーはどこの? それとも柔軟剤?」って、ぐっと変態度が増しません? 事案発生ですよ。


 それに、恥ずかしながら「これ!」というのも割と頻繁に変わるというか、良い香りの人とすれ違う度に上書きされたりするのです。好きなポイントはほぼ同じだと思うんですけどね、「あー、これもー」みたいな。


 で。


 私がとある営業部の事務として働いていた時のことです。そのオフィスビルのフロアにはウチの会社だけではなく、もう一社入ってまして、どうやらそこは男性が多く、女性は事務(じゃないかもしれないけど、雰囲気がそれっぽい)の方1人しかいないようでした。


 ある日のことです。

 トイレに行こうとドアを開けたら、その彼女がちょうど手を洗って出るところでして。で、軽く会釈した後、彼女と入れ違いに入ったわけです。

 そしたらね、ふわ、っと。香ったのです。


 これぞ私の求めていた香り! というのが。

 彼女の残り香なんです。間違いない。何せもうすでにウチの女性社員は嗅ぎ尽くしてますんで。こう書くと変態みたいですね。ばっちり変態です。


 で、これはもう勇気を出して聞くしかない。

 そう思うじゃないですか。だけど、それ以来なかなかかち合わない。まさかオフィスに堂々と乗り込むわけにもいきませんし。


 ただただトイレで彼女の残り香を嗅ぎ(もうどんどん変態)、想いを募らせていく日々。


 そうこうしているうちに数日が経ちまして。

 何と、廊下でばったり出くわしたのです! これはきっと「宇部、行ったれ!」という神様からのサービス! サンキュー、ゴッド!

 よぉぉーし、行っくぞぉ――……あれ?

 

 しない!?

 あの匂いがしない!?


 ど、どうして……?




 もうおわかりですね。


 例の『香り』は彼女のものではなかったのです。


 トイレの芳香剤だったのです。




 ね? 私なんてね、トイレの芳香剤がお似合いなんですよ。

 その数年後に一滴消臭で貴婦人になった私からは以上です。


 ちなみにその芳香剤ですが、四角い容器にビー玉みたいなやつがたくさん入ってるものだったんですけど、同じやつ(だと思う)を買っても同じ匂いがしませんでした。ミステリー。

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