第225話逆転
たまたま見かけただけだったの。本当にフラフラと力なく敷地に入ってきて、散歩でもするかのようあるいてた。衛兵に見つかってからは夢から覚めたかのように俊敏に逃げてたけれど。
さしたる重要拠点ではないこの施設に忍び込むメリットはあまりない。ただの食料庫、盗人ならもっと高価な物を狙うでしょう。だからこそこの施設の衛兵も彼を素通りさせる愚を犯したのでしょうけど。
そんな事はどうでも良い。面白そうな玩具がそこにある。それだけで十分。追いかけたわ。結果は大当たり。母から聞いた異界の武器を使う魔術師。剣の腕も最高、不満があるとすれば、本人が疲れきっているせいか一合する度に弱っていく事。
念の為に魔術封じも行使した。私のとっておきだ。そのうち傷が増え目から力が消えていくのが分かる。それでも、強引に距離を取り、見た事の無い回復薬使用して立て直そうとする。頑張る姿はどのような物であれ良い物だ。
そして懐かしい物を目に出来た。母がやっていたバットウと言う物だ。その一刀はとにかく早い。だけど、一刀を掻い潜れば後はどうとでもなる。そう言う物だ。私は慎重に間合いを詰める。
周囲は街道で遮蔽物が無い、余計に慎重にならざる得無い。この高揚感、久しぶりに感じる。最高だ。きっとこれは私への試練でありご褒美なのだ。神様ありがとう。
って思ったんだけどなぁ。事もあろうか彼。そのまま倒れてしまったのだ。残念で仕方ない。せめて君の人生がどんな面白い物だったかで楽しませてくれる事を神に祈るとしよう。
そうして近づいた時。彼は急に起きた。余りに不自然に。私はその異様さに思わず後ろに飛びのいた。
「全く、状況が理解できませんね。それでも分かるのは貴女が私の敵なのだろうなという事くらいでしょうか?」
口調が急に変わった。さっきまで粗暴さがある口調だったのに、今は丁寧な紳士の様。少し気持ち悪いけど良いでしょう。不完全燃焼気味だったからね。
「さっきまで必死にボロボロになりながら私の剣を何とか捌いてたじゃない。さぁ続きをしましょう」
「はて、殺し合いでしょうか、それとも演習でしょうか?」
何かがおかしい。でも殺してから見てしまえば答えは出る。
「殺し合いでしょう?あまりの恐怖に狂ったかしら?死は恐ろしいものね」
「お嬢さんに恐れを? それ程可愛らしいのに、残念ですが殺し合いとなれば相応の対応をしましょう。ですが、もう一度機会を与えましょう。これは演習ではありませんね?」
ボロボロで良く言う。さっきまでの事は記憶の彼方に行ってしまったらしい。
「殺し合いです」
「了承しました。黄泉路へ案内致しましょう」
私は一気に間合いを詰めた。相手の構えは同じ。鞘に収めたままの上段の構え、さっきまでのように捌くつもりなのだろう。でも今回はさせない。速度が今までより速いから、反応できるならやってみろってね。
次の瞬間彼は私に貫かれる。そう思っていた。
だけど現実は、いとも容易く、剣筋を反らされ。がら空き所の肩を鞘で砕かれた。さっきまでの彼とは次元が違う。今の身のこなしたった一合で勝負は決した。
そのまま無様に倒れ付す私を見向きもせず彼は思案に耽っている。最早眼中にすらないのだろう。
「お逃げなさい。可愛らしいお嬢さん」
屈辱です。これはもう、犯されるのと同等のそれでしょう。ですが、助かったと安心する私も同時にいる。ここは素直に逃げましょう。いつか、絶対後悔させる事を心に誓って。
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