第20話 ちょっとドキドキしちゃったよ
生地の誘惑に抗いつつ、カイ君の丁寧な説明を聞きながら調理を進めた。カイ君は従業員さん達の分を並行して作っているので、私達が食べる分は私の担当。
パイ生地で作った器にバターで炒めた野菜等を入れて、見た目をそれっぽく整えてカイ君に確認してもらう。視界の端には私の作ったものとはレベルの違う物体が見えているけど、そこはもう気にしない事にする。
「こんな感じでどうかな?」
「うん、うまく出来てると思うよ。これで後は温めておいた窯で焼けば出来上がり」
「やったー」
やっぱり先生の教え方が良いと違うなあ。このまま綺麗に焼けてくれますように。ちなみに窯への火入れは早めに行っていたみたい。
カイ君は時折、従業員さん達にお菓子とか手料理を振る舞うことがあるらしくて、その料理好きの影響もあって台所に大きめの窯が作られている。私も小さめのものでいいから家に一つ欲しいなあ。
焼き上がりを待っている間に少し休憩をしてカイ君とお話をしていたんだけど、なぜか話題の合間合間にセシリオさんのことを聞かれた。何でだろう?
もしかしたら、玄関で見かけたときに私のせいで難しい顔をしてしまっていたのかも。今度会った時にでも謝っておいたほうが良いかなあ。
「――そろそろ焼き上がったかな」
「ふふ、楽しみ。すごく良い香りだよね」
多分大丈夫だとは思うけど、やっぱり慣れない手順も多かったし、少しだけ心配になってしまう。そんな不安を懐きつつ、カイ君の後ろから恐る恐る料理の出来栄えを確認する。
――表面の焼き色や見た目も十分良くできているように見えた。
「うん、上手く焼けてる」
「おー、良かったー。ちょっとドキドキしちゃったよ」
「はは、僕も見てたからそんなに心配しなくても良いのに」
「そうだね、ごめんごめん」
出来上がったキッシュを切り分けて、テーブルに用意したお皿に載せる。これは私達の食べる分。
休憩中に飲んだお茶を入れ直して、二人で対面に座っていただきますをする。フォークで一口サイズに切って口へと運ぶ。
「すごい! 生地がサクサクで美味しい。それに中身もしっとりしててお口の中でとろけてるよ」
「ホント、美味しいね!」
「んー、幸せー」
こんなに美味しいものを食べられるのは本当に幸せなことだなあ。これだけでもこの町に来てよかったと思える。ううん、それどころかこの町に来てから良いことばかりだ。
「ティーナお姉ちゃんなら毎日来てくれても良いよ」
「すっごく魅力的なお誘いだね。でも、こんなに美味しいと毎日だと太っちゃうかも」
「んー、じゃあレシピ考える!」
「ふふ、それだと贅沢すぎちゃうから、今のペースで大丈夫だよ。というか今のペースでも贅沢すぎちゃうかも」
「そっかあ」
カイ君がちょっと残念そうな表情を見せる。ついつい頭をなでてあげたくなってしまったけど、そこはぐっと我慢した。小さい子供扱いしちゃうと失礼だしね。
食べ終わって一休みしてから、従業員さん達の分をくばるために個別の入れ物に小分けにする。さすがはカイ先生の分だ。なんだかお店で買ったみたいに見えてしまう。
「すごいね。カイ君って実はお店開けるんじゃない?」
「お店かあ、たまに考えたりはするんだけどね。さすがにまだ子供だし、お店を始めるにしてももう少し大きくなってからじゃないとね」
「もう将来のことを考えてるなんてすごいね」
「たまにしか考えていないけどね」
少しはにかみながらカイ君が口角を上げる。
思っていたよりもずっとしっかりした考えを持っているカイ君に驚いてしまった。私は小さい頃から両親が決めた道を何の疑問も持たずに歩いてきたから、そんなカイ君のことがとても眩しく見えてしまった。
少しノスタルジックな気持ちを抱きそうになったけど、今はその時じゃないと思う。
「よし、じゃあそろそろ配りに行こうか」
「うん、そうだね」
従業員さん達に一通り配り終えたので、そろそろ家に帰ることにする。今日居ない人の分はまた明日、カイ君が直接渡すみたい。
受け取った従業員の皆さんはとても喜んでくれていた。何度かカイ君が【若】って呼ばれてたのを聞いて、皆から大事にされているんだなあって実感した。
そういえば、今日はヨーカさんは会合で遅くなるらしい。
カイ君にバイバイしてから帰路につく。すっかり暗くなってしまったので、途中に寄り道はせずに真っ直ぐに帰ることにした。余ったキッシュをお土産にくれたので、帰ってからも堪能したいと思ってはいる。
暗い夜道を一人歩く。こんな時間なので、さすがに外を歩く人はまばらだ。
「街灯も少ないけど、月明かりに照らされてるからそんなに不安にはならないかな」
今はセシリオさんも居ないので、少しだけ周りに意識を向けて、不審者が居ないかを確認しながら歩く。
――そうやって暫く歩くと、古びた一軒家が見えてきた。
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