閑話 巡礼の旅を終えて1

 ――馬車特有の揺れと音が、なぜかとても私の安心を誘う。乗り慣れた馬車ではないのでこういった馬車自体はあまり好きではないのだが、今はそうではない。私の中にあるのは人里に戻ってきたという実感。あの緊張続きだった地獄のような長い旅もようやく終わりをむかえる。


 旅だけではない。長きにわたるあの計画も成功し、ティーナをまんまと追い出す事ができた。あの教会に入ってすぐ神父が見当たらなかった時はどうなることかと思ったが、これでセリアと一緒になることができる。どちらかといえば旅の完遂よりもそちらのほうが嬉しい。


 あの後、私達は最果ての町へと帰り着いた。一旦、森の方へと戻ってから、あたかも森から出てきたばかりといった体で姿を表したのだが、そこで待っていたのは最果ての町に住む者たちからの熱烈な歓迎。民達のその声を聞き、私は聖女巡礼の旅を利用した聖女入れ替えの計画を無事完遂することができたのだと、そう安心することができた。誰も不審に思ったものは居なかったようだ。


 なんとも言えない高揚感。ついつい皆の顔が綻んでしまったのは仕方がないことだろう。


 町に戻ってすぐ、私は町の広場に行き聖女巡礼の旅から帰ったことを宣言した。セリアを聖女として紹介することで、その姿を民に印象づけるためだ。


 王国に繁栄をもたらすもの――聖女。


 まあ、私が知る限りでは、聖女とは言ってもあくまでも平和の象徴に過ぎない。聖女巡礼の旅を完遂する事が必須という非常に困難な条件があるとはいえ、おそらくはただの儀式のようなものだろう。


 民にセリアの姿を見せている間、私の頭の中にはあの女の姿が浮かんでいた。実に不愉快な気持ちになる。……だいたい何であの支援魔術師が聖女なんだ? あの女は貴族のくせにお転婆で全然お淑やかじゃない。あの女のどこが聖女なのだ? どう考えても心優しき聖職者であるセリアの方が聖女としてふさわしい。


 これまで我慢していた事を思い出したせいか、どうにも苛立たしい。


「どうしたの? そんな難しい顔をして」

「え?」


 あの女のことを思い出してイライラしていると、隣に座っていたセリアが心配そうに声を掛けてくれた。……心配させてしまったみたいだ。


「いや、なんでもないよ。ちょっと疲れたのかもしれないな」

「ふふ、あれからずっと凱旋パレード続きだからね。疲労が取れるように魔法掛けるから、ルーリオは少し休んで」

「セリア、ありがとう」


 優しい笑みを浮かべたセリアがこちらに手を差し伸べる。少しして、手のひらから暖かな魔力が広がっていく。つい、ため息が漏れてしまうほどに心地よい。……やはり、セリアこそが聖女であるべきだ。


 この馬車は王都までの道程にあるすべての町を凱旋する。私は王都に帰り着くまでの間、セリアを聖女としてお披露目するつもりだ。民草にそう印象づけてしまえば、いかに元老院とて訂正することは難しかろう。




 ――王都へと至る道程を進むことおよそ一ヶ月、私達はようやく旅の終着点である王都へとたどり着いた。行く先々で歓待を受けたりもしたので、なかなかに充実した馬車の旅だった。


「き、緊張するね」

「大丈夫だ。セリアはこの一ヶ月の間、立ち寄った全ての村や町で民の治療をしてきた。多くの者達は、君のその優しさを身をもって知ったのだから」


 私の言葉にキャンディールとダイナスが大きく頷く。二人もまた私同様、セリアの姿をずっと見てきたのだ。セリアこそが聖女にふさわしいと思ってくれているのだろう。


 そうやって話していると、私達を乗せた馬車がゆっくりと止まった。……ここからが正念場だ。


 馬車から降りると、城内の広場には多くの人達が出迎えていた。下働きの者たちも遠巻きにこちらの様子を窺っている。……聖女が巡礼の旅から帰ってきたのだから当然か。


 出迎えた者達の中から一人の若者がこちらへ歩み寄る。確か、彼は近衛に成り立ての――いや、もうそれは一年以上前の話か。あの初々しかった若者がずいぶんと成長したものだ。私も早く日常へと戻りたいものだ。


「長旅でお疲れのところ申し訳ありません。城内では元老院の方々がお待ちです」

「大丈夫、わかっております」

「それでは、さっそく参りましょう」


 近衛の若者は安心した顔を見せ、私達を先導し歩き始める。そんなに心配する必要などなかろうに。私達も確かに疲れてはいるが、謁見があるというのであればそれを名誉と思うことはあっても、嫌に思うことなど無い。


 私達のために用意された待合室へと案内された。謁見の準備があるからだろう、セリアと私達は別の部屋となった。


「それではルーリオ様、お召し物の準備をさせていただきます」

「ああ、頼む」


 私に付けられたメイドが準備を始めると、ダイナスとキャンディールに付けられたメイドも仕事を開始した。できれば個室が良かったが、今は贅沢は言うまい。しかしこういった着替えをしていると、セリアの事が心配になる。


 私達は貴族なのでこういった事に慣れているが、セリアは平民だ。今頃、これまでにない程の緊張感に苦労していることだろう。少々心苦しいが、私と結婚すれば毎日経験することになる。その予行練習と思ってもらうしか無い。

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