秘密金融

T_K

秘密は価値があるものです。

「あー。今月もピンチだ。どうしよう」



少ない手取りで頑張ってきたものの、バイクのローンや住民税の支払いで、


貯金も底をつき始め、生活も苦しくなってきた。



「かと言って、バイト増やすワケにもなぁ」



就職すれば、多少変わるかもしれないとは判りつつ、


高校の時から好きでやってきたバンドをずっと続けている。


メジャーデビューの夢を見て、上京したものの、結局鳴かず飛ばずでバイトの日々。


その結果、練習よりもバイトしてる時間の方が圧倒的に多くなってきている。


本末転倒な話だ。


時間を見つけては曲の練習をしているが、


この生活もどうやら限界が近いのかもしれない。


「親に借りるワケにもいかないし。ん?何コレ」



普段は見ずに捨てる事が多いポスティング広告にふと目が止まった。



「貴方の秘密を担保にお金を借りませんか?だって?怪しすぎるだろ。これ」



ゴミ箱に捨てよう。そう思うと同時に、もう一つ頭に浮かんだ。



「もし、これが本当だったら」



少しでもバイトを減らせれば、練習も増やせるし、生活も楽になる。


行ってみるだけ行ってみて、怪しければ断って逃げればいいし。


そう決めてカバンの中にチラシを仕舞い込んだ。



それから2日後、あのチラシに書いてある場所へやってきた。


怪しい建物の怪しい店構えを想像していたが、


拍子抜けするくらい普通の店構えだった。


とりあえず話を聞く為、店内に入っていく。


正面のカウンターから、満面の笑顔で女性が出迎えてくれた。



「いらっしゃいませ。こちらへお掛けください」


「あ、はい」


「お飲み物は何になさいますか?」


「あ、え。じゃ、コーヒーで」


「かしこまりました。すぐにお持ち致します。


それでは、早速ではありますが、本日は如何なさいましたでしょうか」


「あの、これ見てきたんです」



カバンからポストに入っていたチラシを取り出した。



「お借り入れのお客様でございますね。当行は初めてのご利用でしょうか」


「はい。あの、秘密を担保にってどういう事ですか?」


「今資料を用意致しますので、少々お待ちくださいませ」



そういうと、女性はカウンターの裏から資料らしき物を取り出し始めた。


その間にも、別の女性が手際よくコーヒーを出してくれている。


コーヒーが置かれるとほぼ同時に、資料を抱えて女性が戻ってきた。



「当行では、お客様の秘密を担保に融資をしております。


秘密と言うのはその名の通り、誰にも知られていない秘密でございます。


その秘密を、メール等で頂戴したり、書面で提出して貰い、


担保としてお預かりいたします。


勿論、あくまで担保ですので、返済出来ない場合は差し押さえになります」


「じゃぁ、秘密さえあれば、お金を貸してもらえるって事ですか」


「左様でございます。融資額は秘密の種類によって様々でございます。


こちらが、注意事項と、秘密の種類による融資額一覧表でございます。


ご確認くださいませ」



パラパラと流し読みする。やはり目に留まったのは融資額一覧表だった。


子供の頃の悪戯、融資額5万円、恋人に言えない秘密、融資額1万円など。


金額の付け方は独特だったが、思っていた以上の金額に驚きを隠せなかった。



「い、今お金借りる事って出来ますか!」


「勿論でございます。秘密の提出は書面に致しますか?


後程メール等でもお受け出来ますが」


「すぐ借りたいので書面でお願いします」


「かしこまりました。それでは、あちらの個室で記入をお願い致します」



個室には、高そうなペンと秘密借入申告用紙と書かれた紙と封筒が置かれていた。


すぐにペンを取り、子供の頃にした些細な悪戯を2つ程記入していく。


すぐに書き終え、紙を封筒へ丁寧に入れた。


個室から出ると、先程の女性がまたしても笑顔で出迎えてくれた。



「それでは、お預かり致します。融資額をお調べ致しますので、


暫くお掛けになってお待ちくださいませ」



そういうと、女性はカウンターの裏でパソコンにデータを入力し始めた。


また、度々電話で何かを確認している様子だった。


程なくして、女性は戻ってきた。仰々しいトレイに現金を載せて。



「お待たせいたしました。この度のご融資額は13万円でございます」


「じゅ、十三万円!?」


「返済期限は半年でございます。


担保をお預かりしておりますので、利息はございません。


他にご質問はありますでしょうか」


「な、ないです」


「この度はご利用有難うございました。


またのご利用、心よりお待ちしております」


「あ、有難うございます」



半ば放心状態でお店を出た。


子供の頃のちょっとした悪戯を書いただけ。


ものの十数分で13万円を手にしている事実に、とても興奮していた。


また、今までバイト三昧で頑張っていた生活が些かバカらしくも感じていた。


あんな秘密、あった所で何の役にも立たないし、


それを書くだけでお金が借りれるならいくらでも借りたい。


お金を返さなくても、失うのは秘密だけ。実質借り放題じゃないか。


今度お金に困ったらまた借りよう。そう決めて家路に着いた。


簡単に手にした13万円は新しいギターや生活費に充て、


あっという間に消えていった。


ただ、バイトを増やす事はしなかった。


寧ろバイトを減らし、曲作りや練習の時間に充てる事が増えていった。


今までの生活より、明らかに充実した毎日を過ごしていた。


困ったらあそこで秘密を担保にお金を借りれる。


それが心の余裕に繋がっているのだろう。



事実、あの後、度々お金を借りに行った。


相変わらず融資額の付け方は意味不明だったが、


思っていた以上に毎回借りる事が出来た。


何回か借りていく内、ふとした疑問が浮かんできた。


融資を受けたのが10回を数えたくらいの帰り際、思い切って聞いてみた。



「あの、返済期限が過ぎたら担保にした秘密を差し押さえるって、


最初に言ってましたけど、具体的にはどうなるんですか?」


「詳しくはお教え出来ませんが、当行で厳重に管理し、


当行の資産として運用致します」



秘密が資産に?どういう仕組みかは判らないが、考えた所でわかるはずもなかった。


あれから半年間、今までにないくらい楽しい毎日だった。


バイトには殆ど入らず、曲作りと練習に明け暮れた。これだよ。


こんな生活がしたかったんだよ。お金が無くなれば、借りに行けば良い。


どうせ必要のない秘密だ。


そうやって秘密を担保にお金を借りる生活が当たり前になっていった。


生活がガラリと変わった事は周りにもすぐに伝わるのか、


バンドメンバーから、一体何があったのかと尋ねられた。


練習終わりの打ち上げで酒が入っていた事もあってか、


秘密を担保にお金を融資して貰える事、どの秘密がいくらだったかを話し、


それを肴にその夜は終始盛り上がった。



そして翌朝。


いつもの様にレンタルスタジオへ出掛ける準備をしている最中、


インターホンがなった。


時間は9時過ぎ。宅急便くらいしか考えられず、


きっとこの間注文したアンプが届いたのだろうと、特に確認せずドアを開けた。


ドアを開けると、スーツ姿の男4人が、ズカズカと部屋の中へ入ってきた。



「な、なんですかあんた等!」


「失礼ですが、貴方は当行から秘密を担保にお金を借りていますよね」


「あ、ああ。あそこの人ですか。なんですか、こんな朝から」


「担保にされていた秘密、先日返済期限が過ぎた為、


差し押さえになった事はご存知ですよね」


「あ、はい」


「今朝になってその秘密の不渡りが発覚致しまして」


「不渡り?」


「えぇ。秘密の資産価値が全くない事が判明したのですよ」


「そんな事、俺に言われても困りますよ。関係ないじゃないですか!」


「それが大有りなんですよ。貴方、昨日誰かに秘密を話ましたね?」


「あぁ、話したよ。それが何だって言うんだよ!」


「注意事項、お読みになりませんでしたか?秘密というのは、


人に話すと価値がなくなり秘密ではなくなってしまうんですよ。


当行が差し押さえた秘密は、


あくまで資産価値があるので担保として成り立つのです。


そんな秘密をお客様が他人に話した為、


1円の価値もない秘密になってしまったのです」


「そ、それはそっちが勝手に価値あるものって決めてるだけだろ!」


「いいえ。秘密は本当に価値があるものなんです。


いいでしょう。折角なのでご説明致します。


世の中には、他人の秘密を知る事で愉悦を感じる人もいらっしゃいます。


当行では、そんなお客様、とりわけ富裕層のお客様に、


差し押さえた秘密を販売し、利益を得ております。


誰も知らない他人の秘密を自分だけが知っている優越感。


それはそれは、たまらない物だそうです」



だからあんなに高い金額を借りる事が出来たのか。


担保にした秘密の融資額がバラバラなのは、


それだけ高値で取引される可能性がある秘密だというワケだ。



「しかし、それを貴方は話してしまった。誰も知るはずのない秘密を、


1円の価値もない秘密にされてしまったワケです。


そんな事をされては、当行にも多大な損害が出てしまうのですよ。


また、その秘密に変わる、新しい担保を差し押さえる必要があります」


「新しい担保?ああ、別の秘密って事か」


「いいえ。そんなもの、もう1円の価値もありません。


貴方の秘密は昨日、暴落してしまいましたから。


私どもが差し押さえるのは、貴方自身です」


「な、なんだって?」


「人間1人そのものが忽然と消えたとしたら。これ以上の秘密はありませんからね。


どんな高値が着くかわかりません。きっと良い資産になる事でしょう」


「や、やめろ」


「貴方に拒否権はありません。


貴方はただの担保であり、


ただの資産であり、


存在自体が秘密なのですから」

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