瘋癲正伝
靑命
プロローグ
魔法。それは、人々の力となるもの。
魔法。それは、一握りの選者にしか扱えないもの。
魔法。それは、使用者の精神を犠牲として発動されるもの。
――その昔、世界に「災厄」が訪れた。ひとつの大きな石の塊が、空を覆い尽くしながら地上へと降り立とうとしていたのだった。
人々は絶望した。逃げる場所などなかった。世界中に存在する魔法使いの力を集結しても、それを回避することは出来なかった。
誰もが天を仰ぎ、泣き叫ぶ中、一人の救世主が現れた。
「大魔女」と呼ばれていた少女は、この世にその姿を現した時から、人々の信仰の対象であった。魔法がこの世に存在して以来、かつてない力と強靭な精神を持っていたからだ。そうして、彼女自身も自分の精神を削っては、彼らの平和に貢献していた。
「あとは、任せた」
魔法使いたちにそう告げると、彼女は人々が止める言葉にも耳を貸さず、その右手を黒い空に向かって差し出した。
――瞬間。皆の目に広がったのはいつもと変わりない晴天。
魔法使いたちには、「大魔女」が転移の魔術を使ったのだと、即座に理解出来た。
しかし、それと同時にこんな懸念も生まれた。――あれほどの大きさ、質量のものを転移させてしまっては、いくら「大魔女」とはいえ、廃人化するのではなかろうか。
しばらくの間、喜びに抱き合い、自分たちの生に泣き笑いを浮かべていた者達も、「大魔女」の姿を探し始める。
彼女は、先程と同じ場所で蹲っていた。
誰かがその肩に手をやり、揺さぶった。反応はなかった。
人々が顔を見回し、再度悲しみに満たされようとしたその時。
彼女――世界を救いし「大魔女」――は、徐に起き上がった。
「……は、」
だが、その口から漏れたのは、安堵からの溜息でも世界への疑問の声でもなく。
「きゃははははッッ!!」
狂気に堕ちた者があげる、哄笑であった。
精神をすり減らした魔法使いは、普通であれば心を失い廃人化する。
しかし、「大魔女」は例外であった。その秘めたる潜在能力を、世界のために極限まで引き出した彼女は、元々魔法使いとは比べ物にならない程あった精神力を爆発的に膨張させてしまったのだった。つまり、通常とは逆の作用が起きてしまったのである。
さらなる力を手に入れた彼女は、それまでの慈悲深い人格を失った上に、乱人と化した。
狂喜の笑いを響かせながら、彼女はその力をあたりに放出し始めた。
それにより世界の均衡はあっという間に崩れ、天候も、生態系も、全てが彼女同様に、狂った。
洪水が起きたと思いきや、次の日には流れた全ての水がどこかへと消え去り、干ばつが各地で勃発した。
これまで木の生えなかった地域に突然森林が発生したり、自ら枯れたりしたため、海に囲まれた国が日毎に隣国と陸続きになる、ならないを繰り返した。
希少種とされていた首三本の獣が当たり前のように街々を闊歩し始め、それまで人類にペットとして飼われていた生き物が巨大化し牙を向くようになった。
世界の変化は絶え間無く続き、人々は大いに苦しませられた。
こうして、今まで信仰対象となっていた存在が、「災厄」へと変化したのだった。
彼女の力は無尽蔵で、強大で、その笑い声も果てなく続いていくかのように思えた。
――人類がこの「災厄」を収めるには、実に、五十年もの時間を要した。
王都が開発した、改造人間を元に作られた魔法使い。彼らの力で「大魔女」を屠ったことにより、事態は収束した……ということになっている。
歴史上は。
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