第5話

「まぁ何はともあれ、今日からここが君の暮らす場所・・・」


「うはぁ〜、すごーい! なんかよく分からないけど、すごい気がする!」


聴取を行っていた部屋には窓がなく、まるで監獄か何かのような場所だったから地下かどこかなのかなと思っていたが、実際はその逆だったようだ。


人ひとりより大きい窓からは、目の前には広がる海、眼下には石ころほどの小ささになった車や人が見える。


「あのー、僕の話聞いてる?」


「ここって何階ですか!?」


「うん、完璧に聞いてないね。42階だよ」


「よんじゅう!」


過去の記憶にも高い場所から見た光景のようなものがいくつかあったが、如何せん数少ないので、高い場所というのは何だか嬉しくなる。


「まぁ・・・高い場所ってのは男と人のロマンだからねぇ。分からなくもないけど」


「で、今日から僕は一体どんなとこに暮らす場所をいただけるのか、期待していいんでしょうか?」


「あ、話聞いてたんだ」


こんなオーシャンビューを見せられたら、どこに連れてってくれるのか期待を抱かざるを得ない。


「まぁただ住む場所を提起するなんて甘い話はないと思うので、さっさと連行して、あーしろこーしろって僕の利用価値を提示するなり欲しいんですが」


「可愛くないなキミは! 記憶喪失だったら、もっと純粋な可愛げのある子に戻るはずじゃないのか!」


自分を忘れただけで、忘れる前の性格までは忘れられていないのかもしれない。そうならば、前の僕はかなり表裏の激しい用意周到人間だ。


しかし自分が何者なのか、彼らが何者なのかも分からない今、自分の身は自分でしか守れない。


今も水面下では、僕と彼らの探り合いが続いているのだ。


「いいかいシクラ君。確かに君には僕らにとっての利用価値がある。でも絶対に悪いようにはならない」


アロさんは若干の警戒心を見せる僕に、優しく語りかけるようにして言葉を結んだ。


「さっきから君は僕たちに探りをかけていたみたいだけど、僕たちは君の質問にはすべて正直に答えるつもりだし、君の意思もできるだけ尊重したいと思っている」


「じゃあ僕のことどう思ってますか?」


「正直無駄に頭が良さそうだから、かなりやりにくいと思っているよ。もうちょっと素直で従順そうな子だったら良かったのになー、とも」


「分かりました。そこまで言ってくださるなら信じましょう」


相変わらず、質問には即答で返してくる人だ。それが余計な計略など内包していないということをアピールしている。


「では、僕の利用価値とやらについてはお聞きしても?」


「生憎だが・・・それは今君に言ったところで理解してもらえる自信がない。時を見て、いつか話すことになるだろう」


「そうですか」


それを聞ければ一番楽だったのだが、どうやら今は話せない事情があるらしい。


彼は隠す気があるわけじゃない、ということを精一杯表明してくる。


「だがこれだけは言わせて欲しい。僕たちは君の味方になりたい。そのために望まなくとも君を最大限サポートしていくつもりだ」


そっと肩に置かれた彼の手は、とても力強く、まるで言葉が心に直接響くようだ。


「だからシクラ君も魚心あれば水心の精神で来てくれると嬉しい。それに────」


彼は一拍置いて、言葉に詰まるような様子を見せる。しかし、「いいや・・・」と言葉を選べなかったようにかぶりを振って、



「僕が君のことを知りたいんだ、多分」



その笑顔までも疑うことはできない。


嘘でここまで眩しい表情をできる人って多分いない。


何より彼のまっすぐ、逸らされることの無い目が少し照れくさかったのかな、僕は。


彼が、誰かが必要としてくれているのを肌でひしひしと感じる。その感覚が。




────────


「えぇー・・・・・・」


さて僕が暮らすべき場所に来ました! そこで最初にでた言葉はこれです。


「あのー・・・、普通に立派な一軒家、というか若干豪邸に見えるんですが」


「うん、割と豪邸よりの家だね」


聴取をしていた建物を抜け出し、海沿いの道を少し歩いた。


抜け出した建物の高層さには関心したが、途中にある仰々しい数字の書かれた格納庫のような建物にも非日常を感じた。


なんでもここはこの国の軍事の中心で、ここら一帯の敷地はすべて軍の敷地だそうだ。そしてあの高層ビルが本部的なものだったらしい。


果たして何と戦っているのかは聞かなかったけれど。


そして海沿いを少し離れ、敷地内の住宅地の丘を登り、程よい距離から海が見えるベストポジションだなぁ、と思ったところで足が止まった。


「いやいや、どう考えても一人暮らしの手には余りますよ。こんなに坪数いらないんですけど」


「まぁもらってよ。遠慮はいらないさ」


「遠慮しますよ! あとこんな場所までも用意させてしまう僕の利用価値とやらが恐ろしくなってきました」


目の前にいきなり札束を用意されて、遠慮せずもらってよなんて言われたって誰しも不審に思うだろう。それと同じ心理だ。


「まぁ昨日今日で用意したわけではないし、君のためだけって訳でもないんだよね。丁度良かったって感じかな」


「どういうことです?」


「そのうち分かるよ」


彼は立派な門を押し開け、ポケットから取り出した鍵で戸を解錠する。


誘われるように中に入ると、内見も外見に恥じず、立派な造りをしていた。


リビングにはテレビ、ソファーなどの生活を彩る家具たちが設置済みであり、窓からは広さそこそこに整えられた庭が映える。


そして何より広い! 2階までは吹き抜けになっていて、階段を登った先には見えるだけでもドアがひーふーみー・・・・・・、数えるの止めた。


ていうか玄関入ったとこにも階段あった気がするんだけど。階段複数なんて、そんな造りは豪邸じゃなきゃ出来ないだろうと、僕の中に忘れず残った一般常識が告げている。


僕の驚愕を他所に、アロさんはリビングにあった見るからに高そうなソファーにぼすんと腰を落とし、向かいの椅子を目で示す。


その椅子もまたそこはかとなく高級感があって、不躾に腰掛けるのは躊躇われた。


「さて・・・、ずっと君が気にしていた、これからの話をしようか。と言っても、もう数日は聴取と身体検査とか手続き等で君には軟禁生活を続けてもらうことにはなるんだけど・・・」


身体検査って・・・。まるで宇宙人みたい。


「そんなにこの国では住民登録みたいなのに厳重なんですか?」


「ああいや、シクラ君が特殊なだけだよ。なにせ素性はよく分からず、本人も自分のことに関しては記憶喪失。ちょっと出来すぎなところがあるからね」


「その辺を決めてるのはあの偉そうなおばさんじゃないんですね」


「総督ね。この国もそこまで一筋縄じゃなくてね。だから君のことについてはこちらで色々、捏造隠蔽していく必要があってさ」


「潔く隠しもしないんですね。果たして僕は清廉潔白の身でいられるんでしょうか」


隠す気のないその態度、嬉しいは嬉しいんだが少し不安だ。要するに、この国で僕が何者になるのかは彼らにかかっているということだから。


「そこのとこは僕たちと君の働き次第さ」


まぁ上手くやるよ、とアロさんはあまりにさらっと言うので、妙に信用できた。


つまりそんな捏造隠蔽等は気に留める必要すらないくらい、彼らにとっては容易いことなんだろうと。


「で、その軟禁生活が終わったあとなんだけど・・・」


「どこかで働かされるんですか?」


「いいや、働かなくていい。君の利用価値はそんなことじゃない」


まさかの初手ニート推奨勧告。別にその志願心はないから、全然働いても構わないんだけど。


「そんな心配そうな顔をしなくても、後々働くことになるよ」


「どういうことです?」


「そのうち分かるよ」


「さっきからそればっかですね」


「まぁ言葉であれこれ言っても分からないだろうからさ。そのうち君が目にすることなら、百聞は一見にしかずに従って説明はしないよ」


この国には僕の知らないことが多い。というかほとんど分からない。


何より、自分が何者なのかという一番の不安要素がまだ抜けきらない。それを知らなければ、彼らの思惑がどこにあるのかも見当がつかない。


まるで空虚な気持ちを、この豪邸がなぞらえたようだった。


そんな中でこちらの気も知らないで、それとも知っているからか、楽しそうにこちらを見ているアロさんがただただ気味悪かった。


はたして僕が彼らの思惑と自分が何者なのかを知り、彼らを心の底から信頼できる日は来るのだろうか。






















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る