第2話

「ここは・・・・・・・・・どこだ・・・・・・・・・」


迂闊だった・・・。いくら周囲に人がいなかったとはいえ、一瞬だけスマホに目を取られてしまった。


しかしその一瞬で、周囲の風景がまったくの別物に変わるなんて誰が予想できるだろうか? 俺にはできない。


さっきまで歩いていた、都心外れの閑静な住宅街の光景はいつしか消え失せ、西洋風の住宅街へと変わっていた。


遠くの方には、摩天楼のようにそびえ立つ都心のビルさながらの建築物もいくつか見える。もはやどこの国で何時代なのかも分からない。


「驚いたな・・・。まさか人類はど⚫️でもドアの開発に成功していたのか・・・」


態度とは裏腹に、頭は驚きのあまり現実逃避を始めていた。


大人しく自分の状況を整理して落ち着こうとしたが、『歩きスマホしてたら、知らない所に飛ばされていました』の一文で終わってしまった。


そんなことが有り得るのか、とは思うが、今実際にこの身に起きているのだから、納得せざるを得ない。


もしかして夢、ドッキリ、映像・・・。様々な可能性を考えたが、夢にしては感覚がハッキリしているし、ドッキリにしては大掛かりすぎるし、映像にしても、一瞬にして街並みを360度変える技術なんて現代にはないだろう。


認めざるを得ない。これは、どこで⚫️ドア現象だと。


そもそも人類が、物理法則に反した瞬間転移を可能にしていたとて、ここはどこだ?


写真などでいくつもの国の街並みを見たことがある。


ここが祖国、日本ではないことは明確。住宅の建築様式からして西洋のどこかである気はする。しかし、あんな東京にあるみたいなビルが点在した国は見たことがない。


もしかしてあれか? 砂漠の真ん中にある発展都市みたいな、あまり知られてない国とかか?


「にしてもホントにここどこーー!?」


ふと叫んでみた。叫びたがってたんだ。


周囲では街路灯が仕事をしている。帰宅路がまだ夕焼け照らす時間帯であったから、どうやら時間軸もズレているようだ。時差が起こるほど遠くってことか・・・。


というか・・・、これだけ街中で叫び声をあげれば、誰かしら反応を見せてくれるかと思ったのだが、誰も反応してくれない。


そもそも、周囲には人がいなかった。


人の出入りが少なくなるほど夜遅くには見えない。そして、皆が皆家の中に籠っているのだとしても、どの家庭も電気がついていないのはおかしくないか?


試しに目に映ったお宅の家の戸を、ノックしてみる。


返事はない。


「それにしても・・・、やっぱり日本の家屋ではないよなぁ・・・これ」


伝統的な日本の住宅なら、屋根には雨雪を排水するため傾斜がある。しかしこの家屋は、まるで「雨なんて降らない」とでも言わんばかりに屋根は平坦、形が真四角だ。


洗濯物を干すためのベランダなんてない。その代わりに、平坦な屋上には支柱と物干し竿が見える。


「はぁ・・・。参ったな。マジでどうしよ・・・」


ここがどこか、ということは誰かに聞けば一発なのだが、その誰かがいない。


家屋の中にも、路上の上にも人の気配は全くなく、まるでゴーストタウンのようだ。


「あんなもんが立ってるゴーストタウンなんて、さすがにないよな・・・・・・」


遠くにいくつもそびえ立つ、ハルカスのようなビルを眺める。


周囲の建物の背が低いここからなら、それがよく見えた。


「あそこまで行けば、人いるよな多分・・・」


その思いで足を進ませた。



・・・・・・が、────────


「思ったよりっ! ゼェゼェ・・・、遠いっ!」


約2時間ほどかけた。


そして、ここに来るまでにずっと思っていたことが喉元を通り越して、言葉になった。


半分過ぎたくらいから走ってたのに、ホントに遠かった・・・。大きいものって遠くから見ると近くにあるように見えるのに、実際行こうとしてみるとめちゃ遠かったってあるよね。


そして、やはりここに来るまでに人の姿を見ることはなかった。


住宅街を抜け出せば、すぐに周囲の光景は都市部に変わった。そのまま道路を駆け、途中には車が何台も留まっていたが、すべて乗り捨てられたかのようだった。


整備された公園も、街灯こそ灯り、砂場には子供が遊んだような形跡があるものの、人の気配はなし。


まるで文明だけが残り、人だけがさっぱりと消えてしまったかのように。


そしてここにも──────


「ハァハァ、真っ暗かよ・・・・・・」


ずっと目印にして走り続け、やっとの想いでたどり着いたこの巨大ビルも、1階のロビーに明かりはなく、下から見上げる上の階にだけ光が見える。もっとも、今までの流れ的にもぬけの殻かもしれないが。


「はぁ・・・・・・・・・」


荒い息遣いから、大きく息を吐き、ガラスの扉にもたれてへたり込む。


ポケットからスマホを取り出し、電源スイッチを押すが、画面は暗いままだ。その後、少し間を置いて、申し訳なさそうに充電切れの表示が出てきた。スマホにまで見捨てられるの? 俺・・・。


なんかもう、世界中の何もかもに見捨てられたような気さえする・・・。


塞ぎ込む気分を体現するように、体操座りの膝の隙間に顔を埋めた。


視界からの情報が遮断され、聴覚にすべての意識が集中する。


何も────、聞こえなかった。


車の通る音、人がざわめく音、鳥や虫が鳴く音。あの世界なら、ありふれていたごくなんでもない音。


ここには・・・、何もないのか。


あの世界にあったもの、当たり前だったこと。ぜんぶ全部。


そして、俺は一人。


顔をあげれば、大仰に立ち並ぶビル群が目に入る。それでも何も感じない。こんなに虚しい都会の景色は初めてだった。


意識ははっきりとしていて、心の底から這い上がってきた不安が自分の首をじわじわと締めてくる。


どうして・・・、こんなにも虚しい。


よく見知った虚しさとはまた違う。


ここで独り朽ち果てるのか。まだ何も知らないはずのこの世界は、そう感じさせた。


しかし、気味悪いほどの静寂と思考の波に呑まれようとしていた意識は、一瞬にして破られる。


『緊急連絡、緊急連絡。周辺住民の避難完了を確認。これより戦闘地域の拡大を行います』


「うわっ!?」


それは近くにあった警報機のようなものから伝わってきた声だった。


あまりに突然だったので、心臓がバクっと跳ね、激しい鼓動で脈打つ。


避難完了? 戦闘地域の拡大? 何だか物騒なワードを聞いた気がするのだが・・・。


この世界に自分以外の人がいたことを喜ぶ反面、ただならぬ雰囲気を感じ取り、この場から逃げ出そうとカバンを掴む。すると────、


「おわっ! 地震か!?」


ズドン! という地響きのような激しい音が響き渡り、地面が軽く揺れた。


てことは、ここは造山帯付近の国なのか?


いや、おそらく違う。


これでも地震大国の人間だったんだ。地震の揺れ方くらい分かる。今のは地震なんかじゃない。今のは地殻が揺れたというより、遠くで何かが壊れた・・・? というような・・・。



ズドォン!



「またか!?」


さっきと同じように音が響き渡り、地はさっきよりも強く揺れる。


何かが・・・、近付いてきてる・・・・・・?


「あっちから────────」


音のした方を振り返って、俺の視界は・・・、


この世界で初めて目にした、動的な何かに埋め尽くされた。


「!!!──────」


白い。


白い何かが飛んで来た。何かというにはあまりに大きすぎる何か。


「のわあああああああ!!!」


地は砕け、衝撃波で木が揺れる。


爆風にも似た風が巻き起こり、地から体が浮き、吹き飛ばされた。


何度か地面を転がって、家屋の壁に叩きつけられた。


「げほっ! ごふっ!」


強く背中を打ち、咳が込み上げる。じわっとした鈍い痛みが背中から伝わる。


痛みにも慣れたころ、ゆっくりと目を開くと、


「え・・・・・・・・・・・・・・・」


衝撃波が収まり、ゆっくりと開けた視界の先に映ったのは、巨大な何かだった。


「え・・・、顔? 人の、顔・・・・・・?」


よく見るとそれは間違いだったことに気づく。


うっすらと見えたそれは鉄の塊だ。


紛れもなく鉄。しかしそれは目鼻口こそはっきりとはしていないものの、目は青い装甲に映る光で描かれ、鼻の部分は尖っている口は無骨に固く閉ざしているようで、額には一本角がある人の顔に見えなくもなかった。


「なんだよ・・・これ・・・・・・」


その塊より左を見ると、そこにはたしかに胴体のようなものが繋がっていた。


間違いない。これは顔だ。そしてこれ全体が巨大な鉄の巨人になっている。


とある経済学者が、「その国の情勢は、造ったモノで分かる」と言っていた。それに従えば、ここは一体何世紀の世界なのか。現代科学の技術を集結すれば、こんな鉄の塊は容易く作り出せる。


しかし用途が謎すぎる。レプリカ? それなら鉄である必要は? てかそもそもなんでそんなのが飛んでくんの?


様々な疑問を浮かべながら、人間の本能として、自分より遥かに巨大なそれに軽い恐怖感と興味心が湧き、ゆっくりと近づいて行く。


「材質は・・・鉄? 鋼? いや何だかもっと重厚な感じがする・・・」


軽く小突いてみると低くコンコンという音が鳴った。中身が詰まっている証拠だ。


「しっかし、びっくりしたわぁ・・・。まぁこんな非日常・・・、ここ地球じゃねぇなさては! ははっ!(笑)」


軽口を叩いてはいるが、割と真面目に考察して本気で言っていたし、なんなら額から汗が滝のように流れていた。


だってこんなロボット紛いのデカブツを製造する国とか聞いたことないんだもん。


まじかぁ・・・、ここどこぉ・・・。


・・・ん、待てよ。


「・・・・・・・・・ロボット?」


背筋に冷たい汗が一筋伝う。


さっき叩いてみた感じ、この鉄クズにはかなりの金がかかっているだろう。中身が詰まっている気さえした。


もしこれが動くのなら。本当に「鉄巨人」だとしたなら・・・・・・。


それはもう────────




本当の兵器だ。




ズンッ!


「うわ! なんだ!?」


再度大きな地響きがした。


震源は・・・右。しかもすぐそこだ。


「なんだ・・・あれ・・・・・・」


反射的に右方を見る。そこには隣のビルと同じくらい大きい何かが確かに立っていた。


シルエットは二足歩行の人間と同じ。しかし全身が黒く、頭部は犬のような形をしていて、股の間からは尻尾のようなものが見えた。


そして肉感がない。あれも鉄巨人の類いだ。


「あ・・・、あぁ・・・・・・動い、てる・・・」


こちらを目掛けてはっきりと歩いてくるその威圧感に気圧されて、一歩二歩と後ずさる。


だがそれが目標としているのは当然ながら俺じゃない。目の前に横たわる白いロボットだ。


黒犬は白ロボットの前に立つと、その醜悪な犬の口をがぱぁっと開いた。


口の中には涎が糸を引き、鋭く針地獄のようにびっしり生えたスパイク状の歯が数えきれない。


犬は地に手をついて、犬本来の四足歩行を取り戻し、白ロボに覆い被さる。そして、


「・・・・・・・・・・・・あ」


一度引かれた犬の頭部が、白ロボの首筋に喰らいついた。その瞬間、


『ああああああああぁぁぁ!!!』


「!?」


それは間違いなく女の人の声だった。


ロボットが喋るはずもない。機械のノイズ混じりの音だった。


『うあああああぁぁぁっ!!!』


ガリガリと齧られている首は音を立てる。


そして痛みに悶えるように、白ロボは手や指を動かす。


ロボットでも痛覚はあるのか、それとも・・・。


「おい! 中に誰かいるのか!? いるなら返事をしろ!」


機械の奥にいるかもしれない誰かに向けて呼びかける。だが変わらず悲鳴を上げるだけで、まるで届いていないのか、それとも理解する知能がないのかさえ分からない。


「クソっ! おい! 聞こえるのか!? 聞こえるなら何でもいい、人の言葉で返してくれ!」


危険なのは目に見えて分かる。だがそれでも白ロボに近づいた。


ギシギシと音を立てて、喰らいつく巨大犬に足がすくむ。


その姿をかつて世界史か何かの教科書で見たことがある。黒、犬の頭部。まるで死を司るエジプトの神、アヌビス神のような。だがあれは実は、死者を冥界へと案内する神なので別に悪い神じゃない。


しかし目の前のこれはどうか?


人型が味方で、犬型が敵なんて単純な考えをするつもりはない。だが・・・、目の前のこれは間違いなく敵だ。少なくとも味方ではあるまい。


「クソっ! やっぱロボットなのか!? 女の声を発するロボットとか趣味悪いぞ・・・!」


白ロボに諦めをつけて、いち早く逃げようとした。その時だった。


『人・・・・・・? どうし・・・て、ここ・・・に』


「!?」


思わず振り返った。するとさっきまで完全に仰向けだった白ロボの顔が、こちらを向いている。


『あぶ・・・ないから・・・っ! に・・・げ、てっ・・・!』


「何言ってるんだ・・・! アンタがやられかけてんだろ! はやく出てきて、一緒に逃げるんだ!」


まだ顔も見えない誰かに向けて叫んだ。なんの為に戦っているのか、あの怪物は何か、このロボットは何か。何もかもわからないが、人の命が最優先だと思っていた。だが、


『私・・・、にげ・・・ら、れな・・・い。使命、が・・・、わた、し、たたか・・・わなきゃ・・・』


「戦う? 使命? はぁ…?」


生憎、民主主義国家生まれの俺には、命を賭してまで戦う「使命」とやらなんて分からない。というかそもそも「戦う」ということさえ知らない。


「バカ言ってる場合か! 強がり言ってたって、このままじゃアンタが死ぬぞ!」


普通の日常しか知らないからそんなことが言えたんだと、発言してから気づいた。


だって、あの世界には人一人が背負うものなどなかった。誰ががいなくなろうと、世界も人も変わることなく回り続け、生き続けるだろう。


人なんてそんなもんだ。誰か一人が逃げたところで、別の誰かがそのポジションを代わりに担うだけ。


ならなぜ戦う? 逃げずに戦うその先に意味はあるのか。たとえ自分にとって何よりも大切な自分の命が朽ち果てたとしても、それに見合うほどの意味。生きる意味。


『私が…にげたら、みんなを…守れ、な』


「誰かを守る前に自分が先だろッ! アンタが敗走したって、誰かがその尻拭いをするだけだ!」


『誰、かって……だれ?』


「それは…」


誰なんだよ。こんな物騒な大型犬を誰が倒せるって言うんだよ。


誰も倒せないこんなの。否。彼女だけが倒せるんだ。だから今目の前で彼女は戦わされている。たとえ痛くても、死の間際でも。逃げることを許されずに。


『あな、たが……やって、くれ…るの?』


「へっ?」


不意に少女の声が、そんな馬鹿なことを問うてきた。


出来るわけない。そんなの一目瞭然、のはずだった。


『なん、だか…、あなたなら…でき、そうな』


いやいやいや待ってくれ。勝手にそんな予感をされても困る。


一般人に何ができるというのか。相手が人間なら、こっちは文字通りアリ風情。力の差はれきぜ────────。



ズドォン!!!!!


「おわぁ!?!?」



すぐ横で響き渡った轟音。それは巨人の腕がすぐそこまで回された音だった。


『さわ、って……ここ』


「え……」


それは他の何でもなく、その差し出された手を指している。


触れて何になる。リアリストならそう言う。まさかフィクションみたいに不思議な力に目覚めるわけもあるまい。


だがこの瞬間にも敵の顎は、彼女の首元でギリギリという音を立てていた。このままでは行く末は想像に難くない。


「ああもうクソッ!!!」


藁にもすがる思いで手を伸ばした。元々ここが現実じゃないなら、何か浮世離れした奇跡でも起きればいいなって。


ただ目の前で苦しむ彼女を助けたくて。誰でもいいから助けて欲しくて。



「また来たのか、お前」



聞き慣れない誰かの声が一瞬だけ聞こえた。


そして伸ばした左手の甲────視界の左端で青白い光が発生して、視界を包み込んだ。

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