キミは愛しきエクスギア
だねふし
第1話
世界のどこかで、少女が歌を歌った。
とても美しい声の、綺麗な音色だった。
しかしその歌は誰にも届かなかった。なぜなら、その世界は「歌」というものを知らなかったから。
それでも少女は歌い続けたから、世界は歌を知った。
しかし、彼女しか「歌う」ということを知らなかったから、世界には彼女の歌声だけが孤独に、美しく響いていた。
いつしか人々は心に癒しを与えてくれた彼女の歌を当たり前だと思うようになり、ついには飽きてしまった。
そして挙句の果てに、「歌う」ことが唯一できる人間という彼女のことを、気味悪がり始めた。
ただ自分のやりたいことをしていただけの彼女は酷く傷ついた。
ずっと好きだった歌も、色を失い、批判に晒された彼女は歌うことが嫌いになってしまった。
しかしそれでも彼女は歌うことに義務感を感じてしまい、歌うのを止めなかった。
彼女は自らの歌に拍手を送ってくれた人の顔を、自らの歌で笑顔になってくれた人の顔を覚えていたから。その拍手に、その笑顔に報いたくて彼女は歌い続けた。
──────────
結局、彼女の歌は誰かに届いたんだろうか。
その先は語られていないから、分からないけど。
小説にはよくある描写法だ。
肝心の部分を明記せず、その先は読者の妄想の中で各々最高の結末を迎えるという。
「私なら、『世界のどこかに彼女の歌に心揺さぶられた人がいて、その人たちと一緒に大団円!』っていう感じにしたい、かな?」
いつからそこにいたのか、となりの席に座っていた彼女がそう言ってくる。
そうあってくれればいいのだが、世の中ハッピーエンドしかないわけじゃない。ハッピーエンドの隣にはいつだってバッドエンドが手招いている。
「でも彼女の歌は誰かに届いたと思うな。泥の中に咲く花ほど美しいんだから」
「それは周りが汚いから目立つってこと?」
「そんなひねくれた考え方じゃないよ・・・。ただ順風満帆に放浪する旅人よりも、逆風の砂嵐の中を一歩一歩歩き続ける流浪人の方が、かっこよく見えるって話」
ふうん、と相槌を打つ。
古い記憶で、降りしきる雨の中、傘をたたんだままで歌う女優のことを、なぜかどうしようもないほどに美しいと思ったことがあった。
ただ時に、醜い汗と努力の内側を美しい外面で覆い隠した画家の絵より、内面に秘めたものが外面に滲み出るほどに青臭い子供の絵の方が美しく見える時がある。
それと同じだ。
余裕綽々な顔をしてポーカーフェイスに生きるより、泣き喚き笑い散らして生きてる方がよっぽど生きてるように見えるだろう。
ならそれができない人は。
何を見ても心は動かず、ポーカーフェイスもお役御免なほどに顔も動かず、人間らしさの欠片もない。
まるで機械。
「それは機械のようで人間なんだよきっと。機械の鎧をべりっと剥がせば、中身は人間。まるで私たち」
字面的にはとても悲しいことを言っている。しかしそれを語る彼女の顔は、とても愛おしそうに笑みを讃えている。
「そんな私たちを・・・、機械なんかじゃないって言ってくれたのは、誰でしたっけ〜」
「おぉーっと、僕記憶喪失ー痛い痛いつねらないで」
「あれを忘れたって言ったら、皆連れてきて一斉に泣くから」
「赤子5人のお世話は流石にできません」
この世界に、化け物扱いされ、人と呼ばれなかった少女は5人いた。
一人一人が別の歌を歌い続けていた5人の少女たち。その歌に僕は誘われた少年。
少年は指揮者を志した。少女たちの美しい歌を一つにして、世界中に響かせる指揮者。
独りでは届かせられない想いも、5人より集めてなんとやら。人と人は足し算で簡単にまとめられるほど単純じゃないけど、独奏が5つよりも、1つの五重奏なら、
「届くといいな・・・、君の歌」
そっと閉じた本に、そう語りかけた。
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