第三部

 秩父の山奥に位置する私立スコロマンス女学院は、全寮制のお嬢様学校だ。幼稚舎から短大の教育学部まで設置されていて、教員免許を取得して就職すれば、この女だけの箱庭から出ることなく、一生を過ごすことさえ不可能ではない。

「俗世から隔絶された妖精郷、それがスコロマンス女学院なのだ……なんちゃって……」神成辰子はトイレの個室でひとりごちた。

 外部受験して高等部に入学してから半年、彼女はいまだ同級生たちと馴染めていなかった。ほとんどの生徒は内部進学組で、幼少時からの人間関係がスッカリ出来上がってしまっている。そのあいだに割って入れるほど、辰子は社交性があるほうではなかった。寮はふたり部屋なのだが、運がいいのか悪いのか、全体の人数が奇数だったため自分ひとりに割り当てられている。

 そもそも辰子はこんな学校に入りたくなかったのだ。しょせんはすべり止めの第三志望に過ぎなかった。祖母がここの出身だったので、単なる義理で受験しただけだ。だが第一志望はともかく、まさか余裕で合格できたはずの第二志望も落ちてしまうとは。おそらくマークシートの記入が一個ずれてしまったのだと辰子は考えている。でなければ自分が不合格になるワケがない。今さら悔やんだところで遅いのだが。孫が自分の出身校に進学したことをよろこんで、祖母が学費を負担してくれていなければ、辰子は両親へ顔向けできず、夏休みに帰省もできなかっただろう。もっとも、家族には学校で楽しくやっているとウソをついてしまったけれど。

 しかし二学期初日、そんな彼女にある転機が訪れた。

「今日は新しいクラスメイトを紹介するぞ」

「フレデリカ・P・オルロックです。ルーマニアのシビウから留学して来ました。みなさんどうぞよろしくお願いします」

「オルロックは日本に一年間滞在する予定だ。日本語はコミュニ―ケーションには問題ない程度にしゃべれるそうだが、教科書の内容となるとさすがにむずかしいから、みんなで手助けしてやってくれ」

 まるで人形のようだと辰子は思った。『オズの魔法使い』に出てくる陶器の国の王女。その白い肌がなめらかで、触るとスベスベしているだろうことは、見ただけでわかる。きっと陶器とは違って、やわらかであたたかいということも。

 ふと本人と目が合い、辰子は恥ずかしくなりとっさに顔を伏せた。

 休み時間になるとフレデリカは大人気だった。クラスメイトに囲まれて質問攻めに遭っている。

「ねえねえオルロックさん」「フレデリカでいいわ」「兄弟いる?」「いないわ。一人っ子よ」「ミドルネームのPって何の略?」「パイパンのPよ」「アハハ、ウケるー。でもそれチャント意味わかってる?」「もちろん。何なら確かめてみたら?」「ルーマニアってどんなトコ?」「何もない田舎ね。こことそんなに変わらないわ」

「ねえ、ルーマニア語でなんかしゃべってみて」「ごめんなさい。わたし、ドイツ系だからルーマニア語は」「じゃあドイツ語は?」「Scheiße glänzt nicht wenn man sie poliert」「今のどういう意味?」「お嬢さんとてもかわいねって言ったのよ」「ホント? フロイラインって単語が聞こえなかったけど。実は悪口言ってたりしない?」「言ってない言ってない」「放課後ヒマ? あとで学校案内してあげる」「ありがとう。でも今日は、寮で荷物の整理終わらせないといけないから」「よかったら手伝おうか」「大丈夫。たいした量じゃないし。ルームメイトもいるし」「ルームメイトにはもう会った?」「まだ話していないわ」「つまり犯人はこのなかにいない!」「チョットそれ何のモノマネー?」「シャーロック・ホームズに決まってるじゃん」「ホームズそんなセリフ言わないよォ」「わたしもホームズは好きよ。特に『バスカヴィル家の犬』が好き。口に蛍光塗料で魔犬っていうのは、さすがに笑っちゃったけれど」

 フレデリカはクラスにスッカリ溶け込んでいた。ひょっとしたら同じよそ者同士仲よくなれるかと、辰子はほのかに期待していたのだが、この様子では望むべくもない。読書するフリをしながら聞き耳を立てるのが精いっぱいで、あの輪へ加わる勇気はとても持てそうになかった。

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