十月二十八日

 ブカレスト駅へ降り立ってから馬を買い、昼夜問わず駆けさせました。無理をさせすぎたせいで、そのうち馬が死んでしまいました。こうなると、おのれの脚で走るしかありませんでした。

 ですが、わたしにはわかっていました。ここはすでにトランシルヴァニアだと。夜になりさえすれば、ふたたび魔術が使えるようになります。

 日が落ちた瞬間、わたしはオオカミになって駆けました。そのうち曲がりくねる山道がもどかしくなり、コウモリになって翔けました。風が強くなってきたので、塵になって吹き飛ばされました。

 いくつか山を越えた先に、やがてヘルマンシュタット湖が姿を現しました。そのほとりにある洞窟こそ、スコロマンスの所在地です。あるじの帰還を察知して、魔法の梨の木が花を咲かせていました。

 けれど、誰ひとりわたしを出迎える者はいませんでした。

 静かでした。あまりにも静かでした。この時間はいつも、みんなで水浴びをしていました。ふざけて水をかけ合ったり、愛撫したりしながら。乙女たちの白い肌が月明かりに照らされて。

 わたしは生徒たちの名前を呼びながら、洞窟の暗がりへと足を踏み入れました。叫び声が岩肌に反響して、それでも返事が聞こえてくることはありませんでした。静寂が支配していました。

 そして城へたどりつき、わたしはその光景を目にしたのです。

 死体は腐敗が始まっていましたが、いまだ人相の判別がつきました。殺されたのはわりと最近のようです。

 襲撃は日中におこなわれたのでしょう。いかに魔女といえども、魔術が使えなければただの女に過ぎません。

 ドロッチャとダルヴリャ、エルジェーベトはベッドに横たわったままでした。眠っているところに、心臓を杭で貫かれ、首が切断されていました。やすらかな顔をしたままなのがせめてもの救いです。

 イブロンカ、ベアトリクス、オルショリャの身体は穴だらけでした。周囲に銃弾が転がっていました。夜ならばこんなオモチャは効かなかったというのに、無念だったことでしょう。

 アンナとカタリンは拷問された形跡がありました。おそらく宝物庫の場所を吐かされたのでしょう。

 そして宝物庫、つまりわたしの寝室へとやってきました。扉は力ずくで破られていました。

 室内でアマーリアが永遠の眠りについていました。きっと彼女は最後の一人になっても抵抗したのでしょう。わたしの留守をあずかった責任感で。その死体がもっともひどいありさまでした。敵は油断しまいと、軽率に残りの女たちを始末してしまったので、残った彼女で大事に愉しんだのでしょうね。男たちのあさましい欲望が、彼女を卑しい娼婦へと貶めたのです。

 あと、言うまでもありませんが、貯め込まれていた財宝は残らず持ち出されていました。数百年にわたり、聖ジョージの日前夜に掘り出されてきた財宝のすべてが、跡形もなくなっていました。

 わたしは間に合いませんでした。生徒たちを守ることができませんでした。わたしの愚かさが、彼女たちを殺したのです。わたしが殺したようなものです。ああ、いっそわたしも死んでしまいたい!

 死体はすべてトドメに心臓へ杭を打ち込まれ、首をはねられていました。これは吸血鬼を殺す方法です。わたしの日記にそれらしいことを書いていたので、ポーロックから伝わったのかもしれません。

 けれど、ダートムーアでわたしの寝床の土を消毒したのは話がべつです。思えば土の上に聖餅ホスチアを置くなんて専門的なやり方を、モリアーティはいったいどこで知ったのでしょうか?

 答えはひとつしかありません。モリアーティはヴァン・ヘルシングの一味と接触していたに違いありません。見つからないなんて真っ赤な嘘だったのです。それでわたしとの約束を果たさず、逆に吸血鬼の退治方法を教わったのでしょう。わたしをハメるために。スコロマンスの財宝をかすめ取るために。

 わたしがドラキュラ伯爵の仇討ちなんて考えなければ。モリアーティの誘いに乗っていなければ。アマーリアから手紙で警告されたとき、素直に従っていれば。こんな事態を避けるチャンスはいくらでもありました。あったはずなのです。わたしが見逃しただけ。断じて運命など認めません。彼女たちが死すべきさだめだったなどと。

 時間は巻き戻りません。死者はよみがえりません。彼女たちは吸血鬼になる前に、吸血鬼として殺されました。だからもう、よみがえることはないのです。最後の審判がくだるその日まで。

 わたしはすべてを失いました。もう何も残されてはいません。

 ――ただし、復讐を除いて。

 ジェームズ・モリアーティを殺す。いずれこの手でくびり殺してやる。殺して殺して殺してやる。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す(編注:日記のページはここで終わっている)

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