十月八日

 どうやら悪だくみは、そう易々と上手くいかないようです。ロンドンでサー・ヘンリーを始末する作戦は、あえなく失敗してしまいました。しかもやっかいなことに、サー・へンリーに危害を加えようとする何者かの存在を、あちらに悟られてしまったようです。そしてバスカヴィル家管財人のモーティマー医師が、よりによってあのシャーロック・ホームズを雇いました。

 とはいえ、いくらホームズが名探偵でも、魔犬の正体を見破ることはできないでしょう。魔犬のしわざに見せかけたトリックなら、彼は難なく見破るに違いありません。あるいはただ大きくて凶暴なだけの犬が相手なら、みごとサー・ヘンリーを守り抜いてみせるかもしれません。ですが、わたしは本物の魔犬、本物の魔女なのです。ただの人間など相手になりません。いざとなれば、ホームズもろとも、サー・ヘンリーを殺してしまうことさえ不可能ではないのですから。初めから結果は決まっているのです。

 などと意気込んでいたのですが、ポーロックから聞いたところによると、ホームズはダートムーアへは来られないのだそうです。重大な局面になれば駆けつけるつもりのようですが、今のところはほかの依頼で忙しく、ロンドンを離れられないのだとか。その代わりに、護衛としてワトソン博士が派遣されてきました。

 すっかり肩透かしを食らってしまいましたが、ホームズがいないのはこちらとしても好都合です。彼がやってくる前に、さっさと仕事を済ませてしまいましょう。

「そうそう、ところでプリンスタウンの監獄から死刑囚が脱獄したそうだよ。ノッティング・ヒルの殺人で有名なセルデンだ。ひょっとしたらこのあたりに潜んでいるかもしれない」

「へえ」

「興味にないみたいだね。まあ気をつけて、なんてきみに言っても意味ないだろうけど。むしろ脱獄犯のほうを心配すべきかな」

 ポーロックは苦笑して言いました。そのさわやかな笑みが大変魅力的だったので、わたしはつい押し倒したくなりましたが、何とかこらえることに成功しました。興が乗りすぎて、うっかり吸い殺してしまいそうですから。

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