イロナ・コルヴァンの日記

九月二十日

 なんということでしょう。アメリカの荒野を散々さまよい歩いたあげく、結局ヘンリー・バスカヴィルを抹殺することはできませんでした。管財人のモーティマー医師に、まんまと先を越されてしまいました。しかも標的は実際のところアメリカにおらず、カナダで農園をやっていたそうです。この四ヶ月はいったい何だったのでしょうか……。単なるアメリカ旅行で終わってしまいました。

 とにかく、これで選択肢はなくなりました。ヘンリー・バスカヴィルが正式に相続人となってしまった以上、他殺の疑いが生じるような手段は使えません。ふたたび魔犬の出番というわけです。それはすなわち、わたしがまたあの錫鉱山で鎖につながれることを意味しています。

 あんなことは、もう二度とやりたくないと思っていました。しかし、やらなければ今までの苦労が水の泡になってしまいます。だからやるしかありません。

 サー・ヘンリーは若く健康的なたくましい男性で、迷信を鼻で笑い飛ばせる性質のようです。迷信深く心臓に持病があったサー・チャールズとは違い、かなり手こずりそうな予感がします。サー・ヘンリーを同じように自然死させようと思ったら、それこそ何年も歳月をかけなければむずかしいでしょう。

 この際、直接手をくだすほかありませんね。ようは人間の関与を疑わせなければよいのです。警察が魔犬の呪いを信じなくとも、人間には飼い慣らしようがない、怪物じみた野犬の存在を認めないわけにはいかないでしょう。

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