イロナ・コルヴァンの日記
五月十五日
「いい知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
今朝早く訪ねてきたポーロックは、開口一番そう告げました。わたしは「いい知らせから」と答えました。
「とりあえずドラキュラ伯爵を殺した一味の素性が判明したよ。エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授、ジョン・セワード医師、ゴダルミング卿アーサー・ホルムウッド、弁護士ジョナサン・ハーカーとその妻ミナ、テキサスの地主クインシー・モリス。セワードはこちらの手中に収めているし、モリスは伯爵との決戦ですでに命を落としているから、つまり残りはあと実質四名だね」
「なら、悪い知らせは?」
ポーロックは無言で新聞を手渡しました。それはデヴォンシャーの地方紙で、一面はチャールズ・バスカヴィル準男爵の死亡にまつわる記事でした。他殺の可能性が疑われていない点では好都合だったのですが、最後にとんでもないことが記されていました。なんとバスカヴィル家の相続人が、アメリカにいるかもしれないというのです。そして現在、調査が進んでいるのだとか。
名前はヘンリー・バスカヴィルで、サー・チャールズの甥にあたります。やっかいなことに、彼はステイプルトンよりも相続の優先順位が上なのです。バスカヴィル三兄弟のうち、サー・チャールズが長男、ヘンリーの父が次男、ステイプルトンの父が三男ですから。サー・チャールズ殺害など考えず、ステイプルトンがさっさと相続人として名乗り出ていれば、おそらくこんな展開にはならなかったでしょう。しかし、今さら言ってもしかたがありません。
「モリアーティ教授からの依頼だ。イロナ・コルヴァン、ぼくといっしょにアメリカへ行ってくれないか? ヘンリー・バスカヴィルを遺産管財人よりも早く見つけ出して、暗殺するんだ」
「……いいわ。どうせヴァン・ヘルシングたちの居場所がつかめるまではヒマだし。錫鉱山での苦労が無駄になるのはイヤだもの」
「もしヘンリー・バスカヴィルが向こうで子供を作っていたら、その子たちも皆殺しにしなくちゃならない。そこまでしてようやくステイプルトンが遺産を相続できる。それでもかまわないんだね?」
「愚問だわ。魔女で吸血鬼、おまけに切り裂きジャックのわたしに」
「それもそうか」ポーロックは苦笑いしました。「ヘンリー・バスカヴィルの消息が最後に目撃されたのは、ルイジアナ州ニューオーリンズだそうだよ。今から汽車でリバプールまで行って、明日の早朝に出港する定期連絡船で大西洋を横断する。五分で準備してくれ」
そしてわたしは今、この日記を汽車で揺られながら書いています。ニューオーリンズといえば、かつてフランスの植民地だった地域だそうですね。そのせいか住民にはフランス系だけでなく、カナダ系も多いそうです。ニューオーリンズという地名も、フランスの都市オルレアンからきています。ところでわたしが生まれるより少し前、ジャンヌ・ダルクが火あぶりの刑に処されました。実に愚かで嘆かわしいことです。スコロマンスの悪魔いわく、ジャンヌは魔女ではなく正真正銘の聖女だったそうですから。
ロンドンへやってくる際はパリを素通りしてしまいましたが、フランスには以前から興味がありました。というか、フランスに憧れのない女など存在しません。ニューオーリンズで少しはフランス気分を味わえるとよいですね。期待に胸が高鳴ります。
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