四月六日

 昨日はホームズの訪問後、ロンドンじゅうの空き家を馬車で駆けずりまわった。ゴダルミングの慈善事業で、数は以前よりだいぶ少なくなっている。だが結局、吸血鬼の隠れ家を特定することができなかった。日が暮れたので捜索を断念、帰宅してからまた四年前の記録を読み返した。記憶がおぼろげになっている部分に、何か手がかりが見つかるかもしれない。

 そして今朝、夜のうちに新たな犠牲者が出てしまったことを知った。またもホワイトチャペルの娼婦が、まったく同じ手口で殺されたのだ。まさか連続で襲うことはないだろうと油断していた。今回の吸血鬼は、伯爵がルーシーを長期にわたって吸血していたのとは異なるらしい。まるで正反対の大胆不敵さ。このままでは今夜も誰かが殺されてしまう。なんとしても隠れ家を突き止めなくては。

 敵がわれわれの警戒網に引っかからなかったということは、伯爵のように土を五十箱も持ち込むような真似をしていないのだろう。それこそ目立たないように、一箱だけということもありえる。ある意味たいした度胸だ。また荷物が少なかったのなら、ドーバー海峡を渡る直前まで陸路だった可能性も高い。つまりオリエント急行だ。四年前にわれわれが伯爵を追撃する際に使った、あの鉄道路線。時刻表好きのハーカー夫人が、あれこれ教えてくれたのを思い出す。

 これほどこらえ性のない吸血鬼ならば、たとえ船旅と比べて短い鉄道の旅といえど、ガマンできずに何かしらトラブルを起こしているのではないか――そう思って、ここ一週間の新聞を調べてみた。すると案の定、それらしい記事を見つけた。四月一日に、オリエント急行で密室殺人事件が起きている。すぐに犯人が逮捕されたと書かれていたので、当日はさほど気にせず読み飛ばしてしまったが、事件現場の詳細を見てみると、それは明らかに吸血鬼の犯行としか思えなかった。捕まった男は確実に冤罪だが、疑いを晴らすのは残念ながら不可能だ。警察も裁判所も吸血鬼の存在を認めてくれないだろう。せめて真犯人を罰することが手向けになればよいが。

 記事の日付からすると、この吸血鬼は四月三日にはパリに到着したはずだ。その日の前後に、大きな箱か棺桶を運ぶ乗客がいなかったかどうか、パリ駅に電信で問い合わせてみた。

 返事はその日のうちに届いた。こちらの期待通り、棺桶を担ぐ修道女が目撃されていたのだ。おそらくその女が吸血鬼と見て間違いないだろう。棺桶の中身はトランシルヴァニアの土が詰められていたはずだ。港や辻馬車の御者に聞き込みすると、あっさり目撃証言を得られた。本人はおそらく目立っていないつもりだったのかもしれないが、修道女と棺桶の組み合わせというだけならともかく、棺桶を担ぐ修道女ともなると、それなりに注目される。

 とはいえ、せっかくつかんだ追跡の糸はすぐに途絶えてしまった。ホワイトチャペルの安宿に泊まっていたことまでは突き止めたが、すでに引き払ったあとだった。そこからの足取りはまったくわからない。さすがにそうたやすく尻尾をつかませてはくれないようだ。

 女吸血鬼は棺桶をどこへ隠したのか。これまで調べたかぎり、土を詰めた棺桶はひとつしか持ち込まれていない。それは確かな事実だ。もしそれがされれば一巻の終わりなのだから、隠し場所には相当気を使っているだろう。土の量自体がそれなりに多ければ、新たに箱を用意して分割することも可能だが、ロンドンで人間が横たわれるほど大きい箱を手に入れようとすれば、こちらは確実に察知できる。むろん、トランシルヴァニアにいる仲間が新たに箱を送ってきても同様だ。アリの子一匹見逃しはしない。

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