どうやら世界には魔法があったようだ

唾棄 蓑

第1話どうやら僕は巻き込まれたようだ

 当たり前のように繰り返す生活、当たり前のように繰り返す光景、その全てが平和を象徴する物の中、夜の街に喧騒が轟く。


「何だ?・・・・・・」


 塾の帰り道を歩いていた布都 炯はパトカーが止められている路地に向かう。他にも、サイレンを聞いてやって来たのであろう人々が辺りを囲んでいる。


「おい、また通魔か?」

「らしいぞ。毎度毎度こんな夜中に騒がれたらたまっもんじゃない」

「違いない。俺なんか2日連続だから煩くて一睡もしてない」


 そんな話を他人事のように、またか、と思い聞き流しながら夜の街をイアホンを着けて音楽を聞きながら歩く。

 いつも人が少ない道だが、それでも全くないと言う訳ではない。しかし、今日はいつもとは違い全く人とすれ違うことがない。

 それに違和感を感じながらも事件があったから怖がっているのだろう、と自己完結した。

 特別、寒いわけでもないのに妙なほどに鳥肌が立つ。


「こんな歳にもなって今更、怖いなんて無いよな………………」


 自分に言い聞かせるように言う。

 いつも通っている道なのに、今日はやけに長く感じる。

 これは、あれだー


「疲れているな………………」


 いつも深夜一時まで起きているからな。うん、これはいつも夜更かししているツケが回ってきたに違いない。

 いつも夜更かしをするとすぐに体調を崩す方だが最近はそこまで酷くはない。

 昔、1日三時間の睡眠で過ごしたら、最後の1日には視界が霞んで吐き気、目眩、頭痛その他諸々の症状が出た。それ以来、睡眠はちゃんと取ると心に………いや、人生において誓った。

 それでも、これはおかしい。いつもなら四六時中症状が出るのに今日はいきなりだなんて。

 眠いし、早く遊びたいから早く帰ろうと早歩きになる。


「あ、れ?なんだ?」


 頭上から雨とは違う、生温くて鉄臭い匂いの液体が腕にかかる。

 本能的にそれが血だと理解する。

 不気味に思って周りを見渡すと、後ろから足音が近ずいて来る。

 ぎこちない動きだと自分で理解しながらも背後を振り向くと血塗れの刀を持った長身で黒い髪に革製のコートを着た人物が目に入る。顔は髪に隠れていて分かりずらい。

 とっさの判断で距離を取ろうと地面を全力で蹴る。

 生物としての生存本能がコイツは危険だ、と警告を鳴らす。


「ごめんね…………」


 一言、炯の耳に聞こえた瞬間、体を冷たく硬いなにかが貫いていた。


「ゴッ」


 胸のあたりを貫いた物が刀だと認識した瞬間に呼吸が辛くなって気管をなにかが駆け上っていく感覚に襲われる。

 必死に酸素を供給しようと体が自然に稼働するが、刀で貫かれた部分に鈍く強烈な痛みと熱を感じる。それによって、呼吸もままならなくなる。

 血が口から吐き出され、口内に血特有の錆びた鉄のような味が広がる。

 いっそ血を吐き切った方が呼吸が楽になるのでは?と単純な考えが頭を過ぎる。それに従って吐き気を堪えるのを辞めて血を吐く。しかし、いくら血が出ても呼吸はできない。

 あ、これ肺をやられたのかな?

 掠れてきた思考の中で状況把握を行う。

 死んだ、と自分の人生が詰んだ事を以外にアッサリと他人事のように理解する。

 意識が遠のくのが分かる。

 自分の体から大量の血が流れているのも他人事のようにしか考えられない。

 確定した死、それを受け入れられない思考、出た結論は現実逃避。

 よくバトルものの本に死ぬ描写があるけど、炯の感じていたそれは今まで読んだ事があるどれにも当てはまらなかった。

 せめて自分を殺す人の顔だけは観ておきたい、と体に刺さったままの刀を辿って後ろを振り返ろうとする。

 突然、炯を刺し貫いていた刀が発光し、触手の様な物が出始める。

 それに炯を刺していた刀の持ち主は驚いた様に体を震わせる。


「⁉︎まさか、こんなのありえないっ!」


 刀の持ち主が叫ぶと同時に刀が持ち主である相手の体に刀から出た触手達が取り付く。


「やめて!私はまだ………………」


 何かを訴えようと必死に何かに喋るがそれで何かが変わるわけでもなく、刀から出た触手は持ち主の体を完全に覆ってしまった。

 なんだ?………………触手?

 未だ体に刀が刺さったままの思考で刀の持ち主の、自分を刺した相手の最後に顔を伺う事も出来ずに目の前で起こった異常な出来事を観察する。

 痛みに慣れたわけではないがだんだんと痛みが薄れていく。

 しばらくすると、触手は刀に戻って行き、そこに持ち主の姿は無かった。

 最後に見る光景がこれか、

 なんとも言えない不思議な光景を見て死ぬのも悪くはない。と暗闇に意識が引っ張られていくのを感じる。


 ***


 目に日差しが差し込み、朝が訪れた事を悟って眠い瞼を擦りながら上半身を起こす。


「んっ…………」


 起きた空間は病院の一室と同じでシンプルなデザインに今、自分が使用しているベットしか無い簡素なものだった。

 自分の居る場所がどこなのかと言う疑問よりも先に昨日起きた事を思い出し、自分が未だに生きていることに驚く。

 昨日、何者かに刺された刺し傷がどうなったのかを確認するために最寄りの鏡を覗き込む。


「うん、夢だな…………」


 鏡に映る自分の姿を見せて半ばヤケに近い状態でそう判断する。

 確認したら怪我は治っていた。治ってはいたんだが……………………


 鏡に映っていたものは以前の自分とは明らかに違う人間の顔だった。

 まず、目と髪の色が日本人らしい黒ではなく銀髪で髪先にいくにつれて赤髪に変わっていた碧眼になっていて顔立ちも以前の様な見慣れたものから鼻筋の通った西洋系とのハーフの中性的なものに変わっていた。


 次に、肌の色も変化した。いつも外出していないため不健康な青白い色だったのが不健康さが感じられない陶磁器の様な白になっていた。

 一昔前のコメディのように自分の頬をつねるが、痛みを感じるだけで変化がない。

 むしろ、鏡の向こうの姿が同じ動きをしている事が殊更嫌な方向で現実味を増す。

 自分の容姿の変化に戸惑っていると病室のドアが開く。


 そこから現れたのはスーツに身を包んだボディーガードらしき人を両脇に従えた人形の様に整った容姿で学校の制服らしき服装の15歳くらいの少女だった。


「おはようございます。私は国家公安委員会所属、久喜 くき しずと言います」


 同い年くらいの子が公安ってどういう訳ありなんだよ………………

 少し同情?しながら炯は自分も、と自己紹介を始める。


「俺は布都 ふつの けい。一応、中学三年生やってます」


 話す様な事が少な過ぎるけどこれでいいかな?

 事実、自己紹介だからといって話す様な事を思いつけなかったし、何を言えばいいかも分からない。

 ここは相手にならって名前と所属を言えばいいんだよね?

 何もロクな自己紹介を思い付かなかった挙げ句に出したものでも彼女は、久喜 静は社交辞令の笑みを浮かべて話を進める。


「まず、貴方は今私達の管轄の病院にいます。心配しなくてもちゃんと解放するから安心してください」


 ちゃんと解放するから安心してくださいか、期限を指定しない事からすると何かされるんだろうな…………

 どうして彼女が信用できないのかは自分でも分からない。けど、この短い人生においても騙された事くらいは何度もある。その視点で行くと彼女は信用できない。


「そんなに警戒しなくても単に説明をするだけですから」

「説明、ね………………俺に何を説明すると?さっきも言ったけど俺、これでも

 中学三年生。受験生なのだから君の説明なんか聞いてる暇ない。お分り?」


 できる限り面倒事に関わりたくない俺は理解を求める。

 いつも学校で全く関係ない事に巻き込まれた挙句に責任を押し付けられる、そんな事がよくあったが故に最近は面倒事は避けて通っている。

 今回の案件は明らかに面倒事の予感しかしない。そもそも俺なんかの見舞いに公安の人が来るのがおかしいし、昨日の刺し傷が消えている事もそうだ。

 すでに巻き込まれているだろうが、できる限り面倒ごとは避けたい。


「ふっ…………話を聞いている暇はない、ですか」

 微笑とともにそう呟くと静は両脇に従えて来たスーツの二人を病室の外に出るように命じると、二人はおとなしくそれに従って出て行く。

 それを見送るように見ていた静は彼らが出て言った事を確認すると俺の方に向き直る。


「さて、話の続きだけど………………君にはこれから言う事から逃れる権利は無いから」


 急に喋り方が砕けたようになったのかと思うと少し親しみの念がこみ上げて来た。

 しかし、『逃れる権利が無い』と言葉にそれは即座に打ち砕かれる。


「君は昨夜、通行人に倒れているところを発見されたらしい。その時、辺りには血が飛び散っていたからすぐに警察に通報された…………。それと同時刻・全く同じ場所で私の仲間が任務中に消息を絶った。これだけのパーツがあれば察しがつくよね?………………君には今彼女を殺した疑いがかかってるの」


 息がつまる。見ず知らずの女を殺した疑いを掛けられているなんて。昨日、確かに俺はあの後の記憶がない。けど…………


「昨日、アンタの仲間を殺ったのは俺じゃない」

 俺は昨日あった事を話し始める。

 俺がいきなり刺された事、そして刀から光る触手が出て持ち主を包んだ事。

 そして、俺があの時、急所を突かれて死んだはずだった事。


「そう、分かった。………………貴方が彼女を殺したのね」

「は?何でそうなる⁈」


 本当に意味が分からない。俺は何もしてない。むしろ被害を受けたのはコッチなのに

 俺の話を聞こうともせずに彼女の体から紫電がほとばしる。


「え?…………」

 俺は疑問の声しか出せない。

 彼女の体から出た紫電が病室の床を焦がす。

 黒く焦げたそれを見ただけでもかなりの威力がある事がわかる。それこそ俺を一瞬で感電死させて消し炭にできるくらいの…………


「死ね」

 その一言と共に人の目には追えない速さで俺の肉体に静が放った紫電が…………

「「え?」」

 二人同時に疑問の声を上げる。


 彼女の放った紫電が俺に届く事がなかったからだ。

 そんな混乱している俺たちの前には一本の優美な刀が、俺を刺した刀が、彼女の仲間を消した刀が、青黒い装飾がなされて現れる。

 刀身は刃紋が波打つように流れていながらも均等が取れていて一種の芸術品のような群青色でガラスのように透明で妖しく光っている。

 予想外の展開に彼女は目を丸くして言葉が出ないように固まっている。

 しかし、俺は突然の展開ではなく刀に見惚れてしまった。

 美しい刃紋。美しい輝き。美しい装飾。

 俺の望んだ美を体現した様な一振り。

 思わず息を飲む。

 俺が刀に触ろうとすると、静はやっと硬直から解けたように言う。


「なんで貴方がそれを持っているの?………………」

 それに、俺は一言だけ、正直な思いを伝える。

「そんな事知るか!」


 話している間にも刀は俺の前を守護するように浮遊している。

 触りたい。持ってみたい。振るってみたい。

 自然と刀に対するそんな感情が芽生えてくる。

 震える手で触ろうと、持ってみようとそっと手を伸ばす。


「待って!」

 それを妨げるように彼女は再び俺に紫電を放つ。

 それを薙ぐように刀が防ぐ。

「すっげ〜」

 思わず感嘆の声が出てしまう。


「っ!」

 激情に任せて静はいくつもの紫電を俺に向けて放つ。

 しかしそれを刀が切り裂いていき、一発も俺に当たらない。

 部屋の中はすでに彼女の紫電の影響で悲惨な光景になっている。

 しかし、それを機にする事なく彼女は二度、三度、四度と何度も紫電をほとばしらせる。


「なんで、なんで、なんで、なんで!」

 疑問の声を上げて紫電を放つがそれが俺に届く事はない。

 しばらくすると、異変に気付いたように部屋の外にいた二人が中に入ってくる。

 それに反応して静は攻撃を辞めて落ち着く。


「今日は失礼します。明日、また誰かが来ると思います」


 そう言ってさっきまでの憤怒はどこへ行ったのかと思わせる装いで退室していく。

 気付くと刀は消えていた。

 ほんの数十分の時間で滅茶苦茶にされた部屋で少し寂しく思いながら窓際までよって外を見る。

 いつも通りの朝特有の静けさと陽に照らされているビル群。

 そして、通勤、通学のため先を急ぐ人々。

 せわしなく動く電車、バス。

 騒がしくも平和ないつもの風景。

 こんなに平和なのに何故、自分は朝から少女に雷撃を放たれているのかと自分が哀れに思えて来る。


「なんでこんな気持ち良い朝に面倒な…………」


 何故かむしょうに疲れてその先を呟けない。

 紡げない言葉を残したまま眠りに落ちる。


 ***


 彼女が去って俺が倒れた後、俺は別の病室に移されたらしい。

 起きた時には窓から見える景色も微妙に違っていた。病室にはテレビがなく昨日、刀で刺される時も持っていたはずの荷物も無い。

 眠い。暇。退屈。

 こんな言葉が頭をよぎる。刀で刺された時に持っていたはずの鞄も今はないので勉強をしようにも出来ずやる事がない。


「一か八か外に出てみるか………………」


 そう言って一度、深呼吸して病室のドアを開ける。

 そこはいたって普通の病院の光景だった。病人などが廊下で話をしたり、みんなでテレビを見たり新聞を読んだりと至って普通のありふれた病院の風景だ。

 そこにいる人々がローブや狩衣などの伝統的な古い服装をしているその一点を除いては。

 本当に何なんだ?と少し目の前の光景を見て思う。


 部屋から出たからと言って何かやる事があるわけではない。見たところかなり広いこの病院で迷子にならないという自信は無い。

 苦心の末に不安要素と退屈さが病院を歩き回りたいという感情に敗れた。

 決心して院内を散歩する。


「最初に行くなら、屋上だな…………」


 高所恐怖症のクセに高い所からの景色が好きだとよく言われるが、自分でもそれは全くその通りだと思う。事実、高いところからの景色は大好きだ。しかし、今回の散歩で屋上へ向かう理由は別にある。

 実はこの病院がどこにあるのか分かっていない。確かに窓から見える外の景色でどこにあるのかが分かるかもしれないが、この病院には窓が一つも無かった。せめて自分が今、どこにいるのかだけでもしりたい……そう思い、最寄の階段をみつけて上る。


 結果、屋上には簡単に登れた。

「本当にどこなんだ?ここ…………」

 けれども、見慣れた景色はどこにも無かった。

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