「老婆との再会」


「どうして空間を移動する時に列から離れたんですか。

 迷子になったらこっちが困るじゃないですか。」


すると、隣に座る老婆…

数日前に本部で出会った老婆が

困ったように微笑み老人の気持ちを代弁をした。


「ごめんなさいね。

 小夜鳥を扱うにはそれなりの技術と手順がいるから。

 私とこの人が合う時間、鳥に出会える時間。

 それらのタイミングをうまく合わせないといけなかったの。」


そういうと、老婆は器用に赤い毛糸を手繰り、

大きく巻いた次の糸巻きを老人に渡す。


「鳥に紐をつけるまで時間がかかったわ。

 何しろこの子はいろいろなところを行くんですもの。

 ずっと追いかけていたこの人が一番の苦労人よ。」


老人はそれを受け取りながら、

小脇に抱えていた書店屋の袋を老婆に渡し、

「やれやれ」と首を振った。


「あのあと吹雪の中から書店に落ちて、

 それから本部の空間をさまよう鳥に糸を巻きつけて、

 書店の子を見送って、そこでようやくマザー・ヴンダーの

 頼みごとの半分が叶ったわけだ。大変だったよ。」


そこまで聞いてスミ子は気づく。


つまり、あの本部の中で出会った老人は

スミ子とすでに対面したあとであり、

小夜鳥を追う直前だったということになる。


だが、そんな経過があったとはいえ、

こんなに空間に長くいる老人たちは

果たして肉体的に大丈夫なのかとスミ子はいぶかしむ。


老婆はそれに気づいたのか、

小さく頷いて見せた。


「そう、20分の壁で私たちの時間は制限されているわ。

 私は、もうこの空間から出るつもり。明日の仕事もあるし、

 …でも、彼は違う。鳥のエネルギーを枯渇させるために

 これから移動の旅に出るの…それは、死出の旅よ。」


老婆の切なそうな表情に微笑みかけると、

老人はスミ子に頭を下げた。


「この数日間、君をいろいろなことに巻き込んでしまったね。

 すまないと思っているよ。…ただ、私に言えることは、

 君は自分の持つ才能を信じて活かして欲しいということだけだ。

 私はこれから虚人になり、数年後に君に救われる。

 マザー・ヴンダーからそう教わっているからね。」

 

スミ子は思い出す。


ユウキとともに二年後の

マンションに空間移動した時のこと。


そこで虚人となった老人。

その老人が目の前の男性と同じ顔であったことを。


「…おや、もしかしてすでに救った後だったかい。

 だったらありがたいね、未来が確定しているのなら。

 本当は嫌だが孫には後見人になってもらわねばならない。

 そのためにも、彼には強く生きて欲しいんだよ。」


そう言うと、老人は大きく毛糸の紐を動かし、

御者のように鳥を動かす。


「彼女に渡した本は私から孫への最後の贈り物でね、

 古書店で買った本だがきっと彼の身になるはずだ。

 これを託す相手がいたというだけで、

 私の人生は無駄ではなかったというわけだ。」


鳥は空中で大きくうねったかと思うと、

そのまま地上の巨大な砂嵐の中へと突っ込んでいった。


「…エネルギーの中心点である院長を食ったからね。

 こいつにはまず、空間内にいる異形の神と戦わせねばならない。

 お互いのエネルギーを消耗させることで空間の異変は

 大分緩和していくはずだ。それじゃあ、ありがとう。」


その瞬間、鳥の背からスミ子の体が浮いた。


遠くの光景では砂塵の中で鳥と巨大な牛のような生物が

互いに争っているのが見える。


それは、あの病院で院長にあった時に

砂漠で見た出来事と同じ光景であった。


そして、この後老人は…


そこまで考えたところで、

パステルカラーの空に放り出されたスミ子の首に、

ふわりと赤いマフラーが巻きつけられる。


巻いてくれたのは先ほど話していた、

編棒と赤い毛糸をたぐる老婆。


「このマフラーはどうかしら?チクチクしない?」


それはふんわりとした肌触りのマフラーで、

どこを見てもほつれのない見事なものだった。


「そう、それは嬉しいわ。

 私のものはもう随分古くなっちゃって。」


そう言うと、老婆は持っていたカゴの中から

少し色の変わったマフラーを取り出す。


「これはね、もう四十年も前に人からもらったものなの。

 でも、私もその人に習って編み物をすることにしてね、

 ようやく今くらいの出来栄えになったのよ。」


そして、空中の老婆はスミ子の腕にはまった

ミサンガに手を添えるとこう言った。


「はじめはこれくらいから始めるといいわ。

 編棒も毛糸もあなたは持っているでしょう。

 子供の頃から編んで何かを作るのが好きだったのだから。

 …人からどう言われようとも自分は自分なのだから。」


そう言われた瞬間、スミ子は気づく。


空間は時間の概念がない。

過去や未来の時間も移動することができるのが空間。


つまり、目の前のこの老婆は…

 

「どれだけ辛くとも自分の好きなことをしなさい。

 自分の気持ちに素直になれるようになりなさい、

 それが、今の私から言える、

 過去へのあなたに伝えたい言葉なのだから。」


そして彼女は、綺麗な銀髪の女性は

スミ子に向かってやわらかに微笑んで見せた。

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