「面接の話」
それは、就職の面接の際、面接官に必ず聞かれた言葉。
…「自己都合のため退職」ってあるけど、
現在医者にかかっている病気とかありますか?
…大丈夫、外部に漏らすことはないから。
正直に話してくれればいいから。
当初、スミ子はその言葉を鵜呑みにし、
面接官に正直に話をした。
自分が前の職場の人間と合わず、
パニック障害になっているという事実。
医者からは職場に復帰しても良いと言われており、
休職後に就職活動をしていることを正直に話す。
だが、以前病気をしていたことを伝えるだけで、
大概の面接官は互いに目配せをする。
…わかりました、
書類は数日後にお送りいたします。
そして、不採用の通知が送られてくる。
正直に話せば面談で落ちる。
それがわかったのは、
スミ子がすでに3社も落とした後の話であった。
なんでこんなことを聞いてくるのだろう。
なんでそんなことを聞いてくるのだろう。
できないというレッテルを張るために
そんなことをするのだろうか。
病気になった人は社会に復帰してはいけない
というルールでもあるのだろうか。
それ以来、スミ子は黙っていることにした。
次の就職の時に聞かれても、
うまくごまかすことにした。
そして、臨時職を転々としながらも、
現在の職場にスミ子は落ち着いていた。
…そう、落ち着いていたはずだった。
スミ子は考える。
今の質問が何のために
されているのかはわからない。
わからないが、
正直に答えて良かったことなんて今まで一つもなかった。
黙っているほかないように思えた。
隠し、抱えられなければ、
社会で生きていけないとも感じていた。
だからこそ、スミ子は…
「だ、大丈夫ですよ。
特にそういうのはありませんから。」
震える声で、絞り出すようにそう答えた。
曽根崎はその答えを聞くとしばらく黙り込み、
…やがて、ため息をついた。
「そっか、でも今の会社は君に合わない気がするね。」
え?
その言葉を咀嚼できないうちに車はマンションの前で止まり、
曽根崎は車の自動ドアを開ける。
「来週には君の口座に会社でもらえる半年分の給料が振り込まれる。
今回の件の補償だね。ともかく君に必要なのは休むことだ。
ゆっくり静養するといい…。」
そして、スミ子が車から降りる前に、
曽根崎は一枚の名刺を差し出した。
「もし、落ち着いたら、ここに電話をかけてくれ。
もっとも空間にいる時には難しいがね。
…さて、ユウキくんが打ち込みできたか見に行かないと。」
そして、曽根崎は車を走らせる。
…車を見送った後、
スミ子はフラフラとエレベーターに乗った。
正直、ぐったりとしていた。
どうしてこんなに疲れたか
わからないほどに疲れていた。
視線をちらりと駐車場へ向けると、
すでにトラックやバンはなくなっており、
後には何一つない駐車場だけがそこにある。
曽根崎が会社から回収してくれたカバンから、
自宅のキーを取り出し、ドアを開け、中に入る。
時計を見れば、まだ午後1時。
会社ならまだ働いている時間だ。
途端に、足の震えが襲ってきた。
…でも今の会社は君に合わない気がするね。
「以前の人は仕事を放り出したけど、
あなたは一緒にやってくれるわよね。」
曽根崎の言葉とともに最初の相談の頃から
こぼしてきた同僚の言葉が頭をよぎる。
そう、あの会社は家賃と光熱費と食費を
足してギリギリの給料だった。
住民税を払ったり、自動車税を払う時には
貯金も下ろさなくてはならないほどに低い給料だった。
その上、時間外の仕事をしても給料が出ず、
その分の時間は休暇届けを提出し二ヶ月以内に処理しなければ、
ためた時間すら消滅してしまうような職場だった。
でも、その仕事を辞めることは、
スミ子の居場所がなくなることと同様に思えた。
金銭的に余裕がなかった時期でもあり、
その職場以外、採用されなかったことも事実である。
多少の不便さには目を瞑らねば。
この環境でも周囲と合わせていかなければ。
そして、時間とともに口も緩むようになり、
とうとう数ヶ月後には同僚に自分の病気のことも
打ち明けられるようになっていた。
だが、同僚はそんなスミ子の病気を
理解してはくれなかった。
「私にはそんな病気のこと分からないから。
できる仕事は自分で考えてしてちょうだい。
仮にもお給料をもらっている身なんだし、
いい加減自覚を持って働いてちょうだい。」
もちろんスミ子は、
仕事をいい加減にしているつもりはなかった。
何事も真面目に取り組んでいるつもりだった。
でも、覚え始めの頃は手際が悪く、
なかなか仕事はうまくいかなかった。
さらにプロジェクトを降ろされた頃は、
次第に体に重みや気だるさを感じるようになり、
首や喉のあたりに重い痛みも混じる日々を過ごしていた。
思うように体が動かない苦しさ。
自分が自分じゃないように感じられるほどの会話の難しさ。
それが余計に怠けているように人には見えるのか。
動きたいのに動けない。
怠けたく無いのに怠けているように見える。
…きっと、他の場所でも
自分は同じことを言われる。
スミ子はそれを恐れていた。
おそらく、今回の騒ぎで自分の会社は倒産か、
もしくは縮小されるだろう。
だが、その会社にスミ子が戻れる保証はない。
上司のスミ子に対する印象を考えれば、
ほとぼりが冷めた頃に希望退職を勧められ、
辞めさせられるのがオチだろう。
半年分の給料をもらったとしても、
そこから先の生活が保障されるわけでもない。
それからどうするのか。
どこに勤めればいいというのか。
履歴書を見られ、病気を悟られ、
不採用通知を送り続けられる日々。
病歴を隠して受かったとしても、
いじめられる社会生活。
社会にはもう、
スミ子を必要としているところなど
どこにもないように思えた。
欠陥だらけの経歴と病気しかないスミ子に
居場所はないように思えた。
スミ子は疲れていた
疲れ果てていた。
歩き出そうとフローリングの床に足をつけると、
ずるりと足が滑った。
床に手をつくも支えきれない。
倒れた、動けない、
動くには体が重すぎる。
わんわんと耳鳴りがし、
視界がひどくグラグラと揺れていく。
伸ばした腕の先、
いつしか手首に巻いた紐が嫌に赤く鮮やかだ。
どこでこんなものをつけたのだろう。
いつの間に自分の腕にこんなものをつけたのだろう。
わからない。
わからないながらもなぜか思い浮かぶ。
ふと、穴の向こうで見た
銀色の髪の女性の言葉を思い出す。
鳥を追いかけていけば、その答えは自ずと出る。
…もう状況は変わり始めているのだから。
でも、それを追って何になる。
何もできない自分に、
将来なんてまるで無いように思えた。
めまいがする。
家の中がぐるぐる回る。
血流が引いていくのがわかる。
耳鳴りがキーンというものに変わり、
目がもはや開けていられないほどに重い。
「何で自分は生きてるんだろう。」
そうして、ポツリと最後にそんな言葉を漏らし、
スミ子は冷たい床の上で意識を失った。
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