8 「嘘、ポスターがつくの?」

「嘘、ポスターがつくの?」


「うん。予約したらね」


「した?」


「もちろん」


「あたしにくれる?」


「何言ってんだよ。僕のだよ」


「えー、ちょうだいよー」


「僕が予約したんだもん」


 リビングでは、ちかしうららのにぎやかな声。

 あたしは千里が来るまでに…って料理をしている。

 もちろん、千里の嫌いなものをたくさん使って。



「もう七時になりますよ」


 おばあちゃまが、時計を見て言った。


「うん。もう出来る」


 相変わらず、誓と麗が言い合いをしてて。


「これ、何をケンカしてるんですか」


 おばあちゃまが、二人を叱る。


「だって、誓がポスターを…」


「僕が買うんだもん」


 麗って、あんまりそういうの興味ないんだと思ってたから…意外だな。

 でも、何だか安心。

 麗も普通の女の子だなって。



「じゃあ、麗も同じの買えばいいじゃないか」


 約束通り、早く帰ってきた父さんがそう言うと。


「えー…同じのぉ…」


 二人は同時にそう言った。


 ふふっ…要らないよね。

 部屋は別々だけど、CD聴く時は必ず一緒にいるものね。


「CDは一枚でいいんだよ」


 誓が、唇を尖らせる。


「誰のポスターなんだ?」


 父さんが問いかけると。


 ビー


 下の門のブザーが鳴った。


「あ…」


 あたしが盛りつけしてたお皿から顔をあげると。

 一斉に、みんながあたしを見た。

 おばあちゃまが潜り戸のロックを解除する。


「姉さんの彼氏かな」


 嬉しそうな誓の隣で、麗は興味なさそうな顔をしながら…髪の毛を撫でつけた。

その様子が可愛くて、笑顔になりながら急いで大皿をテーブルに並べ終えると…


 ピンポーン


 今度は、玄関のチャイムが。


「私が出ますよ」


 おばあちゃまが、着物のたもとをなおしながら玄関に向かう。


 や…やだな。

 緊張してきちゃった。

 聖子でさえお茶会なんかの特別な席の時しか来ないから…

 あたしのお客様がうちに来るのは、初めて…って事になるかも…。



「知花、エプロンのままでいいのか?」


 父さんに言われて慌ててエプロンを外してると…


「まあまあ、どうぞ。いつも知花がお世話になって…」


 耳を疑う言葉が聞こえて来た。

 廊下から、おばあちゃまの優しい声。

 ちゃんと、あんな風に言ってくれるなんて…


 ドキドキしながら待ってると。


「はじめまして。神 千里といいます」


 千里がリビングに入ってきた。


「ようこそ」


 父さんが、千里を迎える。

 あたしも父さんの横に並んで…


「あ。」


「よ。」


「髪の毛…切ったの?」


 驚き。

 昨日までは肩甲骨の下辺りまであった髪の毛。

 バッサリ耳出しちゃって。

 なんだか、ものすごい好青年。


「食事に誘われて、あんな長髪じゃみっともないだろ?」


 いいのかな。

 シンガーとしてのポリシーとか、バンドカラーとか…損なわないのかな。



「か、か…」


 あたしと千里を見比べて、誓と麗が口をパクパクさせてる。


「何ですか、二人とも。神さん、お席にどうぞ」


 おばあちゃまが、千里を席に案内する。


「ビールでいいのかな?ああ、足を楽にして」


 父さんが、座ってビール瓶を手にした。


「はい。それじゃ、遠慮なく」


 あたしも千里の隣に座って、小皿を並べる。


「か、あ、ああの…」


 相変わらず、口をパクパクさせてる誓と麗に。


「これ、二人とも。座りなさい」


 おばあちゃまが、眉間にしわをよせる。

 千里は、そんな二人を見て。


「えーと、誓と麗…だっけ?」


 あたしに、問いかけた。


「うん」


「すっげ、双子って初めて見た。ほんっと、よく似てるなー」


 …二人に、優しい笑顔。

 なんだか…嬉しい。



「あのあの…神さんって、神千里さんって…」


 誓が身を乗り出して千里に問いかけるのを、あたしはキョトンとして眺める。


「ト…トTOYSの?」


 誓の大きな丸い目に、千里は小さく笑って。


「本当に姉弟?」


 って、あたしに言った。


「誓たち…知ってるの?」


 あたしがそう言うと。


「みんな知ってるよ!!本物の神さん!?」


 誓と麗は手を取り合って喜んだ。


「…有名人…だったの…」


 あたしが千里を見て小さく言うと。


「姉さん、知らずに付き合ってるの!?」


 誓が驚いた顔で言った。


「申し訳ないけど、私にも話が見えないな」


 ふいに父さんが苦笑い。


「TOYSっていう有名なバンドのボーカルなんだよね!?神さん!!」


 誓、大はしゃぎ。


「さっき話してたポスター、神さんのバンドのなの!!」


 麗まで…


「あ、CD予約してくれたんだ?」


「でも、ポスターが一枚だからケンカになりかけたのよね」


 あたしがそう言うと。


「知ってれば持ってきたのに」


 千里は、サービス満点。


 誓と麗は手を取り合って、悲鳴を上げ続けてる。

 あたしはその光景に瞬きを繰り返すばかりだけど…


「んっ、んんっ、こほんっ」


「……」


 興奮状態の二人は、おばあちゃまの咳払いで静かにならざるを得なくなった。



「ところで…知花とは、いつから?」


 父さんが千里に質問を投げかけると、誓と麗…おばあちゃままでもが興味津々な顔をした。


「六月です」


「街で偶然出会ったと聞いたけど…」


「僕がナンパしました」


「……」


 視線が、あたしに集まる。

 ナ…ナンパだなんて!!

 思わず、顔に血が上る。


「一目惚れだったんです」


 …恥ずかしくなってきた。

 いくら芝居だからって、ここまで言う必要ないんじゃないかな…

 千里って、こういうこと臆面もなく言えるような人だったのね…



 そんな質問を交えながらも、食事が始まった。

 好き嫌いは多くても、生まれも育ちもいい千里は…テーブルマナーだけは一流だ。

 綺麗な所作で大皿から料理を取り分ける千里には…おばあちゃまも小さく頷いているように見えた。



「これ何?美味いな」


 千里が、大嫌いな魚のすり身のお団子を食べながら言った。


「…千里の大嫌いな物」


「だいぶ減ったぜ?」


 あたしは、小さく笑う。

 普段と全く違う「優しい千里」に戸惑いながらも…結構、嬉しかったりして…。



「…知花の料理を食べたことは?」


 父さんは普通の顔をしてるつもりなんだろうけど…

 緊張のせいか…質問する声がうわずってるし、低い。


「ええ、あります」


「君は今、一人暮しを?」


「いいえ、祖父の家にやっかいになってます。そこで、料理を作ってもらったことが何度か」


 あ。

 父さん、探り入れてる。

 あたしたちの付き合いが、健全なものかどうか。


 …そりゃそうよね。

 週に三日、帰りが遅いうえに、突然彼氏なんてつれて来たら…

 …失敗だったかな。



「ね、神さん。今度メンバー全員のサインとかもらえる?」


 ずっとモジモジしてた誓と麗。

 誓が、やっとの思いで出した言葉。


「ああ、いいよ。誰のファン?」


「もっもちろん神さん!」


 二人とも、目がキラキラしちゃってる。

 千里って、本当に有名人だったんだ…

 …ちゃんと調べておくんだった。



 食事は終盤に近付いて。

 父さんも、何とか千里と打ち解けてきたみたい。

 あたしは千里のグラスにビールを注ぐ。

 千里いわく…


「俺は酔うとハイになる」


 だそうで。

 それが、これなのかな…って。


 だって、今日の千里は見たこともないくらい明るい。

 でも、顔に全然出てないからわかんない。



「ほお、貿易の…」


 父さんと千里の会話は、千里のお父さまの仕事のことになってる。

 テーブルの上は片付けられて、代わりにデザートのリンゴ。


「あの」


 ふいに、千里が真顔になった。

 きっと話の内容なんて聞いてないであろう誓たちも、千里に見とれたまま座ってるその席で。


 千里は。


「知花さんと、結婚させてください」


 キッパリ。


 一斉に、みんな目が点になる。


 なっ、なんで!?

 まだ、その話は言わないはずだったのに…



「…知花は、まだ学生だけど?」


「わかってます。でも、知花さん以外考えられないんです」


「何も、今すぐじゃなくても」


「離れていたくないんです」


「……」


「職業柄、会えないことが多くて」


 嘘ばっかり。

 週に三日。

 キッチリ会ってる。

 それは、夏休みも当然のように。



 父さんは、腕組をして考えこんでる。

 誓と麗は、千里と父さんを見比べてる。

 あたしも、なんて言っていいかわからなくて黙ってると。


「…知花は、どうなんだ?」


 ふられてしまった。


「あ…あたしは…」


 千里が、あたしを見る。


「…彼と、一緒にいたいです…」


 ごめん、父さん…

 心の中で、手を合わせる。


「神くんは、知花のどこまでを知ってるのかね?付き合い始めて四ヶ月だろう?」


 父さん、ちょっと不機嫌そう…


「誰にも言えなかった秘密を、聞きました」


「……」


 息が詰まりそう…

 いくらあのマンションに住みたいからって…

 ここまでする必要、あるのかな…


 突然のように、あたしの中に生まれた疑問。

 あのマンションに住みたい。

 それは変わらない。

 だけど…

 この、次々と繰り出される嘘…胸が痛む…


 あたしがうむついたままでいると。


「……考えてみよう」


 父さんが、ため息をつきながら言った。


「父さん…」


「まっまだ早いんじゃないですか?」


 おばあちゃまが初めて口をはさんだけど。


「できれば、知花さんの誕生日が来たらすぐにでも結婚したいんです」


 千里は、ワガママ言いたい放題。

 でも、父さんは腕組したまま考えこんでる。

 あたしが居た堪れなくなって立ち上がろうとしたところで。


「リンゴ、いただきます」


 千里がリンゴに手を出した。


「あ…どうぞ」


 おばあちゃまが、フォークを差し出す。

 千里は、リンゴを取って小さく笑いながら。


「この間まで、食べられなかったんですよ」


 って笑った。


「え?」


 みんなが、千里を見る。


「実は、ものすごい偏食家で。でも、食べられるようになりました」


 千里の意味深な言葉。

 父さんは、千里を見つめる。


「知花」


「あ、は…はい」


「ビールを、もう一本持っておいで」


「…父さん…」


「もっと、話してみないことには神くんがつかめないからね」


 あたしはビールを取りに向かう。

 心の中で父さんに感謝してみたり謝ったり…


 でも、嬉しい。

 千里が…居場所のないあたしを迎えにきてくれた王子様のような気がして…。






「気を付けて」


 千里との食事が、何とか…無事終了した。

 全員が千里を見送ろうと、気が付いたら玄関口で整列してる。


「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」


 千里は、満面の笑みでお辞儀。


「あ…あたし、そこまで送ってくる」


 何となく、このまま玄関の戸を閉めてしまうのが怖くて。

 あたしは千里に続いて庭に出た。



 結局…

 父さんは結婚を許すとは言わなかったけど、それでもご機嫌な様子で千里としゃべってた。


「神さん!!また来てね!!」


 誓と麗が大きく手を振って、千里がそれに応える。


 …嬉しいな。

 今日は…千里のおかげで、色んな喜びを味わえた気がする。



「あー、緊張した」


 門に続く階段を歩きながら、千里が首を回しながら言った。


「緊張してたの?あれで?」


「してたさ。思った以上にでっけぇ屋敷だし」


「…まだ、言わなかったんじゃなかったの?」


 あたしが上目使いで千里を見ると。


「あー…なんか雰囲気よかったし、いっかなって思って」


 なんだか、能天気。

 でも、そんなところにも…少し笑えてしまった。


「…ところで、親父さん、どこからか見てるかな」


 さりげなく家を振り返る千里。


「父さんだけじゃないわ。きっと、みんな広縁から見てるわよ」


 あたしは、首をすくめる。


「そっか」


「…え?」


 え?って思った時には、すでに千里の腕の中だった。


「ちょっちょっと!!見られてるってば!!」


 まさしく、広縁に人影。


「わかってるさ」


「だったら、離してよ!!」


「ばか、見せつけてんだから、暴れるな」


「み…見せつけ…?」


 …とりあえず、暴れるのを辞める。


「ま、もうすぐあのマンションも俺らのもんだな」


 耳元で、千里の声。


「…そんなにうまくいくのかな」


「いくさ」


 なんの根拠があって…

 でも、なんだか千里の言葉は力強い。


「ほんっと、おまえがお嬢ちゃん学生でよかった」


「え?」


「言ったろ?音楽やってる女って苦手だって」


「……」


 ギク。

 とんでもないことを忘れてしまってたような気がする。


 確かにあたしは千里に『誰にも言ってない秘密』を告白したけど。

『家族にも言ってない秘密』っていうのもあるのよ。

 それを告白する日が来るのかな…。



「今日は焼きプリンがなかった」


 千里がすねたような口調で言って、思わず吹き出す。


「子供みたいなこと言うのね」


「るせっ」


 あたしは笑いながら、千里の胸に顔を埋めて。

 もしかして…これって、幸せっていうものなのかな…なんて…

 少しだけ、目を閉じたのよ…。

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