07 どれくらい偉いんですか
雛鳥のように、この
もし、見知らぬ街にでも連れてこられたなら、数刻放っておかれたところでどうとでもしようがある。彼はアーレイドを出たことはなかったけれど、人間が同じように生活をする場所である以上、想像できないほど大きく違うと言うことはないはずだ。
だが、ここは違った。
同じアーレイドのなかなのに、全てが彼の想像を遥かに超えている。
萎縮した訳ではなかったが、先達がいた方がいいだろうとの判断のもと、結局エイルはファドックについていくことにした。ここで日々を過ごすことになれば、嫌になるほど城内を「見て回る」羽目になるはずだ、と思ったこともある。
「へえっ、これが例の子ですか」
行く先々でそんなことを言われ、見せ物のようになるのも嬉しくはなかったので、彼ははっきりそう言った。すると二十半ばほどの兵士は面白そうに笑う。
「そう言ってもお前さんは見せ物さ。当分ね。俺はイージェン。見ての通り、ここの
「……エイル」
今日だけで何度名乗ることになるのだろう、と思いながら少年は答えた。
「剣は使えるか?」
「俺の人生じゃ、必要なかったよ」
「そりゃいい。使わずに済むに越したことはないが、まあ、でも覚えておいても損はないぞ」
イージェンはいささか矛盾したことを言って少年を小突いた。
「ファドック様は俺の
「考えとくよ」
エイルはそう言って口を歪めた。剣を振るって人を傷つけるなど、ぞっとしない。
「剣に興味がないのなら、ここで待っていても退屈するかもしれんな。どうするエイル。兵士の訓練など、見ているのは嫌か」
「うん? いや、見せてもらうよ。滅多にない機会だもんな」
そう言うとエイルは適当な縁石に腰掛けた。
広場に集まってきた兵士たちはどれも若手で、なかにはエイルより年下の、成人したかしないかくらいの少年もいた。どうやらファドックは若手の兵士たちに剣の指導でもしているらしい。イージェンはその補佐役と言ったところなのだろう。
新兵たちは、剣を持つのがようやく様になってきたところ、とでもいう雰囲気で、エイルのような全くの初心者が見てもまだまだ隙だらけだった。だが、ファドックの言葉や指導でそれらが少しずつよくなっていくのを見たエイルは、まるで魔法のようだな、などと思った。
「どうだ、エイル」
イージェンがやってきて声をかけた。
「やってみたくなってきたんじゃないか?」
図星、である。剣など使わずとも暮らせると言い、それは強がりでも何でもなかったが、力や俊敏さに自信を持っている少年が、こうして他者が力をつけていく様子を見ていれば――うずうずして当然だ。自分も、身体を動かしたくなる。
「まあ、ね」
しかし両手を挙げて降参するのも悔しかったので、エイルはただ肩をすくめてみせた。イージェンはにやっとする。
「よーし、立て」
「ちょっと、何」
「ファドック様! エイルが参戦ですよ」
その声に、十名弱の視線が彼のもとに飛んできた。何者だろう、という疑問が浮かんでいる。
当然だろう。兵士向きと思えない背格好――小柄だと言い立てられるほどではないが、どちらかと言えば小さい方だ――に、きれいな制服。レイジュやイージェンは事情を知っているようだが、兵士たちにしてみれば、何故このような少年がファドックに連れられ、彼らの訓練を見学などしているのか不思議に思っているに違いない。
「無茶を言うな、イージェン。エイルにはこれから大事な仕事があるんだ」
「……ああ、そうでしたね。それじゃまた次回だ、楽しみにしてろ」
「そうさせてもらうよ」
からかわれているのか、遊ばれているのか、どちらも似たようなものだったが、どうやらイージェンはエイルを気に入ったようだ。男はエイルの肩をぽんと叩くと兵士たちの間へ戻っていく。
「――よし、今日はここまでだ。各自、持ち場に戻るように」
ファドックが剣を収めてそう言うと、若い兵士たちはきれいに敬礼を決めて解散する。出し物でも見た気分になったエイルは、もうちょっとで拍手などしそうになった。
「どうした、興味が湧いたか」
「少し、ね」
面白そうに言ったファドックにそう答える。
「イージェンも言ったが、覚えて損になることでもない。お前がその気になったら簡単な手ほどきをしてやろう。私とお前の空き時間が合ったら、の話だがな」
「そりゃ難しそうですね。王女殿下がファドック様と新しい遊び相手と、両方を手放す時間帯なんてあるんかな?」
にやにやとイージェンは口を挟み、ファドックの苦笑を誘う。
「お前も持ち場に戻れ、イージェン。お前が訓練を理由に警備をさぼっていると、アルドゥイス隊長がこぼしていたぞ」
「酷いな、誤解ですよ。俺はこの上なく真面目な近衛隊員なんですからね」
真顔になって格式張って敬礼すると、イージェンは、それでは失礼いたします、騎士殿、と言って彼らに背を向けた。
「……
どうやらその呼びかけがいちばん適しているのだろう、と判断したエイルは騎士を呼んだ。
「何だ?」
「馬鹿なことを訊くって思わないでほしいんですけど」
勢いの良い少年にしては歯切れの悪い言い方で言う。
「
意外なことを問われた、というようにファドックは目を見開く。と、笑った。
「何も偉くなどはないな。シュアラ殿下の側付のせいかセラスと呼ばれることが多いが、公式の身分ではお前と変わらない。私はただの平民だ」
「そ、そうなんですか」
それこそ、意外だった。貴族、とは言わないにしても何かエイルの知らない階級があるのだと思ったのに。
「ただ、
どう言おうか迷うように、ファドックは言葉を切った。
「まあ、私の話などしても仕方ないだろう。言ったように、これからお前には重大な仕事があるのだからな」
気にするのならそちらにしろ、とファドック・ソレスは言うとエイルを再びアーレイド城へと促した。
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