答え
単に癒し係として飲みに付き合ったつもりの佐々木さんから、突然告白を受ける——そんな予想外の事態が起こった、翌週の金曜。
兼ねてからの約束通り、俺は美味と評判の焼肉屋へ五十嵐さんに連れてきてもらっていた。
なのに。
全く美味しくない。
というか、味がよくわからない。
——佐々木さんの告白に、何と答えるのか。
俺の脳内は、完全にこのことに占領されていた。
彼女は、明るく気さくで、楽しい女性だ。
一つ先輩だけど、そういう堅苦しさを少しも感じさせない。
容姿もすっきり系に綺麗で、俺的に好きなタイプだと思う。
告白を受けてからこの一週間、会社で彼女の様子を改めて密かに眺めたり、自分の思いを整理整頓したりしてみたが——恋の相手として見た時に、現段階では彼女を拒否する理由は見つからない。
けれど——
自分だけでは、この答えを出せない。
彼は——この話に、何と言うだろう?
この一週間、俺はずっとそのことばかりを考えていた。
「——篠田くん?」
「……あ、はい?」
「——肉が焦げ始めてるぞ。
この前焼肉の話をしたときはまるで飢えたイヌのように尻尾ブンブン振ってたから、今日はどれだけがっつくか楽しみにしてたのに……
また、何か悩み事か?」
俺の向かい側で、五十嵐さんが微妙に曇った顔でそんなことを言う。
「……」
——彼は、一体俺に何と言うのだろう?
俺は、手にしていた箸を置くと、五十嵐さんをじっと見つめた。
「——五十嵐さん」
「ん?」
「……あの……
俺、先週金曜に、佐々木さんと一緒に飲んだんですけど……
その時に、彼女に『付き合わないか』って告白されて……」
そう口にした途端、なぜか言いたいことがバラバラにとっ散らかり、全く言葉がまとまらない。
一言目を切り出してしまってから、俺は今更のようにあわあわと動揺した。
俺の言葉に、彼は一瞬だけ動きを止め、表情を固くしたように見えたが——
すぐにいつもと変わらぬ穏やかな微笑を俺に向けた。
「……
そうか。
——良かったじゃないか」
「……」
「彼女は明るくて、いつも元気な楽しい子だ。
どちらかと言えば物静かな君とは、いい相性なんじゃないか?
そうか、君にもとうとう初彼女か。——これは大いに祝わなきゃな」
「————……」
——……
それだけ……?
それだけなのか?
あなたが、俺に言いたい言葉は。
「——それだけですか」
思わず、そんな言葉が口を突いて出た。
「……何か不満か」
「——……」
——おい……待て、俺。
今の言葉、なんだよ??
「ならば——
君は俺に、何と言って欲しいんだ?」
「……」
「『そんな話は断れ』——ってか?
俺がもし、ここでそうやって君を引き止めたら……
君は、彼女の告白を断るのか」
「——……」
——俺は……
彼に、そう言って欲しいのだろうか?
「そんな話は断れ」と。
「俺の側から離れるな」——と。
激しく混乱していく思考とは裏腹に、口からは一言も発することができないまま——俺は、ただ立ち竦むように彼を見つめた。
「……篠田くん。
悪いが、そのやり方には乗れない。
——そんな大切な部分を、君は他人任せにするつもりか?」
そんな俺の戸惑いには取り合わないかのように、いつになく強い彼の眼差しがぐっと俺を見つめ返す。
「——君の気持ちは、どうなんだ。
君自身で、しっかり考えたのか?
……俺のことは、気にするな。
君はただ、自分自身の気持ちに真っ直ぐ向き合えばそれでいい。
そうして君が出した結論に、俺は口出しなどしない。
だから——
大切な答えを、人に導いてもらおうとなんかするな。——ちゃんと自分の力で探し、君自身からはっきりと俺に結論を示せ」
——大切な答えを自分で探し、はっきりと結論を示せ。
俺が抱える問題点をズバリと突き刺されたその痛みを、俺は何とか必死に堪える。
「……」
「——ただ……」
ただ……
ただ、何?
「俺の助言が欲しいのならば……一つ、アドバイスしよう。
この場面で、君は俺の隣を選択肢に含めるべきではない。
俺は、君にキスの一つすらあげられない存在だ。
——そうだろう?」
「——……」
ああ。
言われてしまった。
今度こそ、はっきりと。
今日は——
俺は、彼に一切助けてはもらえない。
彼のアドバイスを退ける力など——俺にはない。
だって……
彼の言っていることには、一切誤りがない。
それを覆すことはつまり……俺は佐々木さんじゃなく、彼を選ぶ、ということだ。
——やはり、その選択肢はない。
それはきっと、選んではいけない。
俺は、キス一つすら、彼に許すことができないのだから。
「————わかりました」
俺は、小さく俯くとただそう答えた。
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