ガチじゃん!
いつもと特に変わらぬ年越しと元日をのんびりと過ごした正月二日、穏やかに晴れた午後一時。
『もうすぐ着くぞ』というシンプルなメッセージを五十嵐さんから受け取り、適当に外出用の着替えを済ませた俺は、なんとなく自室の窓から通りを見下ろしていた。
「にいちゃん入るよー。
ねえ、五十嵐様はいつ頃来るのー?」
部屋を適当にノックして、真琴が弾む笑顔で入って来る。
「ん、そろそろ着くって今メッセージ来た」
「きゃーマジ!? 心臓がばくばくいっちゃう〜〜!」
「とにかく、少し大人しくしてろよなお前」
そんなことを話しながら一緒に窓の外を見ていると、深いネイビーブルーに輝くBMWが一台、家の前に静かに止まった。
「————」
……え。
な、なに。
なにあのすんげえ高級車……
同時にそれを見た真琴も、口元が思わずひくっと引きつった。
「……にいちゃん。
もしかして、あの車って……王子の……??」
「……いやあ〜。
さすがにあれは違うだろ……」
変な笑いを浮かべつつ引き続きじっと見ていると、いかにも上質なコートを腕にかけ、すらりとしたメガネの男がスマートな身のこなしでドアの外に立った。
「…………マジか……」
どこの王子様だよおい……グレーの緩やかなタートルネックのセーターに黒のスキニーパンツとかめっちゃシンプルなのにすげー半端なくかっこいいし……そんな五十嵐さん今まで見たことねーよっ当たり前だけど……っっ!!
はっと横を見ると、真琴の目はすでに完全にピンクのキラキラハートになっている。
「……ねえ。
五十嵐さんて……どこかいい家のおぼっちゃまでしょ絶対っっ……!?」
「いやそれは聞いてねーぞ……!!」
熱に浮かされたようにぼーっと俺の方を向いた真琴は、はっと我に返っていきなり俺に食ってかかる。
「ちょっとにいちゃんなにそのカッコ!? 今すぐ着替えなさいよっっ!!! そんなパジャマみたいな服で彼と連れ立って歩くつもり!!?」
「は……はあ!? パジャマってなんだよ!? いーだろ別にただの先輩後輩なんだしっ」
「絶対ダメ!! あまりにも釣り合わなさすぎる妹として恥ずかしいっ! さあ脱ぐ脱ぐ!!!」
「うぐう〜〜〜!!」
そうこうするうちに、鍋王子……もとい五十嵐さんは玄関の前まで到着してしまったようで、呼び鈴が爽やかに鳴り響く。
「ちゃんとこれ着てよね! にーちゃんの手持ちの中でとりあえず一番いい感じのやつ!!」
俺の引き出しやクローゼットから勝手に服を見繕ってベッドに放ると、妹はアスリートのごとくだっと部屋を飛び出していく。
「はーーい♪」
母と妹の上機嫌な声がシンクロする。
それと同時に、パタパタ、バタバタという騒々しい足音が玄関へと向かったのだった。
*
「真琴ちゃん、かわいいな。あんな風にきゅるんとした子猫みたいな目で見上げられると、ちょっと困る」
実家での思わぬ歓待に照れたような顔で、五十嵐さんはハンドルを握る。
燦然たるオーラを放つ高級車は、内装も品良く落ち着いた仕様だ。
微かに甘く香るカーコロンが、なんとも心地良い。
「なんかすみません、うるさかったですよね……騒ぐなって散々言っといたのに」
「いや、あんな可愛くていい子の歓迎にそんなこと言っちゃばちが当たる」
口元を少し引き上げ、彼は相変わらずどこかニヒルな美しい微笑を浮かべる。
初っ端の王子的登場には一瞬パニクったが、いつもと変わらない五十嵐さんの穏やかな空気に、最初の緊張もすぐに解けた。
俺は助手席でゆったりと広いシートに身体を預け、このラグジュアリーな空気を改めて大きく吸い込む。
「あれじゃ、大学でもさぞモテモテだろ」
「さーどうですかね。ってか憧れの王子がそんなこと言ってたって教えたら、あいつ卒倒するんじゃねーかな? 全く俺にはクソ生意気で小憎らしい態度しか取らないんですけどねー」
俺はさっきの真琴とのやりとりをなんとなく思い出しつつ、むすっとそんなことを呟いた。
「はは、兄弟なんてみんなそんなもんだろ。変にブラコンよりいいじゃないか」
「まあそうですけど」
「それに……君によく似てるな」
「え……似てます?? どこが!?」
そんな意外な言葉に、俺は思わず聞き返した。
俺は、自分があいつに似てると思ったことなどついぞない。それに、人からそう言われたのも初めてだ。
だって、あいつは俺とは完全に正反対だろ? あのキラキラした容姿も、どこか人をきゅんとさせる愛らしいキャラも。
「……どこがって」
そこにきて急に五十嵐さんは、何か失敗でもしたような居心地悪そうな顔で不明瞭にもぞもぞ呟く。
「……」
ん?
……なぜここにきて急に言い澱む?
ってか、キュート要素しかない真琴と俺が似てる……って……
んー……
……まっまあいいじゃんか考えすぎはよくないぞ俺。
とっとりあえず話を変えよう。
「あっ……えーっと、とっところで五十嵐さん、もしかして五十嵐さんってめちゃくちゃお金持ちのお坊ちゃんだったりするんですか? さっきこの車見たときははっきり言って思い切りビビったんですけど」
「ん? いや別に。父親は大崎商事の専務やってるけどな。この車はなんか知らんが俺の就職祝いって親父から押し付けられただけだ」
「……」
……さらっと言ってくれたなーまた。
「ん、どうした篠田くん?」
「えっとー。お父さんが、あの大崎商事の専務って……で、就職祝いがこれって……思いっきり上流階級じゃないすか……
どうりで五十嵐さんってどこかそういう雰囲気だと思いました」
「は? 俺と親は関係ないだろ」
「関係なくないでしょー。
じゃ、いずれご両親のお眼鏡に叶う立派なお嫁さん探ししなきゃヤバいパターンですね?? あーそこはちょっと大変そうだな〜」
何となく笑って零したそんな軽口に、五十嵐さんは一瞬強い視線を俺へ向けた。
「……へ?」
「——それは関係ないと言ってるだろ」
一瞬戸惑った俺からすっと目を逸らすと、彼は前を見据えて無表情にそう呟いた。
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