星鳴らす姫の歌う大地で

佐槻奏多

第1話 ~星へ堕ちる~

 彼が叫んでいた。

 空を切り裂いて飛ぶ鳥の速さに、黒髪をかき乱されながら。


 乗っている青銀の巨鳥は、落ちていく彼女を追いかけて垂直に落下してくる。

 その鳥の軌跡が、不意に大きく揺れた。

 彼が落ちそうになったのを見て、彼女は悲鳴を上げる。


「リグリアス!」


 けれどリグリアスは鳥にしがみつき、そして彼女に手を伸ばしてきた。

 ただ一心に自分を目指してくるその姿に、彼女は涙があふれそうになる。


 彼の向こうには白く濁った霧の海と、霞む島の姿が見えた。

 端から崩れ始めた島からは、瓦礫や土を根で抱く木と共に、彼女以外にも沢山の人が落ちていっていく。

 この世界では霧海に浮かぶ島から落ちたら、地上へ叩きつけられて死んでしまう。けれどリグリアスは、助けられる可能性を信じて彼女を追いかけてきてくれているのだ。


 それだけでもう、充分だった。

 本当なら『あの女性』の傍にいるはずの彼が、自分の為に職務を放棄してまで助けようとしてくれただけで。

 それが恋ではなく、幼馴染としての感情だけでも構わない。

 十分に心が満たされるのを感じる。


 だから彼女は、来ないでと伝えたかった。けれど落下の恐怖で体中が萎縮していたためか、音は喉を通らない。

 逆に悲鳴をあげようとしたと勘違いしたのか、リグリアスは焦った表情になってしまう。

 違う。違うの。

 せめてあなただけでも生きていてほしいのに。


 彼女はふと、落ちていく方向――頭上を振り仰いだ。

 目前にせまる赤褐色の大地。

 そこは霧の海の下に広がる死の大地だ。


 死病に冒され、樹や草といった命の痕跡はぬぐい去られ、錆びた鉄に覆われているかのような地肌がむき出しになっている、地上。

 遙か昔、人々はここで生きていけなくなったから、大地が空へ浮かんだ後は決して降りようとはしなかった場所。

 たたきつけられたら、死んでしまうだろう。


 彼女はもう一度リグリアスを見た。

 鳥に乗った彼の方が、赤褐色の地面よりも遠くに見える。

 ならば自分が先に死ぬ姿を見て、彼は諦めてくれるだろうと彼女は考えた。

 ただ、一つ心残りがあるとしたら、間に合わなかったと彼が苦しむのではないかということだ。


 それだけを思って、彼女はリグリアスに微笑んでみせた。

 リグリアスは、なにかを叫んで彼女に手を伸ばし――。

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