アリパガ
藤原キリヲ
00 All in the golden midnight
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「あっ……あ、あああっ、あーっ、あぁぁぁぁ……っ!」
……こんな風に、あたしはイク瞬間はちょっと声にビブラートがかかるというヘンなクセがある。
だからきっと、今こうしてあたしがまたがっているナオくんにもあたしがイッたということはその声で伝わってしまっただろう。うーむ。最悪……とまでは言わないけど、そう意識するとちょっと恥ずかしいなあ。
だからあたしは開き直って、「ふひゃー」とかそんな声を出して、イッちゃってもう腰力入んないよ、ということを惜しげもなくアピールするのだった。
「アリス、ヘンな顔してる」
「う、うるさいぃい……」
声が震えていた。
説得力なんてあったもんじゃない。
……っつーわけで、あたしはナオくんと絶賛セックス中だ。金のないあたしたちがいる場所は歌舞伎町のラブホなどではなく、普通にナオくんちにある車庫。だからあんま大きな声出すと、上にいるナオくんのお父さんたちにバレちゃうかもしんない。けどそのスリルがかえって楽しい。
体位は騎乗位。ノリノリだ。あたしは数ある体位の中でも騎乗位が特に好き。なんでかっていうと、ナオくんの上にまたがって見下ろす感じがなんか征服してる感じがしてゾクゾクするし、あたしリードで動けるからナオくんを気持ちよくしてあげてる感じがあって、それが奉仕してるみたいな気分で嬉しいからだ。受け攻め両方の気分が一度に味わえるナイス体位。それが騎乗位。
けど、正常位とか座位とかでぎゅーって抱き合ってするのも愛情がヒシヒシ伝わってくるみたいでもちろん好きだし、ナオくんが主導権握ってくれて頼もしいからバックでするのもも好きだ。
……っつーか、あたしは要はセックスならなんでも好きだ。好きな人とするセックスが三度のメシより大好きなのだ。
「アリス、イッた」
言わなくたってとっくに気付いてるクセに、ナオくんはいちいち確認してくる。サドなんだから。ショタ顔のクセに生意気。けどそんなところも好き。
「イッてないよぉ……だから、もうちょいやろうよぉ……」
「いいよ。僕もまだだし。でもイッてないっていうのはウソだよね」
「あー、うん……まあ」
別にもうどっちでもよかった。ナオくんが下のほうから腰をゆっさゆっさ動かしてきたからだ。
「あー、ちょい待っ……いきなり速っ、動き、速いよナオくん……っ!」
「そう? 平気でしょこのぐらい」
「はひっ! だめっ、だ――ンンンンッ!」
「イッた」
「あっ、あぅあっ、あーっ!」
「またイッた」
「ひゃ、ア、あんあんっ……! あ……ん、んー!」
「イキまくり」
イッた後にそのままやり続けると連続してイケるというのはマジだ。現にあたしは、こうしてアホみたいな顔で断続的にビクビクしている。全身がパニック状態で息もできない。
「ナオくん、好きっ! 大好きっ!」
なんて絶頂。思わず告ってしまう。セックス中の告白なんてどうせエロ任せなんだから意味なんてねーよ、っていう考え方もよく聞く。けど、あたしはそうは思わない。だって、好きな人を一番近く感じてるのがセックス中なんじゃないか。だから、ここぞとばかりに「好き」とか「愛してる」とか口にすることで、より強く相手への想いとか今という時のシアワセ具合を噛み締められると思う。むしろ、そういう時以外で言う方がなんかウソくさくない?
で、
「僕もアリスが好きだよ」
わーい。ナオくんもあたしのこと好きなんだって。
あたしたちのセックス観は似たようなもんだから、ナオくんもあたしへの好意とか、今セックスしてる喜びみたいなのを表現したくて、そう言っているに違いない。嬉しいな。
表情が普段通りなのはいつものことだ。ポーカーフェイスなだけで、あたしへの愛が足りてないわけじゃない。そうだ。ナオくんは敢えて口にしてもいいくらいにはあたしのことが好きなはずなのだ……。
……ってああああ!ヤバイヤバイ!ナオくん下から突くの上手すぎるんだってマジで!溶ける溶ける!下半身がドロドロ溶けてなくなっちゃうみたいに気持ちいい!
「あうあう」とか、「あー」とか、「はぁーん」とか、情けない喘ぎ声を上げながら、あたしは打ち上げられたサカナみたいに痙攣する。最高だった。最高すぎてヤバかった。腰が制御不能!こむら返りみたいになってて、もう自分の意思じゃどうにもならない。
ホント。今感じているこの愛情とか感情とか快感とかが、全部が全部繁殖のための副産物でしかなかったとしてももうどーでもいい!むしろそんな風に進化してきてくれてありがとう人類!
幸せだった。あまりに幸せすぎて、あたしはウツロな顔をして、でへへ~と笑う。これも勝手にこぼれてきたもので、自分でも何がそんなにおかしいのかよくわからない。「ホントに、アリスはいやらしい女の子だな」
慈しむようなナオくんの口調に、あたしはガクガク頷く。なんと言われようとも、その全てがあたしへの褒め言葉にしか聞こえないくらいにエクスタシー中だったからだ。
あー、やばいよー、もうこのままナオくんにイカされ続けて死んじゃいたい。マジでー。
本当に、心の底からそう思わずにはいられない。
だってそのぐらい、あたしはこの人のことが好きで、この人と一緒にいて、喋って、ご飯食べて、勉強して、遊んで、セックスするのが楽しくて仕方がないのだ。
楽しくて、もう楽しくて楽しくて…………、
――――っていう、夢を見た。
「………………」
目覚めるあたし。起き上がる。
午前三時。寝転がっているのは歌舞伎町のホテルでもナオくんちの車庫でもなく、あたしの部屋のあたしのベッドで、二段ベッドの上ではお姉ちゃんがグースカいびきをかいている。
で、
思い出す、夢の内容を。
夢の中であたしは数ヶ月前まで付き合っていた幸崎直人――ナオくんと、すさまじく愛の合体を果たしていた。
……簡単に言うとヤッてた。
「……おぉう」
別れた彼氏とセックスする夢を見てしまう己の痛々しさに、あたしは思わず唸ってしまった。男子には決して聞かせられないような心からのゴツイ声で。
あれは昔の夢だ。
あたしの妄想が見せたただのエロい夢などではなく、昔本当にあったことが再生されたものに過ぎない。あたしの記憶をバラバラに分解して、それを別のカタチに並べなおして再構築したもの。
あの夢があたしの記憶や意識に基づいて作られた内容であることは、今こうして目覚めて思い返してみるとハッキリわかる。断片的に組み合わされたそれら記憶を、あたしは全て当時あったこととして思い出せるからだ。
つまりあたしは、過去にナオくんとセックスした記憶のデータベースの中から一部を引っ張り出してきて夢の中で映像として編集・観賞していたということだ。
夢の中で無意識に行われる過去のエロス回想。
「……マジかー」
思わず虚脱した。未練タラタラで痛々しい自分にっつーよりは、こんなベタな夢、見るのが初めてだったからだ。
数ヶ月前に約二年間付き合ったナオくんと別れてからというもの、デートとかキスとか、その時した会話とかを夢に見ることは何度かあった。特に別れた直後。あの頃はあたしもやっぱり相当にダメージ受けていて、結構ヤバかったのだ。
ナオくん。あのキュートな童顔も、ニヒルな微笑も、優しい声がつむぐ言葉も、細い体も、青白い手も、もうあたしからは手の届かない場所にあるんだなあという事実が本当に切なくて、夢でも現実でも、あたしは彼のことを思い出してはガラにもなくメソメソしていたものだ。
その時期には結構ナオくんの夢も見た。新宿でデートしたこととか、中野にあるナオくんちに行ったこととか、そんな楽しいこと色々が夢の中で今みたいに再生されて、目覚めると泣いてるあたし。
けれども、セックスしている場面を夢で見るのは今回が初だった。
「……欲求不満なのかなー」
確かに最近は、あれほど激しいセックスはしていない。そもそも彼氏と別れてセフレもいないあたしにとって、騎乗位は最早手の届かないモノだ。久しぶりにやってみたい気持ちはある。けど定期的に自分一人でやってるし、エロ夢見ちゃうほどたまってるとは思えないんだけどなあ。
欲求不満か。欲求不満ね。
違う。あたしにとってナオくんとのセックスは単なる性欲処理ではなかった。
こんなこと自分で言うと酷くアレだけど、あたしはナオくんとセックスすんのがホントにマジで大好きだった。それだとただあたしがエロエロの変態なだけでだからどうしたという話なのだが、大事なのはエロではなくて、なんかあの時のあたしはセックスから生きる意義みたいなものまで見出そうとしていたということなのだ。
レゾンデートルとでも言うべきか、自分の存在とか、相手への感情とか、そういう曖昧なものが、性交を通してこそ最も強く、明確なものとして認識できると思っていたのだ。だからあたしにとってセックスは、単に好きな人と一緒に腰振ってキモチヨク子孫繁栄という本来の意義以上に、自分を見つめなおす行為でもあった。自分という海の中に深く潜り、見つめなおす行為がセックスだったのだ。そんくらいセックスというものを重要で神聖なものとして考えていた。
エロだけじゃないんだ。もちろんエロもあるけど。ナオくん上手かったし。
まあそんな風に、ナオくんとのセックスが何より好きで、何より重く特別なものとして見ていたというのに、あたしは今頃になってようやくその夢を見た。しかも、別れてから数ヶ月経って、もうある程度はセンチメンタルから立ち直ってから。
今更になってそんなものを見るというのは、こうして考えるとなんだかヘンじゃないだろうか。なんか取り繕ってるみたいでウソくさい。
あ、ちなみにエロ夢自体は何度も見たことある。だけど、実際付き合ってた人のことを夢に見るのは初だって話だ。……って、こんなこと言ったら「結局エロか」ってことになってナオくんとのセックスを特別視していたことがなんか自分でウソくさく思えてきちゃうけど……それはさておき。
「…………」
何気なくパジャマのズボンをぐい、と引っ張ってみた。パジャマの下のパンツが濡れていないのが、必死に誤魔化してるみたいでなんだか白々しかった。
まあパンツはどーでもよくて。
起き上がってあぐらをかいていたあたしは、もそもそとベッドの上を這って移動し、窓を開けた。涼やかな風が吹きこんでくる。深夜の空高くには月があって、その周りにいくつかの雲が漂っているだけだ。星は見えない。っつーか東京の都心部で夜に星が見える場所なんてほとんどない。
そんな味気ない夜空を見ながら、あたしは思った。
――さっきの夢は、何かの兆しなのだ、と。
数ヶ月という期間を経て、あたしの中で何かが動き出そうとしているのかもしれない。人の心は、時として本人の意識の下で勝手に動き出すものだと思う。
今ここに、終わるものと始まるものがクロスしている。
終わるものはナオくんとのこと。なら始まるものは?
……あたしはきっと、それを探すべき段階に立っている。
ナオくんと別れた悲しみから、徐々にとはいえようやく立ち直ってきて、さて新たな自分ロードを歩き出すかというあたしに、それが求められている。ナオくんと、ナオくんと作っていた絆とか関係、その中で生じていたあたしの意識とか思考とか、全て消え失せたそれらに代わるものを見つけなければならなくなってきたのだ。
それらは、たぶん人間として非常に重要な何かなのだ。何がどのように重要なのかはわからない。けれど、そういう、大切な人と一緒にいることによって生まれる様々を、あたしはもう一度手にしなければならない時がきている。
……あるいは、あたしが今歩き出そうとしているその新たな自分ロード自体がそうなのかもしれない。今はまだ判然としない、なんとなくこうしようって思ってる程度のものだが、それを正確に把握し、実行できるようになれば、あたしはナオくんに代わるモノを見つけることができるのか?
何故急にそんなことを思ったのか。
あたしにそれを迫ったのは何だ。
神か、あたしの奥底に眠る何らかの存在か。わからないし、どうでもいい。
あの夜空の向こうにある、東京では見えない無数の星の彼方とかにある遠い遠い惑星。人の心だってそれと同じだ。
――ここから全てを見通すなんて無理。
だからみんな心の宇宙を探査していくのだ。衛星を打ち上げながら、その果てまで。
その必要性をあたし自身が感じ、実行しようと思えたのだ。だからあたしも探そうと思う。あたしの心の宇宙の果てにある、大切な星を。
「ねみー、寝ようっと」
そんな風に。
その日は、そんな夢を見て、そんなことを考えた夜だった。
まあ、あたしの十代ももう後半戦突入だし、そろそろマトモな人間になる努力を始めないとね。
そして、並びない何かが得られたら、それできっとある程度は人生サクセス。
未来のあたし、そして隣り合う愛しい人。もしいたら、きっとキレイな場所で会おう。いつかまた。
今夜も見えるのはくすんだ空。今夜も月だけが、キレイ。
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