第6話 リュウの出自
リュウは東北を背骨のように走る山脈、奥羽山脈で生まれた。
リュウの両親含め約五十体近くいる赤竜一族は奥羽山脈の奥地で人の目に触れぬようにひっそりと生きてきた。
が、ある日、巣としている洞窟が人間に見つかった。
伊達政宗という人間に。
今まで巣が見つかったことは幾度とある。
その度に赤竜一族は見つけた人間を殺してきた。
しかし、伊達政宗が現れた日、赤竜達は政宗を殺さなかった。
いや、殺せなかった。
なぜなら政宗は赤竜達が話す言葉、竜語で話しかけてきたからである。
人間の世界には神話の中の生き物として竜が存在しており、竜語も一部の書物で伝えられていた。
政宗はその言葉を習得していたのだ。
政宗は赤竜達に協力を求めた。
戦いに味方してほしい。
その対価として食べ物、棲み処の安全を保障すると。
戦いに味方するのは自分と息子のみでよければ。と赤竜の代表は承諾した。
人間達の領土争いは激しくなる一方で、今のままではいずれ自分達も棲み処を追われ絶滅する。
一族の長としてこの先永年、赤竜の血を守り続けなければならない。
であればこの政宗という少年に守ってもらうのも悪くない。
なによりこの政宗という少年は初めて竜語を話してきた人間だ。
信用するに値する。
赤竜の代表はそう考えた。息子には苦労をかけるが。
この時、伊達政宗十一歳。
元服を終えたばかりだった。
一五八一年。
政宗と赤竜親子が出会ってから四年後。
赤竜親子は政宗の命令で甲州一帯の視察に出ていた。
その帰り道、高天神城の上空から赤竜親子は徳川家康を見つけた。
普段から政宗に家康を見つけたら殺せ。
と命じられ続けていた二人は家康に襲いかかった。
その行動が、偶然にも、その場で捕まっていた真田幸村を助けることになる。
家康は逃亡し、殺すことができなかった。
政宗から言われていたのは家康一人の命で徳川軍を叩くことではない。
その後、米沢城に戻った赤竜親子は政宗の初陣に参加、勝利を飾った。
一五八二年。
偶然にも幸村を助けてから一年後。
赤竜の子供は織田軍の動向を探るべく父親と離れ、単独で甲州地方を視察にきていた。
単独行動は父の指令だった。
子の成長を願ってのことだ。
しかし視察の途中で武田軍を攻めていた徳川軍に見つかり殺されそうになる。
そこを助けてくれたのが真田幸村だった。
赤竜の子供は幸村を上田城に送り届けると、自分を命がけで助けてくれた幸村に何かしら報いたいと幸村のそばを離れなかった。
上田城に入っていく幸村に、城門までついていき、城門で幸村が出てくるまで待った。
城門に竜がいる。
と上田城内、城外ともにざわつき、一時は赤竜の子供が縄で縛られるほどの騒ぎになったが、すぐに幸村が城から出てきて解放してくれた。
幸村は上田城の庭を赤竜の子供の場所とした。
幸村の父も兄も何も言わなかった。
二人とも幸村のすることにはいつも何も言わない。
それが竜を従えて帰ってきたとしても。
「よし、じゃあ今日からおまえの名前はリュウな」
幸村はそう言って赤竜の子供のことを「リュウ」と呼ぶようになった。
幸村はリュウと過ごしていく中で何よりも優先して竜語を覚えようとした。
竜語の存在は小さいころ漁った書物で知っていた。
書物を読みながら幸村は昼夜を問わずリュウに話しかけた。
その頃の二人の一日はこうだ。
朝、幸村はリュウの翼の中で目を覚ます。
幸村は十五歳で元服済みだったが特に真田家としてしなければならない任務はない。
天気のいい日は夕方までリュウに乗り、狩りに行く。
リュウの食料は野生の動物だ。
主に鹿や猪を食べる。
リュウの上に跨った幸村が上空から矢で獲物を捕らえ、リュウが口からの炎で焼く。
二人で食べる獲物は最高の味だった。
雨の日はリュウの頭だけを城内の座敷に入れ、ひたすら竜語で話しかける。
夜になると、リュウの翼にくるまれ眠る。
幸村とリュウは二十四時間一緒だった。
外界では本能寺の変で織田信長が死んだため、北条、上杉、徳川の三つ巴の戦いが始まり、父も兄も忙しそうだったが、幸村は我関せずでリュウと過ごした。
リュウと過ごし始めてから半年。
たどたどしくはあるが書物を見ずに竜語を話せるようになった。
ある満月の夜。
幸村はリュウと向かい合い、竜語で言った。
「おまえは俺に命を助けてもらったって思ってるみてえだけど、俺もおまえに命を助けてもらったんだ」
と高天神城でのことを話した。
「だから、おまえは俺に恩を感じる必要はない。おれたち二人は友だ」
その日、幸村を包むリュウの翼はいつもより温かかった。
一五八六年。
リュウと幸村が出会ってから四年。
二人は四年間、一時も離れなかった。
一時期、越後の上杉家に人質に出されたこともあったが、幸い屋敷を与えてもらえたため、屋敷の庭にリュウをかくまい、城に出向く以外は一緒だった。
幸村は竜語をマスターしたが、リュウは口数が多い方ではなく、物静かな方だった。
そんなリュウでも熱を帯びる話題が二つあった。
ひとつは父親のこと。
リュウの父親は自分がピンチになると必ずどこからか現れ救ってくれた。
まるで常に自分を見ているかのように。
まだリュウが子供だったころ、空腹を我慢できず、獲物を探しに一人巣から出た時があった。
獲物が見つからずうろうろしていたら不覚にも人間が仕掛けた狩用の罠に引っかかってしまった。落とし穴に落ちた獲物に鋭い竹が何本も突き刺さるように作られた罠で、竹が足に食い込み、全く身動きがとれなかった。
痛みと焦りに悩まされながら一日ほど経過した時、どこからか鉄砲が発砲される音がした。
自分に向けて人間が撃ったものだと思われたが自分に痛みはなかった。
顔を上げると目の前に父親の背中があった。
そして発砲の音。
父親の身体がびくっと動く。
自分に代わって銃弾を受けているのだ。
とはいえ、父も撃っている相手を見つけることができない。
父は何発か続けて銃弾を受けた。
このままでは死んでしまう。
しかし自分は身動きがとれない。
リュウは父親に言った。
「逃げて」
しかし父親は言った。
「命など惜しくない」
さらに父親は何発か受けたが、その後、仲間の赤竜が鉄砲を撃っている人間を突き止め、鉄砲の音は止んだ。
その後も父親は何かある度に身体を張ってリュウを助けてくれた。
自分も父親のようになりたい。
と熱くリュウは語った。
そしてもうひとつは伊達政宗のこと。
リュウは父親を誇りに思っていたが、父親は政宗のことを高く評価していた。
リュウの父親はことある度に、政宗ほどの人間はいない。潰れた片目には未来が見えている、と常々話していたという。
政宗はリュウと父親を敵情視察によく向かわせた。
中でもよく向かったのが織田軍と徳川軍だった。
政宗の目には、北条も、上杉も、蘆名も、佐竹も見えていなかった。
事実、武田が滅んでからは織田、徳川の世界となった。
幸村はそんな政宗の話を興味深く聞いた。
自分と同じ年齢ながらすごい奴がいたものだと思いながら。
幸村はリュウの話を聞きながら、この時間が永遠に続けばいいと思っていた。
しかし、時代がそれを許さなかった。
織田信長の死から四年。真田家は信長の後継者として勢力を拡大している羽柴秀吉へ臣従することになり、引き換えに幸村が大阪城に人質として入ることになった。
幸村は上杉での人質時代と同じようにリュウを大阪城へ連れていこうとしたが、この時ばかりは父、昌幸が止めた。今回は上杉の時とは扱いが違う。屋敷を与えられるわけではなく秀吉の小姓だ。そして相手は上杉ではなく、秀吉。リュウが見つからないわけはなく、見つかったら見つかったで秀吉に利用される。
大阪城に向かう前の日の夜。
幸村は翼の中から竜語でリュウに話しかけた。
「リュウ、大阪にはどうしてもおまえを連れていけない」
「ウン」
「おまえはどうする?」
リュウはしばらく沈黙する。
「ここで待ってるか? 親父も兄貴もいるし」
「ウン」
「じゃあ、俺が帰ってくる日まで待っててくれな」
「ウン」
しかし、大阪城に幸村が入ってから数日後、幸村宛てに上田から一通の手紙が届いた。
手紙にはこう書いてあった。
「リュウが去った」と。
幸村とリュウが再会するのはそれから十四年後のことになる。
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