第6話:だから嫌だったんだよ

 自室のベッドに寝転がり、昼寝をすること約八時間。

 ディーナは、柱時計の鐘の音で目を覚ました。

 むくりと起き上がり、クワ~っと大きな欠伸をする。

 獣耳をポリポリと掻き、はて? ここはどこだろう? と寝ぼけ眼で辺りを見回す。

 やけにピンク色の多い部屋で、隣には可愛らしい人形が転がっている。

 あ~そうだ、ローザンから依頼受けて、それで……、そうそう……。


 ベッドから降りて立ち上がり、両腕をグーンと上に伸ばす。

 首を左右に曲げて関節をポキポキと鳴らし、固まった筋肉をほぐすように軽くストレッチをする。

 さて、これから何をしようか……。

 ディーナは、眠る前の事をゆっくりと思い出しながら、考える。

 屋敷本館の端にあった血生臭い扉と、何かを隠そうとしていたドルク。

 そして、男だと思っていたペチェが本当は女で……、あぁ、いや、それはいい……。

 とりあえず、出発前のローザンの言葉を加味しても、ここはいろいろと嗅ぎまわった方が良さそうだ、とディーナは判断した。

 だがしかし……。


 キュ~ン。


 子犬の鳴き声のような音が自らの腹から聞こえて、思考は一点する。

 まずは飯だ、腹が減っては戦もできぬ……。

 ディーナは勢いよく部屋の扉を開けて、屋敷本館の食事場へ向かうのであった。






 ペンドリーチキンの丸焼きは美味である。

 しかしながら、高級食材であるがために、ディーナのような日々お金に困っている者が口にできる機会は少ない。

 辛い物好きのディーナは、その丸焼きにチリペッパーをこれでもかと振りかけて、かぶりつく。

 魔獣の如く、かぶりつく……。


「まるで魔獣だな……」


 少し離れた席で、優雅にコーヒーを口に運んでいたカミーが、ディーナに聞こえるほどの大きな声で呟いた。

 ディーナは、もぐもぐと口を動かしたまま、カミーの方をじっと見る。


「……なんだよ? こっち見るなよ」


 声を掛けてきたのはお前だろう? と言い返したいディーナだが、生憎口の中は鶏肉パーティー中だ。


「確かに、魔獣のようだな」


 そう言ったのは、ディーナの斜め前に座って、こちらはスモークされたメメゾンの肉に喰らい付いている、獣人らしき男だ。

 ディーナの二倍はあるであろう肩幅と、鍛えられた体に、額に生える太くて短い角。

 肌の色は泥水のような灰色で、瞳は真っ白だ。

 口の中の物をゴクンと飲み込んで、ディーナは言葉を返す。


「お前の方こそ」


 別段、喧嘩を売っているわけではなく、これがディーナの平常だ。


「ははは、違いねぇ! 俺はウィーダス。ウィーダス・ワ―ケン。見ての通り、一角獣の獣人だ」


 ウィーダスと名乗ったその男は、自分の額にある角を指さしながらそう言った。


「……じゃあ、共食いだな」


 真顔でそう言ったディーナに対し、ウィーダスは声を上げて豪快に笑う。


「わっはっはっはっ! そうだな! メメゾンも一角獣だ! お前、面白い奴だなっ!?」


 特にウケを狙って発言していたわけではないディーナは、変な奴だなとウィーダスを睨む。


「ウィーダス、そいつに絡むな。そいつは俺の獲物だ」


 少し離れた場所から、カミーが話し掛ける。


「そうなのか? そりゃ失敬」


 反省など微塵もしていないような表情で、ウィーダスは返す。

 どうやら、カミーのペアはこのウィーダスのようだ。


「で、ディーナって言ったか? お前さん、この屋敷はどうだ?」


 名乗った覚えはないはずなのに、ウィーダスはディーナの名を知っていた。

 大方、カミーが話したのだろうと、ディーナは推測する。


「どうだ、とは?」


 わざと白々しい態度で聞き返すディーナ。


「何か臭わねぇか? って事だ……。どうも、鼻が効きそうなのはお前さんだけのようだからな……」


 グルリと周りに目をやるウィーダス。

 彼の言いたい事を、ディーナは重々理解している。

 今回ここに派遣された討伐隊は、ディーナ、カミー、ウィーダスの三名を除いては、ほぼほぼ素人に近い連中だと、ディーナは気付いていた。

 体格は大きい者ばかりで、それなりに戦闘実績もあるのだろうが……、面構えがまだまだな奴等なのだ。

 ローザンはいったい何を考えているんだと、ディーナは多少呆れていたのだが……。

 ウィーダスのこの言葉で、ローザンの真意が見えた気がした。


「星を上げるには少数精鋭、しかし、身を隠すためには群に溶け込め……」


 昔、マリスクから何度も聞かされた言葉を、ディーナはぽつりと零す。


「まぁ、そういうこった……。俺はカミーと同じ、ビリザードの南部隊から派遣された上等戦闘員さ。お前さんの事を昨晩カミーから聞いてな。あいつは嫌がったが、腕がたつなら事を速く進められる。どうだ? 力を貸してくれねぇか?」


 周りに聞こえぬように、小さな声でウィーダスは話した。


「……具体的には?」


 ウィーダスに調子を合わせて、ディーナも小声になる。

 怪しまれないように、何気ない顔をして、皿に山盛りにした果実を口に運ぶ。


「危険薬物の違法生産、ってところか……。今わかっているのは、この小麦畑の所有者である大地主アーモンズ侯爵が、違法薬物の生産に関わっているって事だけだ。東の地域では既に薬物中毒者が多数見つかっているし、死者も出ている。軍の調べで裏も取れているんだが……。生産方法と生産場所、さらには原料が不明なんだよ。これじゃあ立件できねぇだろう? だから今回、俺たちがここに来たってわけだ……」


 アーモンズ侯爵と言えば、王都の上級貴族の中でも名の知れた大侯爵だ。

 しかしその存在は謎だらけで、本人の姿を見た者はいないという。

 それなのになぜ名が知れているのかと言うと、ここスレーンの森近くの小麦畑を初めとし、王国の郊外周辺に多くの土地を所有する大地主であるからである。

 もし本当に、ウィーダスの言うように、アーモンズ侯爵が違法薬物の生成に関わる人物だとすれば……、王都の貴族階級における情勢が一変するのは間違いない。

 なるほど、国営軍がわざわざカミーのような副隊長格を派遣するわけだ、とディーナは納得した。


「……わかった、何をすればいい?」


 全てを理解したわけではないが、どうやら協力した方が手柄が立ち、報酬が増えるだろうと考えたディーナはウィーダスに訊ねる。


「よしきた! 事は簡単だ、ミドヌーを捕えて屋敷の使用人に引き渡す。そうすれば、事態は動くはずだ……」


 なんだ、やる事は最初と変わらないのか……。


「……なぜ、ミドヌーなんだ?」


 今度は目玉焼きを口に運びながら、質問するディーナ。


「まだハッキリはしてねぇんだが、どうやら薬物の生成にミドヌーが関係しているらしい……。つい先日、この屋敷に長年用心棒として仕えていた男が、ミドヌーに襲われて死亡した。それからすぐ、屋敷からはミドヌー討伐の依頼が出された。大方、ミドヌーから薬の原料を取り出していたが、仕留める輩が死んだもんで、薬の生成に間に合わせるために仕方なく人を雇う事にした、という事だろうな。まさか、軍に目をつけられているとも知らず……。間抜けな輩だぜ、まったく……」


 厨房で料理を作り続けている使用人を、ちらりと横目で見るウィーダス。

 ディーナは、昨晩ペチェから聞いた話を思い出す。

 ペチェは、ミドヌーの背中にある瘤には、毒草である痺れ草よりも更に強い毒性の猛毒が溜まっている、と言っていた。

 もしそれが違法薬物の原料だとすれば、今ウィーダスから聞いた話と全て一致する。


「話は理解した。安心しろ、今晩ミドヌーに遭遇したら必ず仕留める」


 腹がいっぱいになったディーナはそう言い残し、食事場を後にした。


「ほらみろ、快く引き受けてくれたじゃねぇか!」


 ディーナを見送りながら、離れた場所にいるカミーに話し掛けるウィーダス。


「……だから嫌だったんだよ」


 顔を歪ませるカミーに対し、ウィーダスは首を傾げていた。

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