魔術の都-4


―――

――


『―――!!――ネ!!―ガネ!!しっかりしてくれよ!!』

『…シア……』

『何で…こんなことに!!』

『……だろ』

『え?』

『………お前がっ』


「『お前が俺を――…』」


 いまいちハッキリしない記憶だが、あの一言だけは鮮明に思い出せる。深く、ずぶりと胸に突き刺さって抜けない刃のように心に残っている。

 時々思い出す度に刃の痛みは全身を駆け巡り忽ち自分を動けなくする。


 しばらく呆然と立ち尽くしていたリシアは、オーウェル達を追おうと思った。


 ただ立っているだけでは、刃が体を貫通し、そのまま真っ二つに割ってしまいそうだった。

 思い出す前に何か行動しなくては、また立ち止まったままになってしまう。


 リシアは走って裏路地に入った。表の商店街とは打って変わって幅が狭く、薄暗くて、重い空気が漂い、どことなく今の自分の心境に近いような気がした。


 だから躊躇った。

 深入りしてはいけないと自分が言っている気がした。

 入ったら、再び刃は自分を切り裂くような気がした。


 そんなのは気のせいだ。と自分に言い聞かせ、また走り出した。

 人が少ない。

 キンッという術発動時の独特な金属音がなり響き、空間を変質させ足場を作り、時間を止め、走った。


 周りから見れば、それは一種の芸にも見えるだろう。垂直の壁を、重力を無視して渡る。

 先ほどは離れていた人間が、一瞬にして目の前を通る。


 これも、涙の信託者オルクルのできる術の一部だ。だが、この属性を使える者は一部に限るのだが。


 しばらく立ち止まっていたせいでかなり離れてはいたが、ようやくオーウェル達が四つ目の角を曲がったのが見えた。

 何故か焦っていた心が落ち着き、それでも追いつこうと走る。


 建物と建物の間でようやく一人が通れる程度の幅だ。その一つ目の角で、リシアは突然そこに引き込まれる感覚に襲われる。


「なっ!?」


 それが人の腕力によるものだと気付いたのは、口を手を押さえ付けられ、その手の持ち主の胸に収まった時だった。


「静かにしろ」


 まだあどけなさが残る男性の声だが、冷徹な一言だった。その彼はリシアの口を塞ぐ手の小指をリシアの首にのばし、何度か叩く。

 ビリッと耐えられるが少し痛い電流が首に流れる。


 こいつは……涙の信託者オルクルだ。


 術を使えば逃げられただろうか。

 だが、この涙の信託者オルクルはそんな隙さえも無いように思えた。


 時を止めて逃げても、あっちも時を止めてくる。


 その属性術を使えるかどうか分からなかったが、何となくそんな気がした。目的が何なのか分からないまま、しばらく抵抗せずに相手がどんな人物か情報を得ることにした。


 声からして、十代後半辺りの男。身長は自分より高め。左手で口を押さえつけ、その手首の辺りに赤い宝石がはまっているシルバーの腕輪がある。筋肉質よりは細身。そして肌が白い。


 一通り観察した所でその男が、動くなよ、と言って左手をリシアから離し前に向かって突き出す。

 すると金属音のような音が鳴り響き、半透明だが濁った色の壁が現れる。


 これも何かの属性の術か、と思っていたら目の前に青い服を着た三人が何か話しながら去っていった。

 この男が出した壁の影響なのか、声はいまいち聞こえず、壁がまるで曇りガラスのように像をあやふやにした。特定は出来ないが、オーウェル達だろう。


 しばらくしてから彼は術を止めると、素早くリシアは右の腰にある剣の柄に触れながら十分な距離をとって振り返る。


「おい、誰が動けって言った」

「生憎ながら、動いてないと嫌な思い出が頭をよぎりそうでね」


 そこでもう一度、彼を観察する。

 使い古されても、ピンとシワのない上着。何となく、旅人を連想する。

 薄暗い路地のなかでも、輝くようにたなびく白銀の髪は長く、腰の辺りにまである。そして目は鋭く、海のように青い。


 そこでリシアはハッと気付いた。


 もしかして、アルバの捜す長髪白髪の少年は、彼のことではないのだろうか。


 人違いかもしれないが、あの聖職者に見てもらえば分かるだろう。だが、簡単に会ってくれるとも思えない。


 彼は、オルフィス教が重要人物として捜していて、複数でいると気付いて他の街に行ってしまうくらいに警戒心はある。

 本当に捜している人物ならばだが。


 どちらにせよ、状況はあまりよくない。そして、容易に付いて来てくれるとも思えない。


 何か理由がほしい。

 そう。彼を聖職者に合わせるとっておきな言い訳を。


「おい、テメェ」


 すると彼が言ってきた。


「テメェは涙の信託者オルクルだろ」

「あぁ…そうだけど」

「それも、特化能力は"時空"だ。珍しいな」


 どうやら、先ほど走り回っていたのを見ていたのだろう。暗い感情に焦って周りを気にしなかったのがまずかったか。


「あぁ…見られてたのか……」

「ん?何がだ?」


 思わず呟いた言葉に予想外の返事が返ってきて、リシアは、はぁ?と戸惑い混じりに言う。

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