夜道 〜19:03 応答せず〜

ガラスケースの中には

成人を迎えた晴れ着姿の女や

子どもを抱いた夫婦、百歳を

迎えた女の満面の笑み


とぼとぼ、夜を歩けば

冷やかな風が問いかけてくる

その顔はなぜ、俯いているのかと

ひとりの男が逝ったからだ

だれかの父が去ったからだ

だれかの夫が息を止めたからだ

だれかの息子が還ったからだ


ガラスケースの中、人生はあの人が

去る前にも後にも続いていき、彼の

手がそれに触れることは、もうない


とぼとぼ、夜を歩けば

冷やかな風が肩をあててくる

お前はその男のことなど

昨日の今頃は気にもして

いなかったじゃないかと

耳元で囁いては去ってゆく


すれ違う人も、ほかに歩く人もない


俯くことで、否定していたかった

俯くことで、眼を逸らしていたかった

俯くことで、他人のふりをしていたかった


顔は忘れても

神経質なまでに整えられた髪や

最後の着信履歴の時間だけが

ふいに足にからんで、俺の足を

夜道にふらつかせる


ガラスケースの

前に

ま る


とぼとぼ、夜を歩いて

おれはお前を心底、知らなかったのだと

告白してまわれど、応える声はなく

とぼとぼ、ちいさくなり、とぼとぼと

夜風に巻かれてきりきり舞い散った


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る