111.神憑
「メリルゥくん。君は戦力を欠いた状況で、リーダーとしての役目を果たした。違ったのか。リンゲンに向かったのは、僕個人がわがままを押し通したに過ぎない」
宗谷は少し厳しい口調で、自虐とも取れる態度を取るメリルゥを咎めた。
彼女が悪いことをしたわけでも、判断を誤ったわけでもない。あの場で依頼人を置いて彼女に同伴されても困る話だったし、単独行動以外の判断はあり得なかった。
「……違う。怖くて仕方がなかった。シャミルの代わりに、わたしがソーヤに付いて行く事だって出来たんだ」
「代わりというのは選択肢としておかしいだろう。マスターが
「仮にあの場でリンゲンに行けと命令されても、きっとわたしは無理だったよ……。それに、もし一日リンゲンへの到達が早かったら、わたしたちは……」
その先を口にする事は憚られたのだろう。俯くメリルゥの身体が震え、溜めていた瞳の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
勿論、焚き火程度の小さなものは影響ないが、火・水・風・土の四大属性の内、火の精霊術の扱いは特に苦手としていた。道中の
これは決して彼女が臆病なのではなく、
「タイミングが命運を分ける。そんなものは、ありふれている事で、結果論でしかないよ。リンゲンで起きてしまった事を考えると、あの場に居なくて良かったとまでは、とても言えないが」
宗谷は一拍置き、続ける。
「メリルゥくんが抱いている恐れは正しい。良い冒険者になる為の才能だよ。……
宗谷はメリルゥの頭を撫でると、シャツに顔を押し付けるように甘えていた。涙と唾液で生地が濡れているのを肌に感じていたが、今は気に留めなかった。
すっかり弱気になっているが、彼女が立ち直れないとは思っていない。臆した事を悔いているようだが、それは正しい判断で、挽回の機会はいくらでもある。
「……ソウヤさんは、
ミアの声。顔を上げると、彼女は
「ミアくん。どうしてそう思ったのかな?」
「メリルゥさんに
そして、今度は確認するように再び問いかけた。どうやら意思表示とも受け取れる言い回しを無意識に使ってしまっていたらしい。
彼女は時おり勘が鋭く、そして頑固な面がある。それを踏まえると言葉は慎重に選ばなくてはいけないが、既に
「仮にも
精一杯に格好つけた台詞を、ミアは全く笑ってはくれなかった。
そして、不安そうな表情の奥底にある強い眼差しを感じ、宗谷は思わず目を背けたくなった。
「……今の段階で、どうこうは出来ないよ。敵は姿を眩ませてしまった。ミアくんも、その事は考えたりしなくていい」
「ソウヤさん。……私は力になれませんか。……今の私の実力では難しいかもしれませんが」
「古砦で僕達を絶望に陥れた、四つ腕の
宗谷がミアを嗜めると、握り締めていた
四つ腕の
リンゲン捜索に駆け付けた
ただ、ミアには強い資質を感じた事が一度ある。スレイルの森にある湖畔の一件。
本来使えない筈の
(何度考えても、あれは
憶測を否定するように宗谷は首を振り、大きく溜息をついた。
神頼みを当てにして、彼女に負担を強い、危険に巻き込むような想定はしたくない。頼る神は性悪な女神一人で十分間に合っている。
「とりあえず、また落ち着いた時にその話はしよう。……メリルゥくん。大丈夫かな。僕はこれから食事でもしようと思っているが」
「……うん。わたしが奢るよ。ソーヤの無事祝いだ」
「それは助かるね」
顔を埋めたままのメリルゥを離すと、メリルゥは恥ずかしそうにしつつ、すっかり泣き止んでいた。おそらく山小屋で別れてから抱いていた申し訳なさを、宗谷に対して吐き出したかったのだろう。
数日もすればいつもの通りになると宗谷は確信した。
ただ、いつもの通りの日常とはいかない。確実に追い詰め、逃さず仕留める為の準備を頭にいくつか思い浮かべていた。
もし、仮に追い詰めた上で逃すような事態があれば、もう二度とイルシュタット近隣には姿を現さないかもしれない。イルシュタットとしてはそれで構わないかもしれないが、宗谷はそれで済ましたいとは思わなかった。セランの敵討の事もある。故に慎重な
自治都市であるイルシュタットでも、冒険者ギルドを中心に対策が近い内に打ち立てられる事になるだろう。宗谷も
(──酒場で
宗谷は明日、再び旧友の家に伺う予定を立てていた。
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