第7章

110.帰還と顛末の報告

 リンゲンの捜索から二日後、宗谷たちはイルシュタットに生還を果たした。

 帰還した冒険者(あるいはそれに準ずる者)は、宗谷と使魔ファミリアのシャミル、ルイーズ、セラン、セイレン、フィリスの六名。

 捜索によるリンゲン住民の生存者は、今回の捜索で奇跡的に発見し、救出できた少女エミリーの一名のみ。外出中に難を逃れ、道中の山小屋まで自発的に退避した狩人のハンスを含めると、渦中のリンゲンからの生存者はたった二名である。

 結局、宗谷およびシャミルの強行によって救われたリンゲンの住民は、一人の少女だけ。そして救出を果たす事が出来たとはいえ、親しい者を失い天涯孤独となった少女の身の上を考えると、宗谷は暗澹たる気持ちを覚えずにはいられなかった。


「私がエミリーを預かります。彼女もそうしたいと言ってくれたので」


 帰り道の山小屋で寝泊まりをしている最中、ルイーズが名乗り出た事で、暫くの間は冒険者ギルドでエミリーの身柄を預かり、彼女の自宅で寝泊まりして貰う形に落ち着いた。

 ルイーズ以外の冒険者はイルシュタットから離れる事も多く、現状ではそれがベターかもしれない。

 ギルド預かりといっても冒険者ギルドは慈善事業という訳ではなく、実の処、生活費についてはルイーズが賄う事になるようである。居候となるエミリーに余計な心労をかけたくないという配慮だと宗谷は察した。


 もう一つ成果と呼べそうなものは、冒険者としては何年かぶりに赤角レッドホーンの姿を捕捉出来たという点。

 長年、嗜虐目的の虐殺を行っていると考えられていた赤角レッドホーンだったが、その実は、虐殺した住人を生贄に異界門の強度を広げ、同胞である白銀の魔将シルバーデーモンの共食いによる成長という明確な目的を持っている事が判明した事になる。

 

 とはいえ、再び赤角レッドホーンに集落を一つ滅ぼされた上、結局は行方を眩まされたという結果を考えれば、被害に対する成果はとても釣り合うものではなく、この件の立ち回りの難しさを再認識せざるを得なかった。

 そして、最早ただの災害で片付けるにはいかない事態も判明している。魔王化エレクトラムという危険な兆候──。

 この怪物を追跡し対峙することが、いかに困難で割に合わない仕事とはいえ、最早捨て置けない状況に転じている事は明らかである。これ以上赤角レッドホーンが成長する前に手を打つ必要がある。


 宗谷たちが受けた依頼、ぺリトンの護衛依頼は部分的に成功という扱いになった。

 形としては、依頼人都合の途中帰還という事で、実質的には成功扱いでカウントされている。道中の怪物からしっかり護衛対象を守りきったという点では、任務は果たしたといえた。

 報酬はリンゲンに辿り着く前に引き返した為、多少の減額となっている。規定報酬の四分の三を受け取れる事になった。パーティーへの支払いは金貨一〇八枚。参加者で五等分して、金貨二一枚と銀貨六枚が一人辺りの報酬となる。

 リンゲンまでの護衛というものが体をなさなくなった以上、減額は仕方のない事で、むしろ依頼人のペリトンは、目的を果たせないまま大きな損害を被った事になるが、冒険者ギルドから協力金としてキャッシュバックが行われたらしい。

 全くの偶然とはいえ、彼の依頼によってリンゲンの異変に早期に気づいた事になり、タットをイルシュタットに、宗谷をリンゲンに向かわせてくれた決断も功を奏した。リスクを負う決断をしてくれたペリトンには、後でお礼に伺わなくてはいけないだろう。

 

 宗谷は冒険者ギルドを後にすると、冒険者の宿で個室を借り、泥のように眠った。

 緊張期間が長かった事もあり、後処理はルイーズをはじめとした白金級プラチナの冒険者に任せる事になった。帰りの道中でも目撃した全ての事は伝えてある。

 今後、圧し掛かるものが山積みになっている事は明白だったが、今は何も考えられない。脳が働こうとする事を強く拒否していた。


     ◇ 


 熟睡から目を覚まし、半分開いたままの窓を覗くと、空の色の案配からして夕方が近い時刻だと推測出来た。一日の半分以上の時間を睡眠に費やしたことになる。

 身体に痛みを感じてはいたが、所謂、筋肉痛と呼ばれるもので、気になる程ではない。この痛みは自然治癒と共に鈍った肉体をより強靭なものへと変えてくれる筈である。

 そして、部屋には二人の少女が居た。大地母神ミカエラの神官衣を着た金髪の少女と、新緑色の髪と花飾りをした森妖精ウッドエルフの少女。

 二人の姿を改めて確認した時、宗谷はようやく緊張から解放された事を実感する事が出来た。


「……やあ、おはよう。ミアくん、メリルゥくん。と、言っても夕方が近いようだが」


 二人がいつから部屋で待っていたのか気になったが質問はしなかった。気がねのない仲間である。

 宗谷は傍らにある黒眼鏡に手を伸ばし、ぼんやりと映る二人の姿を鮮明に確認した。


「……お帰りなさい、ソウヤさん。無事で良かったです」

「ああ。何とも言えないが、こうしてイルシュタットに戻れた事については、ほっとしている」


 宗谷が微笑みかけるとミアは俯いた。うっすらと涙を浮かべているように見えたが、今、その事を茶化して、どうこう言う気分にはなれない。


「ミアの奴、帰ってからもずっと祈りを捧げてたんだぜ。……まあ、リンゲンの事は残念だったが、ソーヤが無事戻ってくれて良かった」

「……それは心配をかけてしまったな。女神の力を借りたいくらいの状況ではあった。暫くの間は心配をかけないよう心掛けよう」


 無意識に出た暫くの間・・・・という言葉の含みに、ミアは表情に僅かな反応を示していたが、宗谷はそれに気付かなかった。


「帰り道でルイーズさんたちに会ったそうだね。その後は何事もなかったのかな。僕とタットくんを欠いた状況で、危ない橋を渡らせてしまって悪かった」

「わたし達は順調だったよ。怪物にも会わなかったし、ペリトンさんも荷馬も無事だった。夜駆けしたタットだって、治療を受けた翌日には元気に中央広場で演奏してたくらいだ」


 メリルゥは一拍置き、さらに続ける。


「……そして、ソーヤもこうして帰ってきてくれた。……一応は、リーダーとしての役割を果たせて、ほっとしている」


 言い終えたメリルゥは溜息をつくと、背負い鞄から赤葡萄酒ワインのラベルが張られた瓶を取り出した。


「メリルゥくん、それは?」

「依頼人のペリトンさんから。魔将殺しデーモンスレイヤーのソーヤさんによろしくと言ってた。……もう王都に向かったよ。新たな販路を探すんだってさ」


 宗谷は赤葡萄酒ワインの瓶を受け取るとラベルを見た。以前同じラベルのものを、ルイーズがドーガの工房に持ち込んだのを記憶していている。

 どうやら今となっては貴重なものとなってしまった、リンゲン産の高級品で間違いない。宗谷は受け取ると、それを傍らのテーブルに置いた。

 

「僕が預かっておこう。ぺリトンさんには、今度会えたらお礼を言わなくてはいけないな。……アイシャくんは?」

「一旦、故郷のルーネスに帰るって言ってたな。どうしてもやらないといけない使命がありますって、なんか張り切っていたぜ」

 

 白銀のレイである事を伝えたアイシャには、彼女の私物である六英雄物語へのサインと引き換えに、旧友との橋渡しとなる手紙を任せてあった。すぐに動いてくれたのはありがたい事である。

 とはいえルーネスまでは遠い。託した手紙の返事の可否については、もう少し先になりそうだった。


「……みんな、驚くほど立ち直りが早いぜ。タットも、アイシャも、ぺリトンさんも。……まあ、わたしだって、そういうつもりだったんだけどな」


 メリルゥが見せた瞳には力が宿っていない。

 落ち込んでいる様子が窺えたが、彼女はドライな死生観を持っていたと記憶してたので、それが少し気がかりだった。


「ソーヤ」

「どうした、メリルゥくん。らしくないな」

「すまん。……オマエを置いて逃げ出してしまって」


 メリルゥは帰路の護衛のリーダーである。置いて逃げ出したという事実は当然ない。それは物の例えで、つまりは宗谷を一人でリンゲンに行かせた事を後悔していたのかもしれない。

 瞳には涙が潤んでいる。そして彼女を目の周りをよく見ると、少し泣きはらしたような跡があった。

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