103.黒き弓使い
逢魔が時を迎え、空が黒に染まりかけている頃、
この場に居るのは、
「――闇を照らす明かりとなれ。『
宗谷は二〇メートルほど上空に、
この照明は視界の補助に加え、離脱した
「ルイーズさん。他にイルシュタットからの救援は?」
宗谷は崖上に姿を見せていた
「気づいているかもしれないけど、もう一人、フィリスって
いずれも
(──いや、山岳を分け入っての狩りは、今の準備では不可能。ましてや翼を持っている悪魔。相手に敵意が無ければ、捕捉する事さえ難しい)
万が一、
「もし、僕の独断行動で急かしてしまったのならば、申し訳ないな」
「ソウヤさんの行動関係無しに、緊急出動はしていました。これ以上遅らせても、この案件に関われる冒険者は揃わなかったと思います」
そのように呟くルイーズの瞳には、普段のような光が宿っていなかった。
彼女から、受付嬢という
普段の明るさとはうらはらに、非常に繊細な性格をしている。根の部分がそうなのだろう。廃墟と化したリンゲンの有様と、今後のイルシュタットを重ねて、憂いているのかもしれない。
「ルイーズ。落ち込んでいても仕方ない。こうなっちまったものは」
セイレンが癖の強い金髪を掻きむしりながら、面倒くさそうに呟いた。
「私は落ち込んでなんて」
「……お前って結構細やかだよな。もっとドライになれよ。あと酒に頼るのも止めろ」
「なっ……私は!」
ルイーズは顔を真っ赤にして反論しかけたが、セイレンの指摘は図星だったのだろう。やがて、諦めたように
「んで、コイツはクール気取りの激情家ときた。……やれやれだな」
セイレンは続けてセランを見ながら肩を竦めた。セランは岩場に座り込んで、黙々と保存食を齧っている。
居たたまれない空気の中、宗谷は食事の準備を始めた。どのような状況だろうと、栄養の補給は必要である。
◇
「……フィリス、遅かったわね。もう片付いたわ」
それから間もなく、ルイーズが振り向いた先──暗闇の向こうから、黒髪の女性が音もなく姿を現した。比喩抜きで不自然なまでに足音がない。忍び足の達人というよりは、
「……あの、流石に一人置いていくのはどうなのかな。わたしが純粋な
置いて行かれた原因は、おそらく絶体絶命の様相を見せていた自分にあるので、若干の申し訳なさを感じた。しかし彼女の声は、怒った台詞とはうらはらに、感情の籠もらない淡々とした物だった。
先程の彼女の台詞と合わせて、崖上に姿を現した女性の
目についた特徴的な部分が一つ。耳が僅かに尖っている。人間と
「そんなタマかてめえは。襲われたら
セイレンが干し肉を齧りながら、フィリスを睨みつけた。その台詞から察すると、やはり、ある程度の精霊術を使えるようだった。
「酷い言いよう」
「感情なんて碌に持ってない癖に、怖がったフリしてんな」
「セイレン、そんな事ないわ……悲しい。もう、リンゲンの赤
黒髪の女性──フィリスは、辺りの様子を見まわした後で、やや伏し目がちに、淡々とした様子で呟いた。温かさも冷たさも感じない、ともすれば棒読みの様な抑揚のない
先程の怒りの表現といい、今の哀れみの表現といい、全体的に感情が希薄な印象を受ける。だが、その揺らぎの無さこそが、精密射撃を武器とする
「先程はありがとう。見事としか言いようがない狙撃だった。僕は宗谷という」
宗谷はゆっくり立ち上がると、フィリスに近寄って援護を受けた事のお礼を伝えた。
それと同時に、崖上から三本同時に放たれた精確射撃を思い出し、感嘆の気持ちと、わずかな恐怖心が頭の中に甦っていた。
「いいえ。お礼を言われる程でも。フィリスと言います。貴方がソウヤさん。御噂はかねがね」
「噂とは。悪い噂ではないと良いのだが」
「安心して下さい。八割方は良い噂ですよ」
目を細めて、張り付いたような笑みを浮かべるフィリス。残り二割がどうにも気になったが、この場で聞かない方が良い内容だと直感し、とりあえず忘れる事にした。
『……
丁度、シャミルからテレパシーによる通信が入った。圏内に近づいているらしい。これで程なく全員が一堂に会する。今後の方針を話し合う必要があるだろう。
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