71.弁解と新たな依頼

「参ったね。……言い訳になるが、さま付けについて。最初からシャーロットくんからはソーヤ様と呼ばれてた。それだけだよ。この魔石の調達を彼女に頼んだのは、僕が魔術師ギルドにコネが無かったからだ」


 宗谷は先程シャーロットから受け取った、赤い魔石をメリルゥに見せた。


魔装砲撃ペネトレイトという一撃必殺の魔術は、直接てのひらから放つと、閃光波の逆流で、手が吹き飛ぶ危険がある。だから使い捨ての魔石が必要でね。恩着せがましくなるが、仲間を守る為の準備と思って貰えると嬉しい」


 弁解をした宗谷に対し、メリルゥは一応納得したように頷いていた。

 ミアも興味深そうに宗谷の話を聞いていた。彼女の方は、神聖術を限界まで行使し、魔力を使い果たして昏倒していた為、魔装砲撃ペネトレイトの一撃は目にしていないが、仲間を守る為という部分を信用してくれているのかもしれない。


「あの白銀の魔将シルバーデーモンに放った術か……確かに、切り札として必要だな。けど、ソーヤ。それをきっかけに、シャーロットと親密ねんごろになりたいという下心があったんじゃないのか。……あいつはエロいからな」


「……まあ、そういう気持ちが多少あった事は否定しませんが。それよりも、シャーロットくんは優れた盗賊シーフ魔術師マジシャンだと分かってね。縁を繋いでおけば、今後の依頼の助けになる可能性があると思ったのだよ。……いや、想像以上に彼女はしたたかだ。迂闊に借りを作ってしまったのは、僕が軽率だった。反省しなくてはいけないな」


 宗谷は、若干早口気味になった事に気づき、言い終えた後、取り繕うように、わざとらしく大きな溜め息をついた。

 しかし、メリルゥは目敏めざとく、それに気づくと、ニヤつきながら宗谷に近づいてきた。


「……まあ、いいじゃないか。ソーヤ……あれは完全に誘われてるぜ。家でどんな指導レッスンをするんだよ、え? 今度聞かせろよ」

「止めてくれ。あの成り行きは、僕にとっても不本意だ」


 茶化すように肘で小突くメリルゥに対し、宗谷は不快感を示した。

 実際に不本意であり、シャーロットに正体を感付かれ、探られているのでは。と不安に思い始めていた。


 自分の正体が魔術師レイである事を、今はまだ知られたくない。それが世間に知れ渡った時、宗谷としての冒険は終わりを告げるだろう。

 不本意ながら魔将殺しデーモンスレイヤーを成し遂げた時点で、早かれ遅かれ、知れ渡ってしまう事なのかもしれないが、それでも今はまだ宗谷として、冒険を続けたいという気持ちが強かった。


(……結局、女神の言う、世界の危機に直面するまでの猶予期間モラトリアム。今の日常が愛おしいだけだ)


 気持ちの正体など、とっくにわかっている。重責を好んで背負う英雄気質など、二十年前から持ち合わせて無かった。宗谷は勇者などでは無いのだから。


「ソウヤさん。シャーロットさんは良い人ですよ。私も白紙級ペーパーだった頃、とても親切にして貰いましたから。ソウヤさんは教えるのがとても上手ですから、勉強を教えてあげたら、シャーロットさんも喜ぶと思います」


 口を閉ざして話を聞いていたミアが、宗谷にシャーロットとの出来事を伝えると、柔らかに微笑んだ。

 純真な物言いである。ミアの言う通り、基本的には親切な良い人なのだろう。そしてシャーロットのしたたかな裏の顔や、宗谷やメリルゥの茶化したやり取りの意味をミアは完全に理解していないように思えた。


「……あの、ソウヤさん。それと、私もシャーロットさんみたいに、ソウヤ様と呼んでもいいでしょうか?」


 悪意の無い笑顔のミアの言葉に、宗谷は本気の溜め息と共に、両手で顔を覆うと、やや落ち込んだような、うつむきき加減となった。


「……いや。ミアくん。その呼び方は止めてくれないか。特に気に入ってる訳では無いんだ」



 ◇



 翌日。

 宗谷とミアは、新たな依頼を探す為、冒険者ギルドに足を運ぶ事にした。

 まだ返事を聞いていなかったが、ミアと生活を共にしている、メリルゥも同伴していた。白銀級シルバー持ちの彼女が居れば、依頼の幅が広がるのでありがたい事である。


 シャーロットとかわした約束も頭の隅にはあったが、その事は棚上げする事にした。すぐに借りを返してとは言ってなかったし、そもそも宗谷やシャーロットが到達している魔術のレベルは、一日、二日の指導でどうにかなるものではなく、従って急ぎの用にはなり得なかった。


「昨日スレイルから帰ったばかりだが、大丈夫かね。すぐ依頼が見つかるとは限らないが、見つかって即出発という事もありえる」

「ええ。楽しんできただけですから。かえって体調は良くなったと思います」


 ミアもメリルゥも、微塵も疲れた様子はなかった。

 遊びに行っただけとはいえ、スレイルの森までは半日程の距離があり、旅慣れしてない者には中々厳しい距離だった。さらに森も歩き回ったとすると、以前にも思った事だが大したものである。

 

「メリルゥくん、君もあてにして良いのかな。僕とミアくんは正式に組んでいるが、君からまだ返事を貰っていない」

「……ついていけるレベルの依頼ならな。ミアが心配だからよ。……こないだの白銀の魔将シルバーデーモンみたいなバケモノと戦うのは、わたしには無理だ。そういうのは白金級プラチナの連中に頼った方がいい」

「なるほど。では、よろしく頼むよ。……僕も白銀の魔将シルバーデーモンの事は当分考えたくないな」


 当分という含みを持たせたのは、セランやドーガ、ルイーズとの話題となった赤い角の白銀の魔将シルバーデーモン赤角レッドホーンの事を思い出したからであった。宗谷もいざという時の出動をルイーズに約束した。そういった緊急事態の討伐隊には、当然今のミアやメリルゥは連れていけないだろう。


 故郷を滅ぼされたセランの仇敵であり、イルシュタットで冒険を続ける限り、いつか相対する存在になり得る炎の悪魔。昔から何かと悪魔とは縁がある。冒険を重ねて行けば、いずれ関わる事もあるかもしれない。

 

 ◇


「……あら。こんにちは。依頼を探しに来たのね? 丁度良かった」


 冒険者ギルドの受付には、受付嬢のルイーズが居た。

 ルイーズの近くには、中背で、やや小太りである、髭を蓄えた中年の男性が座っている。傍には大きな背鞄リュックが置かれている。恐らく彼が依頼人だろう。


「……メリルゥ、貴方が必要な案件よ。彼はぺリトンさん。護衛で白銀級シルバーを一人所望してるのだけど、今、ギルド内に白銀級シルバーが誰も居ないのよね」

「なるほど……わたしの出番か。ぺリトンさん。護衛なら、このメリルゥさまに任せな」


 メリルゥが嬉しそうに、白銀級シルバーの冒険者証を取り出した。

 自分の等級頼りという状況は嬉しい物なのだろう。少し前に、古砦の依頼で白銀級シルバーを目当てに、彼女を勧誘し、迎い入れた事を宗谷は思い出した。


「荷馬の護衛依頼。目的地は南東の街リンゲン。報酬は総額で金貨一二〇枚。戦闘があれば二割上乗せ。冒険者五名以上。白銀級シルバー以上一名。他は青銅級ブロンズ以上。白紙級ペーパー不可。……で、いいんですよね。ぺリトンさん」

「うむ……そうは言ったものの、ルイーズさん。その森妖精ウッドエルフのお嬢ちゃんが、本当に白銀級シルバーなのかね」


 ぺリトンと呼ばれた行商風の男は、椅子から立ち上がり、メリルゥの顔や身体を一通り見ると、露骨に不安そうな表情を浮かべた。


「どう見ても、まだ、お子様じゃないか。……本当に大丈夫かね?」

「……ああ? 誰がお子様だ? おっさん、何処見て言ってるんだよ」


 メリルゥが不機嫌そうに、ぺリトンに突っかかった。

 お子様と判断したのは、幼い顔立ちと、フラット寄りな胸を見ての事だろう。それが彼女の癪に障ったらしい。


「まあまあ、メリルゥくん。……依頼人と揉めてはいけないよ。護衛依頼か。メリルゥくんが引き受けるのであれば、僕たちも御一緒させて貰いたいね」

「こんにちは、大地母神ミカエラ神官クレリックミアと申します。怪我の治療でしたらお任せ下さい」


 宗谷が喧嘩にならないようにメリルゥを嗜めつつ、ぺリトンに対し、ミア共々護衛依頼を引き受けたい旨を伝えた。ミアもそれに応じ、控え目に挨拶をした。


「……むう。貴方は同業者の商人……いや、魔術師マジシャンかね? それと大地母神ミカエラ神官クレリック……ルイーズさん、私は護衛に向いた、屈強な戦士ファイターが多めに欲しかったのですがね」


 ぺリトンは宗谷とミアの身なりを見て、メリルゥの時と同じように難色を示していた。

 職業を指名しなかったのは経費を抑えたいからか、あるいは出発を急いでいるのかもしれない。もし急ぎであれば、交渉次第で、すぐ依頼にありつけそうではあった。


「ぺリトンさん。そういう時は、職業指名料を乗せるのがルールです。……メリルゥは精霊術の達人で、弓術、野営術、いずれも高い技術を持っています。黄金級ゴールドに近い白銀級シルバーですよ。それにソウヤさん。彼はまだ青銅級ブロンズですけど、魔将殺しデーモンスレイヤーを成し遂げた、我が冒険者ギルド期待の新星です」


 ルイーズが宗谷たちに助け舟を出すと、ぺリトンが魔将殺しデーモンスレイヤーという言葉に反応を示した。


「……何っ? 魔将殺しデーモンスレイヤーですと? すると、貴方が噂のソウヤさんですか!」

「ええ。僕が宗谷です。はは、どれくらい噂になってるかは知りませんが。丁度依頼を探していた処でした。ぺリトンさん。もし良ければ、彼女共々、依頼を引き受けさせて貰いたい」

「それは是非、お願いしたい。……よろしくお願いします。ソウヤさん。……それと、サインを頂けますかな」


 ぺリトンが興奮した様子で、背鞄リュックから羊皮紙を取り出し始ると、完全に無視されたメリルゥが、面白くなさそうに歯軋りをして顔を歪めた。

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