第16話

連れていかれたのはさっき見た集団の中。


「誰だぁそいつ?」


集団のうちの一人が私を見てそう言った。


「お前らのこと覗いてたんだよ、何で見張りをつけてないんだよ?」


「ああ、そうだ忘れてた」


「誰にも見られないようにしろって言ってんだろ」


「すいません、すいません・・・へへっ」」


その男は不気味な笑みを浮かべ、フラフラとして目の焦点もあっていない。

一目で分かるほどに異常だった。

でもその男だけじゃない他にも数人そんな状態だった。


「チッ、まともに話ができる奴はいないのか?」


男はそこにいる人物達に目を走らせる。


「おい、お前、お前はどうせまだ使ってないんだろ? 質問に答えろ」


捉えたのは一人の女性、大人びている雰囲気で一人だけ変じゃなかった。


「見張りはどうした?」


「あっちの見張りはちゃんと付いてる」


そう言って彼女が指差したのは私が連れてこられた方とは逆の方向。


「じゃあこっちの見張りは?」


「ここに居る」


次に彼女が指差したのは地面に座り込んでぼうっとしている男性。


女性の話を聞いて男は「チッ」と舌を鳴らす。


「そいつも使ってるのか?」


「うん」


「ったく、馬鹿が」


よく分からないやり取りが私の前で展開された。


「私からも質問なんだけど、その子どうするの?」


女性の鋭い視線が私を捉えた。


「さてどうするかな? 見られちゃマズイものを見られたわけだし、ただ返すわけにもいかねぇしな。そもそも誰かに見られたらそいつを殺せって言われてるからな・・・」


男は恐ろしい提案をする。

それを聞いて自分の顔から血の気が失せていくのが分かる。


「お前らこいつを殺せ。ちゃんと殺せた奴には欲しいものをやるよ」


「ちょっ! あんた何言ってんの!?」


大人びた女性は目を見開いた。

その女性にとってもその発言はあまりに常軌を逸しているようだった。

信じられないというような表情のままさらに口を開こうとした彼女を静かな呟きが遮った。


「貰えるのか? 何でも・・」


「ああやるよ、どうせこれが欲しいんだろ?」


取り出されたのは赤い粉の入った袋。

それを見た途端に目の色が変わった。

まるで餌を目前にした獣だ。


「まさか本気じゃないよね!?」


女性は必死で止めようとしているが意味がない。


「大丈夫だって、ナイフで首切って捨てときゃあの殺人鬼の仕業だと思うだろ。バレやしねえって」


「その殺人鬼はとっくに死んでる。どこに死人の仕業だと思う馬鹿がいる」


「マジで! 死んでんのかよ! 使えねぇーなぁ。まあ良いや、何とかなるだろ」


高らかに宣言して小さなナイフを取り出した男を止めようとするものはここにはいなかった。

それどころか誰が殺すかで言い合いが始まる。


「仕方ねぇな、ちゃんと殺せばここにいる全員にやるよ」


「・・・っ!」


私は乱暴に地面に突き飛ばされた。

唯一の救いだった女性も俯いたまま何も喋ろうとはしない。

これがいつも私が住んでる街で起こっている事とは思えない。

日が落ちただけ、少しいつもと違う道を通っただけでいつもの日常は簡単に崩壊している。


前からは凶器を手にした人達がにじり寄ってくる。

後ろに逃げようとしても私をここまで連れてきた男が道を塞いでしまっていて逃げれない。


「嫌! 助けて! 私は何も見てない、何で殺されなきゃいけないの!?」


誰も答えてくれないし、誰も助けてくれない–––––––––そう思っていた次の瞬間。

詰め寄る人達の一人が地面に蹴り倒された。

それを行なったのは当然私じゃない。


「ここまでするなんて・・・」


大人びた女性の放った蹴りが見事に脇腹に直撃した。

そのまま私の手を取ってすぐにその場を離れようとするも「逃すな」という男の声で若者たちが取り囲んでくる。


「お前お友達を裏切るのかよ?」


男が低く思い声で睨みつけるようにして女性に話しかける。


「通して」


誰も一歩も動こうとしない。


「お願い」


再度懇願しても虚ろな表情のまま道を塞いでいる。


「そいつらに何言ったって無駄だよ。薬のことしか頭にねぇんだから。これを手に入れるためなら平然と人を殺す、たとえお友達だとしてもな」


怒りに満ちた目で女性も男を睨み返す。


「おいおい、そんな怖い顔で見るなよ。俺を恨むのはお門違いだろ。俺は勧めただけで使ったのはそいつらなんだから」


「分かってる、あんたは言われた事をしてるだけ。これは全部私のせい・・」


「随分と物分かりがいいな、というよりも諦めたか」


彼女は私の方に目をやると一言だけ呟いた。


「こんな事に巻き込んでごめん」


今にも消え入りそうな弱々しい声で悲しそうな顔でそう一言だけ。


「仕方ねぇなぁ、俺も悪魔じゃない。見逃してやるよ」


耳を疑うような言葉。

でも確かに見逃すと聞こえた。

どっと安心感が溢れてきて「良かった、助かった」そんな思いが強すぎて忘れていた。

相手は人殺しを平気で指示するような人間だという事を。

そんな奴の言う言葉に一瞬希望を見出した自分が馬鹿みたいだ。

男が続けて言う。


「ただし、この薬をお前らも使え。それが条件だ」


そんな上手くいくはず無い。

死にたくなければ薬に手を出せなんて・・・。


「悩む必要なんてないだろ? 死ぬか生きるか、簡単な二択だぞ」


簡単なはず無い。

その薬の影響を直で見てしまっているからこそそう簡単に答えは出せない。


「強がんなよ、お前らも逃げたいんだろ? 真っ当な奴がこんな所にいるはずがない。どうせお前もクソみたいな人生送ってんだろ? これを使えば少しは楽になるかもしれないぞ?」


男は赤い粉の入った袋を顔の前で見せつけるようにゆっくり揺らす。

あれが薬なんだろう。


「違う! 私は・・」


彼女の言葉は最後まで続かない、まるで何かに握りつぶされるように中途半端で終わる。

その何かは彼女がこんな所にいる理由で多分良いものじゃないと思う


「はぁ、いい加減認めろよ。お前だって本当は使いたいんだろ?」


「違うっ!」


「ならなんでいつまでもここにいる? 使う気が無いなら消えればいい、お友達が心配なら止めればいい。なのにお前はそのどちらもせずただ見ていた。お前は賢い奴だよ、友達使って使えばどうなるか確認してたんだろ? で、散々見てきた結果を教えてくれよ、欲しけりゃこれをただでくれてやる」


「それは・・・・」


「使う気がないならどうしてここに居る?」


「・・・・」


女性はついには黙ってしまった。


「ふん、まあ良い、だが拒否するなら覚悟は出来てるんだよな?」


危機的状況。

各々手に凶器を携えてにじり寄ってくる。

もう駄目だ・・・。


「助手ーー!!!」


最後の抵抗とばかりに大声で叫んでみた。


「助手? 何言ってんだ?」


男の嘲り笑う声の中唐突に希望が舞い込んできた。


「ここで何してる?」


この場を取り巻く不穏な空気を振り払うように誰かの涼やかな風のような声が通り過ぎる。

その声の主人に誰もが目をやる。だが誰も動揺したりしない、なぜならその人物は憲兵でも警察でも無くただの女の子だから。

だけど私の心は安堵に満たされていた。


「助手!」


助手は猫を抱えてゆっくりと若者を押しのけて私達の側まで歩いてくる。


「何故こんな所にいる、帰したはずだが」


「だって助手が帰って来ないって聞いたから心配になって・・・・って! 今はそれどころじゃないの、逃げなきゃ!」


「逃げる? 何からだ」


「この周りの人達から! この人達みんな薬でおかしくなってる!」


「薬? 薬とはそれか?」


助手が指差したのは男の手にある赤い粉末。


「そう、あれ」


「なるほど、あれか。どうりで入口にいた男もなかなか倒れなかったわけだ」


「お前、何言ってやがる?」


「安心しろ殺してはいない、私の進行を妨げたので気絶させただけだ」


「お前みたいなガキにそんな事出来るはず無い」


「信じられないなら見てくればいい、行くぞアリア、これを届けなければならない。なかなか手間取ったがようやく見つけた」


助手はそう言って抱えた猫を私に見せつけてくる。

見つかって良かったね、なんて喜んでいられる状況じゃ無い。

あまりにもマイペースな助手の様子に全員が呆気にとられている。

このまま何事も無く帰れたらと思ったがそう上手くはいかない。


「待て! 知られたからにはただで返すわけにはいかねぇんだよ」


「ならどうする?」


「選べ、ここで死ぬか、これを使うか」


「その選択肢は同義だ。肉体が死を迎えるか人間として死を迎えるか。どちらも死ぬ事に変わりない。生憎私はまだ死ぬ事は許されていない、どちらも断る。それと一言言わせてもらうならそれはお前らには過ぎた玩具だ、それで遊ぶのはやめておけ」


助手はぴしゃりと言い放った。

男の脅しを脅しとして受け取っていない、戯言を扱うように全く相手にしていない。

それが男を苛立たせた。


「そうか使う気は無いか、なら・・・お前らそいつを殺せ」


男は若者たちに向けて指示を送る。

私達は完全に狙われている。


「本気? 殺しだよ! 分かってるの!?」


女性は友達だった者達の変わりようが未だに信じられないように声を上げる。

訴えるように投げかけられた言葉に対して一人の男がナイフをこちらに向ける。

それが答えとでも言うように。

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