第7話 嘘をつかない彼女
「
「嘘をつかない? 私が?」
俺と都築先輩は恒例のお弁当タイムで屋上で二人きりだった。
演劇部で練習をし始めて一週間くらいが経って、俺はあることに気が付いた。都築先輩がほとんど嘘をつかないことを。俺に対してだけかと思っていたけれど、誰に対しても彼女は嘘をついていなかった。極稀に赤が交じることはあったが、今まで俺が見てきた中で断トツに少ない。丸は俺にはあまり嘘をつかないけれど、他人には嘘をつくことはある。だけど、都築先輩は誰に対しても平等に嘘をついていない。
「なぜ私が嘘をついていないと言い切れる?」
「なんというか基本的に直球で話してるじゃないですか。ごまかしとかそういうのがないのは聞いていれば分かります」
「嘘をついても仕方がない。欠点はきちんと指摘するのが相手のためだ」
「指導の場面ではそうなんでしょうけど、普段はどうなんですか? 世間話とかでも嘘はつかないんですか?」
「君が何を言いたいのか、私にはさっぱり分からない。そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
畳みかけるような質問に、都築先輩は困惑しているようだった。
「単純に気になっただけです」
「よほどのことがない限り嘘はつかない」
「そんな縛りプレイする必要ありますか? そんなことしても誰にも評価されないじゃないですか」
周りは嘘をつくのに、自分は嘘をつかない。ゲームでの縛りプレイはすごいプレイとして賞賛されるが、嘘をつかないことでは賞賛されない。それは、嘘の判別が出来ないから。
「私は誰かに評価されるために生きているわけじゃない。嘘つきが嫌いなだけだ」
都築先輩は何の感情も見えない声色ではっきりと言った。
何か深い事情がありそうだとは思ったけれど、俺は踏み込まなかった。というか踏み込めなかった。
「特に親しいわけでもない男子に連絡先を聞かれたらなんて答えますか?」
都築先輩が何度も体験してそうなことを聞いてみた。彼女ほどの容姿なら告白されないにしても、多くのアプローチを受けてきているはずだ。
「教える必要がないから教えない」
「相手が仲良くなりたいから教えてほしいって食い下がってきたら?」
「私は仲良くなりたくはないと答える」
「友達出来ますか?」
普通の人がそんな振る舞いをしていたら、すぐに孤立してしまう。彼女の言葉が嘘じゃないのは俺には分かっていたけれど、素直に信じられなかった。
「嘘をつかなければ続かない友人なんて必要ない」
「都築先輩は強いんですね」
都築先輩の本心からの言葉に俺は思わず感心した。俺には絶対できない生き方だ。
周囲がどうであったも自分には関係ない。そういう強い意志が彼女にはあるんだろう。
「私が強い……か。君にはそう見えるんだな」
だけど、都築先輩は物憂げにそう呟いた。
「クラスで一人ぼっちの人がいたら、君はどう思う?」
「どう思うって言われましても」
都築先輩の質問に、俺は意図が分からず曖昧に言葉を濁す。
「明らかに暗そうな人が一人ぼっちだったら?」
「友達いないのかなって思います」
「話しかけようと思うか?」
「それは一概には言えませんが、多分話しかけはしないでしょうね。俺は社交的じゃないですし、口下手ですから」
一人ぼっちでいる人もおそらく口下手だろうし、何かきっかけでもないと話そうとは思わない。
「逆に、美人で頭も良くて運動も出来る人が一人でいたら?」
彼女が言う美人で頭も良くて運動も出来る人というのが彼女自身をさしているであろうことは何となく分かった。
演劇部は文化系の部活ではあるが、吹奏楽部と似たような理由で筋トレがある。そのため運動部のトップクラスには劣るが、都築先輩は下手な運動部よりも運動神経はあるはずだ。
「一人でいるのが好きな人なのかと思います」
「話しかけようと思う?」
「話さないでしょうね。周りの人に調子乗ってるって思われそうですし、そこまでの人に相手にされなさそうですから」
実際俺は都築先輩から話しかけられるまで話したことはなかった。
一学年上なので機会がなかったのが大きな理由ではあるけれど、同学年でも多分話さなかったと思う。
「それなら、暗そうな方と美人の方の二人の差ってなんだろうか。どっちも友達がいないのは同じ、違うのは能力や見た目だけ」
「望んでいるかどうかじゃないんですか?」
「端から見たらそう見えるだけで大した違いはない。孤独と孤高……似ているようで違う。けれど本質は同じ」
孤高と孤独。似ているようで違う言葉。
俺のイメージだと孤高は自らが一人でいること望んでいる人。孤独は当人が望まなくて一人になってしまった人。簡単に言えば、一匹狼とぼっち。
外から見れば一匹狼は一人でいても寂しくないように見える。それは誰よりも気高く強いから。
しかし、どれだけ高尚で格好良い理由があっても一人なのは同じ。
「つまり、都築先輩は友達が欲しいってことですか?」
今の先輩の話を聞くとそう思っているとしか考えられない。
都築先輩は一人が好きだから一人でいるわけではなく、周りが勝手にそう思っているだけ。俺は彼女の言葉をそう捉えた。
「私は一匹狼を気取っているわけじゃないってことを言いたかっただけだ。別に私は友達なんて必要ない」
その言葉は、都築先輩が俺に対して初めて放った赤い言葉だった。
◇
俺は小学三年生の頃に、自分が嘘を見抜くことが出来ることに気が付いた。そして、自分の周りがどれだけ嘘にまみれていたかに気が付いた。
でも、俺はそこまで悲観しなかった。人は嘘をつく生物だということを知らないほど子供じゃなかったからだ。そもそも俺だって平気で嘘をついていた。
だけど、次第に嘘ばかりつく人達に合わせて、自分も嘘をつくことが苦痛になってきた。他人の嘘に自分の嘘を合わせて維持する関係に何の価値があるんだろうと思い始めた。
好きでもないものを好きだと言う。面白くないものを面白いと言う。空気を読むことは大事だけれど、他人の嘘を自分の嘘で上塗りすることに耐えられなくなった。
そして、俺は嘘をつくことをやめた。相手が嘘をついていても、自分は嘘はつかないでいようと決めた。嘘をつくことは悪じゃないけれど、正直は美徳だと信じていた。
でも、それは間違っていた。中学校になり、嘘をつかないでいた俺はすぐに孤立した。幸い虐められこそしなかったが、ほとんど誰からも相手にされなかった。それは空気が読めなかったからだ。皆が好きだと言うものを好きだと言わなかったから。皆が面白いと言うものを面白いと言わなかったから。
少数の人気者の意見が多数の嘘で上塗りされていく。嘘を塗り固めた人は輪に加わって、正直な意見を言った俺ははじき出された。そこで俺はようやく気が付いた。正直は美徳じゃない。
俺は生き方を少しだけ変えた。嘘をつかないという信念は変えなかったけれど、よく誤魔化すようになった。答えにくい質問や場の空気を乱しそうな時は意識して誤魔化した。たったそれだけで、俺は少しだけ輪に加わることが出来るようになった。
俺は都築先輩の嘘をつかなければ続かない友人は必要ないという言葉を聞いて、格好良いと思った。それは俺ができなかった生き方だから。
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