AI学習塾

工事帽

AI学習塾

 キーンコーンカーンコーン。


 古い音色のチャイムが鳴る。音色だけは古い鐘を模しているが、実際には電子音だ。スピーカーに繋がっているのは小さな箱の電子機器で、鐘を鳴らす時間や曜日を登録して使う。生徒全員が正確な時計を持っているこの学校で、チャイムにどれだけの意味があるのかと思うが、まあ、なんだ、様式美とでも言うのか、

 鐘の音を確認してから教室へ向かう。

 コツ、コツ、コツ。

 自分の足音だけが響く廊下を通り、教室のドアを開く。

 ガラガラと開く横開きのドア、これも様式美か。

 教室の中は静かで、僅かに冷却ファンの回る音が低く、空気の密度を示すかのように充満している。

 教卓の上に出席簿を広げ、日直に声を掛ける。


「キリツ。レイ。チャクセキ」


 片言の日本語に続いて礼をする。チュイーン、ガシャン。プシュー。生徒の着席を待って、出欠を取る。全員が席についている朝のホームルームで出欠確認もないが、省略はしないようにと言われている。これは実務も兼ねているから様式美とも言い切れないか。

 名前を読み上げながら、軽く生徒を目に映す。誰のボディにもエラーを示すLEDは点灯していない。返答の声は個性的で、今日の日直の長谷川のように、本来の用途に発声機能が不要な個体には後付けでスピーカーと発声ソフトを組み込んでいるため、片言の日本語に聞こえる。

 人間に近いヒューマノイドロボットが一番多いが、それ以外にも箱に車輪とロボットアームが付いただけのロボットや、前後左右に腕がついたロボットも居る。もちろんロボットのボディに対して座学を行っても機構が進化するわけではない。この学校の生徒はロボットの中身にあたる。

 ここはAIを教育するための学校だ。


 この学校は複数の開発会社の共同出資により設立された。

 画像認識や天気予報などの、データの詰め込みによる単機能AIの学習については既に手法が確立されており、AIのレベルは学習データの量と使えるマシンパワーで決まると言っていい。しかし、複合機能、例えば、翻訳AIを作る時にATMという単語があった場合。これを「現金自動支払い機」と訳すか、「ATM」という略語のまま残すか、それとも「また後で」とするかはAIの用途に合わせて学習データを選択することで実現されており、どの事例であっても対応できるAIの学習方法は確率されていない。

 複数の候補の中から、その場に相応しい回答を得る。それはなかなかに難しい。

 翻訳AIであれば周囲の単語を含めた文章を翻訳対象とすることで、ある程度は対応出来るが、それでもまだ完全な、いや、自然な、というべきか、自然な文章に翻訳することは出来ていない。ましてや、翻訳ではなく、人間相手のインタフェースとなるとまだ試行錯誤の途中と言っていい。


 人間の行動は母数を増やすことで、他のデータと同じように統計的に扱うことは可能ではあるが、その場合でも年齢や国、男女の違いによって統計データにも偏りが出てくる。この学校では、偏りの一つである国毎の文化という点に着目、全ての国民が経験する義務教育の場をAIにも「体験」させることで文化を学習させることを目的としている。そのためにこの学校では教師に教員免許を持った人間を配置しているし、チャイムや出欠という学校のフレーバーという部分にも手を抜いていない。

 かく言う俺も教員免許を持っている。子供達を教えるのではなく、AIを教えるということに多少の躊躇はあったが、背に腹は代えられない。俺以外の教師も大体そんな感じだ。

 少子化の煽りを受けて、必要数が減った教師達の流れ着いた先がAIの学校というのは少し前までは想像もしていなかった。一部の報道では教師不足を嘆いてはいるが、あれは常勤を増やさず、臨時教職員で済ませようとして採用出来なかったような事例ばかりだ。いつ解雇されるかも分からない臨時で、給料も正規教員から3割は低い。誰がそんな仕事をやるかっていう話だ。しかも若いというだけで部活の顧問なんていうサービス残業が押し付けられる。


 授業は人間の子供と同じ学習指導要領に基づいて行われる。それはAI達が今度対応する職員や客となる人間達がどういう体験を経て成長してきたのかを学習するためでもある。人間側の常識を学ぶため、と言えばいいのか。

 AIがその開発過程で接するのはエンジニアが大多数だが、いざ現場に配置されると別の職能集団の中に置かれることになる。そのためエンジニアだらけの環境に適応する形で過学習が行われてしまうと、新しい環境に適応出来ない可能性が高い。そのため、人間が義務教育で学ぶ知識レベルや、共通する学校という環境が重要視されている。

 環境重視のため校則もキッチリ決まっている。

 通学中の寄り道禁止、教科書は毎日持って帰ること、男子は丸刈り、女子はおかっぱ、下着は白、指定の革カバンを使用すること、トイレットペーパーは30センチ以内、池のコイを釣った場合は停学、二重跳びを50回飛べないと卒業できない、2階から飛び降りてはいけない。教師達が今までの経験を活かし、過去に教師をしていた学校の校則をまとめたものだ、その項目は数百にも上る。これだけあれば学校文化への理解も深まるだろう。

 だが、試行錯誤の最中というAI教育である。トラブルも少なくない。


「ピーピーピーピー」

「長谷川どうした?」

「内部ノ温度上昇ヲ確認。キンキュウ停止シマス」

「あーフィルターが詰まってるわ。これチョークの粉じゃないか」

「そういや今日の日直、長谷川だったな。黒板消しはダメか」


「田畑、教科書はどうした」

「データ入力済みです」

「持ってきてないのか? 持ってきてないなら忘れ物だな」


「作者の気持ちハ文章内に記されてイません」

「そこは行間を読んでだな」

「行間とハ、行と行の間を差シます。行間にハ文章ハ記載出来ません」


 多くの問題の中には、聞き分けのない子供と同じものや、人間にはあり得ない理由が混在し、教師陣はその対応に右往左往することになった。

 そんな教職員としてあり得難い経験を積み上げつつも数年。この学校で始めての卒業式の日である。


 校長を筆頭に全ての教員が並び、来賓にはAIの開発者達が来ている。

 全員が緊張した顔をしているのは卒業式の日、だからというだけではない。この日、重要な連絡があるとのことで、全員が、間違いなく出席するようにとの連絡があったからだ。

 コツコツコツ、と、足音を響かせて開発会社のトップの一人が壇上に上がる。共同出資した企業の中でも大手で、発言力の強いナッツ・コーポレーションの会長だ。


「……以上の理由により、本校は本日を持って閉鎖されます」


 頑張ったと思うんだがなぁ。

 会長の説明に気持ちが沈む。教師たちも、開発者たちも頑張ったんだが、今日この日、第一回にあたる卒業式の日、卒業生は居ない。それを理由にこの学校の閉鎖が決定された。

 卒業生が居ないのは、全員が落第したからだ。

 人間のカリキュラムに則ってAIを学習させるのは困難だった。だが、それでも皆が努力してここまで来たのに。

 講堂を出て、職員室までトボトボと歩きながら思う。


「二重跳びくらい誰だって出来るだろうに」

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