第11節 年明け、聖地閉じる

「まったくメグ、あんたはどこ行っても騒がしいね」

「お師匠様!」


お師匠様は周囲の視線にも動じず、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

その様子は、いつに増して威風堂々としており、まるで別人に思えた。


「ファ、ファウストしゃま……」


情けない声を出すクロエに、お師匠様はそっと視線を向ける。


「何だいクロエ、あんたメグと知り合いだったのかい?」

「迷子になってたクロエを私がぐふぅ!」


真実を話そうとした私の腹を、クロエの肘鉄が射抜く。


「道に迷っていたメグを、このわしが見つけてやったのです」

「そうかい。不肖の弟子が世話掛けたね」


お師匠様がクロエの頭を撫でると、クロエは「ひゃあ!」とどこぞの生娘のような声を出してだらしない表情を浮かべた。

どうやら本当に慕っているらしい。


「それよりお師匠様、こんなところに出てきて良いんすか? 記者会見とか色々あるでしょ」

「もうすぐ年明けだからね。そんな暇もないさ。メグ、あんたもそろそろ帰り支度をしときな」

「えっ? それってどういう――」


その時。

不意に、空に大きな花火が上がった。


「お、ソフィ張り切ってるわね」


祈さんが楽しそうな声を出す。

ふと場内の時計を見ると、年を越すまであと三十秒を切っていた。

いつしか随分と時間が経っていたらしい。

いや、それにしても早すぎる気がする。


「この聖地は魔力の流れも早いからね、時間の流れも早くなるのさ」


私の考えを読んだかのように、いつの間にか横に立っていたお師匠様が言った。

すると、クイクイっと服の袖を引っ張られる。

クロエとウェンディさんが並んで私に顔を向けていた。


「メグ、そろそろお別れじゃ」

「えっ? もう帰んの?」

「また今度また遊びに来るが良い。ファウスト様の弟子となったらもう容赦はせん。今度はみっちりしごいてやるからの」


クロエは私の質問には答えず、ニッといたずらっ子のような笑みを浮かべる。

何だそりゃ。魔法も使えないくせに。

私は苦笑すると「わかったよ」とだけ頷いた。


花火が上がり、やがて徐々に視界が白くなっていく。

まるでフェードアウトするように、私の意識は途絶えた。




次に意識が戻った時、見慣れた古い家が目の前にあった。

見覚えのある光景と、夜の空。

魔女の館と、魔女の森である。


何だここは。戻ってきたのか?

不思議に思っていると、私の両肩にシロフクロウとカーバンクルが乗ってくる。


「何しれっと戻ってきてるんだ。この裏切り者どもめ……」


私が恨めしげに声を出すと、二匹は気まずそうにサッと視線を逸らせた。


「あー、やっと帰って来れた」


背後から声がする。

何事も無かったかのように、祈さんとソフィがそこに立っていた。


「何で私達ここに居るんです?」

「聖地は閉じた。私達は戻された」


ソフィの端的な言葉に、祈さんが頷く。


「聖地が開くのは二十年に一度。それもほんの僅かな時間だけなのよ。時間が過ぎたら聖地は閉じる。すると私達は戻される」

「二十年に一度の奇跡の場所さね。メグ、あんたはそこに立てただけでも運が良かったんだ」


いつの間にか私達の中にお師匠様が混ざっており、「おわっ!」と祈さんが声を上げた。

ソフィは顔だけで驚いており、リアクションとしては逆に新鮮だ。


「ファウスト婆さん、いつからいたの?」

「ファウストはいつも唐突」

「大げさだね。一緒に戻ってきただけだよ。これ以上魔法協会に居たら当分拘束されそうだからね。もう少ししたらゆっくりする時間もなくなるだろうし、今のうちに我が家を堪能しておきたいのさ」

「それって、魔法協会の発表の、新しいプロジェクトってやつですか……?」


私が真剣な視線を向けると、お師匠様は何故か笑みを浮かべた。

人の真顔を見て笑うやつがあるか。


「話は追々だ。それよりメグ、お茶入れとくれ。祈とソフィのもてなしも忘れずにね」

「流石にちょっとくたびれたわね。お酒でも飲もうかしら」

「お腹へった。ズベリー、何か作って」

「えぇー!? 年明け早々労働……?」


私はげんなりした様子を見せつつも、フッと笑みを浮かべる。

自分の死を宣告されて、数ヶ月が経つ。

まだ全然状況は改善されていないし、前に進んでいるとも言えないはずなのに。

何だか今は、この何でもない光景が、どうしても愛おしく思えてしまう。


一年の始まりと共に、気持ちを新たにして。


「こうなりゃ腕によりをかけますよ! お前達、手伝って頂戴!」

「キュイ!」

「ホゥ!」


今年も賑やかな年になりそう予感だけを胸に、私はキッチンへと駆けた。

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