第3節 世界は私に気がつかない
「なんじゃここは……」
思わず感嘆の声が漏れた。
美しく幻想的でありながら、祭りの賑わいも失わない奇妙な空間に私は立っている。
見渡す限り沢山の人がいて、多分半数近くは魔女や魔法使いなのだとわかった。
一歩歩くと、足元に魔力の強い流れを感じる。
ここまで瑞々しい魔力の巡りを感じるのは初めてだ。
力が溢れ出るような気さえする。
「どう? すごいでしょ」
私の表情から察したのか、祈さんがそっと声を掛けてくる。
思わずうなずいた。
「ここはどこなんです?」
「北米地方にあるちょっと特殊な空域。この世であることは確かなんだけど、限りなく異界に近い空間って言ったら、なんとなくイメージつく?」
「そんな場所がこの世にあるんですか? 聞いたことないですけど……」
「ここは普段閉ざされていて入ることは出来ない。場所も
ソフィの補足に「そゆこと」と祈さんが頷く。
「この場所が開くのは二十年に一度だけ。二十年周期で、世界で最も魔力が安定するホットスポットになるの。今日一日だけは、魔力の流れや質量を気にせずとも、ここならどんな魔法でも構築することが出来る」
「空が夜なのは時差か何かです?」
「魔法で装飾されてるだけでしょ。ここは魔法協会が管理している特別な施設の中だから」
「ふぇー、そんなん出切るんだ」
今日来てから驚いてばかりだ。
こんな魔法の世界があるなんて思いもしなかった。
自分の常識が、どんどん塗り替えられていくような気がする。
「魔法協会って資格の管理とか、お役所仕事ばっかりやってんのかと思ってましたよ」
「一応全世界の魔法の統括やってる組織よ。もうちょっと興味持ちなさい。……と言っても、あんたみたいな見習い魔女はあんまり関わる機会ないか」
「へへっ、そりゃあもう」
「なんで照れてんのよ」
「無知は罪じゃないが恥。ズベリーは雑魚。魔法協会は雑魚には無縁の組織」
「鬼の首取ったみたいな暴言やめろ」
私がソフィを睨んでいると、突如としてフラッシュライトがパシャパシャと放たれ、虚を衝かれた。
眩しくて思わず目が眩む。
「何事!? 敵襲か!?」
「馬鹿。カメラよ」
「へっ?」
見るとたくさんの記者たちが、私達にカメラを向けていた。
雑誌撮影のようなカメラもあれば、テレビ撮影のようなものもある。
リポーターや記者も多数おり、中にはユーチューバーらしき撮影者まで存在している。
魔法式典が色々なマスメディアや著名人を集めるとは聞いていたが、どうしてここまで撮影を……?
そうか。そこで気づいた。
世界が私の可愛さに気づいたんだ。
世界のアイドル、メグ・ラズベリー。
そのあまりの美貌にカメラたちは衝動を抑えることが出来なかったんだ。
炊かれるフラッシュは、いわば美貌への賛辞。
「ついに私は、世界に見つかってしまった……」
「祈、ズベリーがバカな顔してる」
「あんた本当に仕方ないわね。身の程を弁えなさい」
「ズベリー、あのカメラマンたちは七賢人を撮りに来ている。どこかのパッとしないボンクラ田舎魔女を撮りたい人間はここには存在しない」
「なるほどね」
私はそっとため息を吐いて、首を振った。
「現実を認められないなんて、可愛そうな人たち。良いわ、私の従者として歩かせてあげる」
「こいつどうやって殺してやろうかしら」
「すでに手遅れ。愚者に薬は効かない」
「皆さんご覧ください! 七賢人『祝福の魔女』と『英知の魔女』のお二人がたった今、会場に姿を見せました! 祈さん、ソフィさん、今日はどのような発表をされるご予定ですか!?」
「祈さん! 目下研究中という薬物依存の治療薬についてお話をお願いします!」
「ソフィさん! 今日のパフォーマンスを担当するにあたりファンに向けて一言お願いします!」
「そう、私はメグ・ラズベリー。世界の「邪魔だ! どけ!」」
ドンッ! と押しのけられ、私は人混みの外に放り出される。
物凄い数の記者が、餌に群がるアリのようにソフィと祈さんを取り囲んでいた。
蚊帳の外となった私は、ポツンと外野から二人の様子を眺める。
「真の価値あるものに気づけないこの記者どもが、二ヶ月間下痢になって苦しみ続ける呪いを掛けてやろうか……」
私が一人呪詛を唱えていると、「不穏な事を言うでない」と、背後から声を掛けられた。
「ここは魔法協会の管轄施設じゃ。そして今日は二十年に一度の記念すべき式典。呪いなぞかけようものなら、魔法を使う権利を永久剥奪されるぞ」
「あぁん? 誰だぁ? 偉そう……に……」
私はそこで相手を視認して黙る。
だってそこに立っていたのは、白い髪と目をした、一人の女の子だったから。
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