余白
sara
音の色
物静かが息をしている子だった。佇み、遠くのぼんやりを見つめて息をする。そして時折思い出したかのように近くを見る。それは真っ直ぐ立つためだ。遠くのぼんやりは足元を奪うから、あの子は近くを見て立て直す。私は彼女のそんなさまをずっと見ていた。
けれど物静かが息をしているようなあの子は、厳密に言うとさほど物静かではない。口をきく、笑う、冗談も言う。けれど物静かが息をしている。それを矛盾させない人だった。自身を縁取る線が人よりどこか薄くてぼやけている。ぼやけた先は曖昧である。
「何を見てるの」
人の世界まで見たくなる私は欲張りというにふさわしい。水晶玉は覗きたい。
だから、この日も飲み会で隅っこにいた彼女に尋ねる。物静かの周りには人が絶えない。静かなところで人は話したいのだろう。席が空くのを私も待った。空いたから訪ねた。滅多にないチャンスだから質問は慎重に選んだつもりだった。
「何って?」
不思議そうに首を傾げ、とりあえずを返してくる彼女に曖昧と不確か、そして未だ届かずを思う。たまねぎでいうと第一層だろう。
「ぼんやりの先」
悔しくなってこれでもかと朧げを打ち返す。煙の中にテニスボールを投げ込むのだ。
「なにそれ」
言って笑う彼女は普通の人のかたちをしていた。まだ第一層である。そっちがその気なら、こっちもこの気である。今日の機を逃してはならぬのだから、これでもかと言わんばかりの言葉を脳に巡らせる。しかし、第二波を浴びせてやろうとしたところで彼女はガラス製のジョッキに手を伸ばして口付けた。液体は透明だった。酒かもしれないし、水かもしれない。ビールだったらどうしようと思った。透明だったからだ。
くいと飲みきったあと、吸い込まれた透明が水だったと知る。彼女は茫々たる笑みを見せた。ぐにゃりを思うも思い改め、それはふわりに少し似ていると感じなおす。
「音に色はあると思う?」
そんな言葉に、きっと彼女は色彩を見ていたのだと悟った。
どう思う? と言外に問うてくる彼女に、私は首を振ることができなかった。縦にも横にも振れなかったそれは否定も肯定もできなかった。
果たしてそれこそが曖昧なのだと気が付いた。ボールを投げたはずの私が煙の中に入ってしまったらしい。ちなみに何層目にいるかはわからない。そもそもこちらの世界には階層自体ないのかもしれなかった。
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