男は脱出できるのか19

千粁

男は脱出できるのか19

目の前の案山子からは悪意は全く感じないが何か恐ろしさを感じる。

そもそもこいつの言いなりにしばらく休憩していたけど何をしているんだ俺は。

アユをすぐに見つけないと。


この和室の出口候補として残っている襖は、さっき案山子が入って来た正面。

どういう仕掛けかわからないが左右の襖はこの和室に繋がっていたし、他には扉らしきものはないから間違いないだろう。


俺は案山子の後ろの襖に手をかけてゆっくりと開いた。

するとそこはちゃぶ台とお茶、それに案山子が座っていた。

さっき右の襖を開けたときと同じだ。

案山子の後ろには俺の後ろ姿が見える。

俺は再び襖を閉じた。


「なあ案山子」

「どうした? 出て行かないのか?」

「どの襖を開けてもその先にはこの和室があって、違う部屋に移動できないんだけど、この和室から出る方法を知らないか?」

「知ってるぞ」

「え、それなら教えてくれてもいいのに」

「聞かれなかったからな」

「……そうだけどさ。まあ、いいや。それでどうやったら出れるんだ? もしくは扉は何処にある?」

「次の部屋に行くには俺を壊す必要がある」

「お前を?」

「ああそうだ。だが手順通り壊さないとだめだ」

「正しく壊せってことか」

「できるか?」

「そんなの簡単だ。見たところ普通の案山子だし」

「次の部屋に進むのを止めて永遠にこの和室にいてもいいんだぞ」

「は? それはできないよ。アユを見つけてこのふざけた場所から脱出しないといけないからさ」

「本当にできるのか?」

「やるさ。そう決めたんだ」

「そうか……お前が決めたんならもう引き止めない。だがこれだけは言っておく。ここがお前のターニングポイントだ」

「ターニングポイント? 意味は転換期や変わり目だよな。どういう意味だ?」

「そのままの意味だ」

案山子は立ち上がり自分の壊し方を俺に説明しはじめた。

「まずは俺を突き飛ばせ」

「え? 突き飛ばす? ……わかった」


俺は案山子を突き飛ばそうと両手を胸の位置まで上げたところで止まる。

あれ、なんだこれ。

以前にも同じような事をした気がする。


俺は少し躊躇したが深く考えずに案山子の腹の位置を両手の平で軽く突き飛ばした。

すると一瞬赤く光る信号機と横断歩道、それに中型のトラックが見えた気がした。

その直後案山子が背中から襖に衝突し、腕や胴体の芯に使われている木材が折れる音が聞こえ畳に力無く倒れた。


案山子の様子を見ると、身体のあちこちが折れていた。

おかしいな。そんなに力を入れてなかったんだけど。

それになんだだったんだ今一瞬見えたものは。

案山子が立ち上がり次の段階に進む。


「次は俺の首を絞めろ」

「え? 首を絞めても壊れないと思うけど?」

「大丈夫だ。首を絞めた後に俺の身体をバラバラにしてもらう」

「そうなんだ。それって首を絞める意味ないんじゃ」


俺は不思議に思いつつも案山子の首を絞めた。

するとさっきのように脳裏にアユの笑顔が一瞬だけ浮かんだ。

なんだ今の。今度はアユのうれしそうな笑顔だった。


俺はその後も言われるがまま案山子の身体をバラバラに取り外していく。

その作業中に森の中の景色が浮かんだり茜色の夕日が見えた。

そうして最後に案山子の胴体から頭を取り外すと、首だけになった案山子が言った。


「これで終わりだ」

「もういいのか?」

「ああ。これでお前の記憶の扉のロックが外れた」

「記憶の扉? ロック? 意味が分からないんだけど」

「あんたは知っているはずだ」

「いや、俺は何も知らないって」

「あんたは小さい頃に通っていた英会話スクールの入り口を覚えてるか?」

「俺が英会話を習っていた事も知ってるのか。ああ覚えてるけどそれが?」

「その入り口はどんなだ?」

「え〜と、確か白いドアで小さなガラス窓がついていて、ウエルカムって英語の板が貼付けてあったと思う」

「その記憶の中のドアを開けてみろ」

「どうやって?」

「頭の中でイメージすればいい」

「イメージか」


俺は記憶にある白いドアのドアノブを回し扉を開いた直後、今迄和室にいたはずなのにいつの間にか記憶の中にある英会話スクールの部屋の中にいた。

案山子の姿もいなくなっている。

そういえば二つ目の部屋もここだったな。

あの時と同じ部屋に戻ってきたのか?


いや違う。


前に来たときとは明らかに違う。

それは……。






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