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本艦ワタシは船体修繕と同時に警備任務に復帰する予定です。今より361201時間前に船体保存命令が出され、本艦ワタシはシリヨン造船所にて係留中です』

「そうか。だが残念な話だがこのままだと君は融通の利かない政治家に殺される。扶桑はオーバーホールと同時に新しい戦術支援情報生命体バンシィ―を換装する事が決まった」

『つまりワタシは破棄されるのですね』

「いいや殺処分。私は君達を道具とは思っていない、これは私の体に流れる始祖の血がそうさせる」

『大間風 二四三同盟軍大佐でしたね。テラン系。確か二ホンでしたか?』

「ああ。そして君のバイオコンピュータの基になった脳細胞は私のご先祖様だ」


 奇妙という言葉を本艦ワタシはこの時、実体験と言う形で知った。

 製造されてからその日に至るまでワタシは一貫して船を制御する為の部品でしかなった。

 そういう存在として製造され。そういう存在として運用された。

 だからこの皺と白髪だらけの退役間近の老人がワタシに向けた眼差しが奇妙に感じて、彼の誘いを受けワタシは<オモイカネ>への移植を承諾した。


「月面基地は酷かったですね。まさかあそこまで徹底的に破壊されていたとは」

「仕方あるまいよ副長。テラン人による決死の反抗作戦で外部宇宙からの侵略軍は痛手を負った、腹いせの一つでもせねば気が収まらんよ」

「ですね。さて扶桑、海兵隊の方はどうか?」

 

 副長を務める船務長。クルード中佐は本艦ワタシに乗艦している統合軍海兵隊の進捗具合の報告を求めて来る。


『現在。揚陸艇及び駆逐艇への乗船作業中です。あと1時間3分48秒で完了の見込み。なお第48遠征部隊指揮官ヴェルガム准将より伝文です』


 伝文を読むなり副長は呆れて肩をすくめる。

 本艦ワタシに乗艦している人員は三つのグループに分けられる。

 同盟軍の軍人で<オモイカネ>の乗員。

 統合軍の軍人で海兵隊遠征部隊。

 そして民間から出向して来た研究員や本艦ワタシの設備要員。つまり司書。


 そして今、第48遠征部隊と共に揚陸艇に乗り込んでいるのは民間の研究員と司書。好奇心の強さから遠足気分らしく海兵隊隊員を困らせている。

 本艦ワタシは格納庫内の端末ワタシを通してその光景を観察する。

 パワードスーツを装着した海兵隊隊員が携行する7.92mm電磁投射小銃EMLが珍しいのか触ろうとする研究員。それに対して「危ないから触るな!」と怒鳴る海兵隊隊員。別の場所では護身用に持たせる拳銃の説明をする海兵隊隊員。


「いいか!ズボンのチャックを閉め忘れても安全装置セーフティを掛け忘れな!こちらの指示があるまで絶対に安全装置セーフティを解除するな!分かったな?」

「それよりその肩から伸びているのは何ですか?」

「人の話をちゃんと聞け!学者共!!これはマイクロミサイルランチャー、てめぇらの脳天を防護服ごと吹っ飛ばす兵器だ!!」 


 これは作業終了の予想時間を修正しなければならない。

 本艦ワタシは艦長と副長に格納庫の様子を立体投影する。

 予想通り、二人は呆れた表情になる。


『扶桑さん。少し良いですか』


 図書室にいる端末ワタシに丁寧に呼び出す者がいた。

 眼鏡を掛けて気弱さそうな生粋の司書。

 民間人と本艦ワタシのように処女航海ではなく、別の図書艦に乗艦していた軍属の司書。

 名前は。


『フェイル司書准尉。どうかされましたか?』


 狼から進化したヴォルナール人の若い青年は端末ワタシを見ると笑顔で会釈する。確か母方がテラン系で大間風艦長とは親類の間柄だ。


「忙しい所。呼び出してすいません」

『問題はありません。それでご用件は?それと早く格納庫に移動し防護服を装着してください。ヴェルガム准将が苛立っています』

「あはは……実は今回の調査で気になる事があって、調べていたんです」

『そうですか。では端末ワタシへの用件は検索ですね。何を探しますか?』

「ウィルス攻撃による生物の変異に関する物です。グリーゲン博士の論文を探しているのですが」

『分かりました』


 ハンス・グリーゲン。

 地球に最後まで残りウィルス攻撃によって変異して行く生物を自身を含めて研究し続けたテラン人の生物学者。

 彼の論文は……幸いな事に本艦ワタシの中に保存されていた。


『フェイル司書准尉のパーソナルデバイスに複製を送りました。リラクゼーションが目的でないなら速やかに格納庫へ移動してください。ヴェルガム准将が貴官を電磁投射小銃EMLの安全装置を外して捜索しています』

「うえ!?そんな!」


 走り出したフェイル司書准尉は振り返り端末ワタシに笑顔を向け「ありがとうございました」と言い、格納庫へも向かって行った。


 リラクゼーションを兼ね。本来は無機質な記憶装置だけで構成される図書室を旧時代の紙媒体を収集し展示・貸出を行っていた図書館に似せた室内。

 記憶装置は紙媒体を収納する棚に似せ。

 室内全面にモニターを張り付け航宇宙艦にいるとは思えない、惑星内の景色を映し出し。立体音響により川のせせらぎなどを流す。

 知的生命体の最大の天敵と言われるストレスを和らげる為の配慮。


 <扶桑ワタシ>だった頃には考えられない奇妙な設備。

 本艦ワタシには必要性を理解出来ないが、知的生命体には必要不可欠らしい。

 フェイル司書准尉が格納庫に到着すると待機していた海兵隊隊員がフェイル司書准尉に防護服を装着しながら揚陸艇に向かい、準備は完了する。


『ヴェルガム准将より。降下準備完了との事です』

「分かった。ではこれより作戦を開始する』

「了解。攻撃隊順次発艦」


 戦闘指揮所内が慌ただしくなる。

 各所に配置している端末ワタシから次々と情報が送られて来る。


 次々と格納庫から攻撃機が発艦する。

 目標は地球の軌道。

 赤道に沿って配置された軌道エレベーター。

 エレベーターの先には宇宙港がある。

 

 そこを防衛する為に接近する隕石や宇宙ゴミスペースデブリを破壊し、敵武装勢力を撃退する防衛設備。

 地球が破棄された後も地球に近付く者を無条件・無差別に攻撃している。


 揚陸艇が降下する為には防空衛星を無力化する必要がある。

 しかし厄介な事に残存する防空衛星は対艦を主眼に置かれた物ばかりで本艦ワタシがいくら新造艦でも重質量弾を雨のように発射されては障壁シールドが耐えれない。


 そこで攻撃機による防空衛星の無力化。

 ただし空間機を目標とする防空衛星が残存している可能性があり、本艦ワタシは地球の衛生、月の裏側から観測を続ける。

 場合によっては本艦ワタシの主砲で可能な限り破壊せず残す事になっている軌道エレベーター事、防空衛星を破壊する必要があるからだ。


「残存防空衛星は全て対艦。攻撃隊、攻撃を開始してください」

「了解。各機、射程に入り次第ミサイル発射。対艦重質量弾に当たった馬鹿は三階級降格だ!攻撃開始!」


 無数のミサイルが防空衛星に飛来し次々と着弾する。

 端末ワタシは観測所での結果を戦闘指揮所とヴェルガム准将のいる作戦指揮所に送る。

 防空衛星の破壊は成功。撃ち漏らしの可能性は限りなく低い。


「防空衛星の破壊を破壊を確認。降下開始!」

 

 無数のモニターに埋め尽くされた作戦指揮所からヴェルガム准将は揚陸艇に指示を出す。

 モニターには各小隊。各分隊の長から見た映像。

 降下する揚陸艇からの映像。

 揚陸艇を護衛する駆逐艇からの映像。

 その全てが映し出されている。


「扶桑。降下地点に敵性生命体の反応はあるか?」

『観測ドローンは敵性反応を検知していません。駆逐艇がドローンを射出次第、大気圏内の観測を始めます』

「了解した」


 作戦は順調に進む。

 本作戦。

 地球に残された外部宇宙に関する媒体の回収。

 そしてそれが生まれる切欠になった媒体の回収。

 保管されていると思われる地点へ向けて揚陸艇と駆逐艇は降下して行く。

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