薄給激務の宮廷魔術師

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宮廷魔術師と認定されない労災

 私が十二歳になった年に、私は修学を理由に生まれ故郷を離れることとなった。

 南方区の、少し田舎だけど、気候も治安も穏やかな生まれ故郷を離れることは、その時の私には随分と抵抗があった。

 子供の頃から面倒を見てくれた乳母さんも、料理を教えてくれたメイドさんも、何より家族がいない土地で暮らし始めなければならない。それは貴族の一人娘として生まれ、幼少期から何不自由なく、与えられるだけの生活を過ごしてきた私には、とても受け入れられることではなかった。

 公国立魔術学院。

 大陸の中央区にあるこの国唯一の魔術師養成施設であり、私がその年に入学した学校であり、故郷を離れることになった理由である。


『これからは魔術の時代になる。魔術のことを知らない者が、為政者となるべきではない』


 とは父の言葉。その言葉は正しいと思うが、田舎で育った世間知らずの一人娘を納得させるには、少々難解過ぎたように思う。

 散々泣いて、喚いて、それでも通らず。納得出来ないまま、大陸中央の王都から、やや南西に位置する学院に送られた。

 長旅の末に到着した学院の石造りの校舎を、忌々しく見上げたことは今でもよく覚えている。早く逃げたい、六年なんて長すぎる、明日にでも帰りたい、そんな風に考えていた。


『長旅でお疲れでしょうが、まず会わせたい者がおりまして』


 そう学院長に言われ、案内された応接室で私はひとりの少女と出会うことになる。

 春のあたたかな日差しが降り注ぐなかで、くるりと振り返った少女。

 一目で平民の子だとわかった。

 所々ほつれた灰色の安っぽいローブと、同じく所々ほつれたように跳ねる、肩くらいまである黒い髪。

 でもそれ以上に印象に残ったのは、とても意志の強そうな丸く黒い瞳。


『はじめまして!』


 楽しそうに笑う少女。


『今日から私が、貴女のお姉さんになるのよ』


 後にその少女との出会いは、私の人生を大きく変えることになる。



 * * *



 ラオプ王国中央区王都、王城内、謁見の間。

 継ぎ目のない石柱が左右の壁際に等間隔で並び、同様に石造りの床の中央には赤い絨毯が奥に向かって伸びている。奥には数段の段差があり、左右の台座には黄金で作られたラオプ公国の象徴である鳥、鷲と梟が対になる様、左右に鎮座していた。

 その段差の上に、背もたれから肘掛けまで白金や黄金があしらわれた豪奢な椅子。そして椅子に負けぬ程の煌びやかな金と紅のマントを纏い、美しく深い色味で七色に光る冠の代わりの髪飾りをつけた人物。ラオプ公国の十代目にあたる人物が椅子には座していた。

 過去誰一人として成したことの無い、大陸の統一が果たされてから、二百五十二年。未だ国家は盤石である。

 謁見の間には二百名程の人間が参集しているが、それでもまだ広さには随分と余裕があり、その広大さは王家の権勢を示しているかの様でもあった。

 そこは厳粛な雰囲気に包まれている。

 参集している者達は左右にわかれ隊列を組み、誰一人として声をあげたり、濫りに隊列を乱したりはしない。秋口の冷たく透き通る様な空気が、その雰囲気に拍車をかけている。


金梟きんきょう褒章、リザ。前へ」


『拡声』の魔術で声量が嵩上げされた音声が、謁見の間の透き通る様な空気に響き渡り、隊列の中から一人の女性が歩み出た。

 宮廷に仕える魔術師たちの正装である深緑色のローブを身に纏い、背中に垂れたフードの上には魔術師の命とも言われる長い黒髪が所々跳ねている。顔立ちはまだ二十代の半ばくらいだろうか。丸く吸い込まれる様な黒瞳には、強い意志の光が灯っている。

 リザと呼ばれた女性は中央の赤い絨毯まで歩むと向きを変える。謁見の間最奥、つまり現ラオプ公国大公が座す豪奢な玉座に向かい、力強い足取りで歩みを進みる。

 歩を進めるたびに、カチャリカチャリと小さな金属同士があたる音が鳴る。それは、リザの深緑色のローブに付けられたリボン付きのメダル達が鳴らしていた。

 そのメダルの数は実に十と一つ。金色の物もあれば銀色の物もあり、等しく全て梟が象られた彫刻がなされている。

 それらは全て、現大公から賜った褒章だった。この場には国の軍部、或いは行政に携わる重要人物のうち二百名程度の人間が参集しているが、それだけの数のメダルを付けている者はリザ以外には一人も居ない。せいぜい年配で軍部の指揮官クラスの人間達が五つ六つと付けている者が何人か居るくらい。

 国家に所属して十年も経たない一人の魔術師が、これだけの褒章を得ていることは、二百五十年を越えるラオプ公国の歴史の中でも異例中の異例だった。

 それも家名を持たない黒髪黒瞳の女性が、である。黒髪黒瞳は典型的な平民の出を示す指標であり、また公の場で家名を名乗らないということは、家名を持たないような出自である事を表している。

 一歩一歩と歩みを進みるリザ。横に居並ぶ直立姿勢の近衛兵や、リザと同じく深緑のローブを纏う魔術師達。彼、或いは彼女たちの感じるところは、評価される事への嫉妬か、若き天才への羨望か、或いは自らが届かない境地への諦念だろうか。

『当世最高の天才』『若き公国の至宝』『始祖エフェメリスの再来』。数多の名声をこの若さにして得ている駿才は、全ての視線を静かに受け流し歩みを進める。

 その当の本人であるリザの感じるところは、ただの一つしかない。

 歩みを進め、最奥部の段差を登り、ついには玉座の前に辿り着く。リザが恭しく片膝をつくと、大公は立ち上がり、傍らに侍る従者より梟を象った金色のメダルを受け取る。梟は智慧の証。即ち金梟褒章とは技術や学術の進歩に大いに貢献した者に与えられる。


「リザ、手を」


 大公は威風堂々と告げる。「拡声」の魔術は大公の声を一層威厳のあるものへと引き立てていた。

 リザは面を上げて両の手を掲げる。いよいよ、叙勲の時である。

 誰もが口を閉ざし、大公とリザの挙手に注目を寄せる。

 緊張感に包まれる謁見の間において、しかし等のリザ本人は一切の緊張も無かった。

 その理由は二つあった。

 一つは、既に十を超える褒章を受け取っていたことである。幾度となく経験した場面に、リザの心中は平静を保っている。

 そして、もう一つ。先程からただ一つの懸念事項が心中を反芻していた。

『当世最高の天才』の危惧。

 それは、即ち、


(あー、お腹鳴りそうだな)


 それだけである。


(昨日からなんも食べてないんだよなぁ)


 本人の懸念を他所に、第十代ラオプ公国大公の手より梟のメダルを受け渡される。

 その栄光の瞬間、リザが恭しく受け取った刹那、『若き公国の至宝』の懸念は的中してしまう。

 ぐぅ〜〜、ぐっ、ぐっ。

 この場には似合わぬ滑稽な音が、静まり返った謁見の間に響き渡る。無論その音は「拡声」が拾い上げ、その場に居た軍部・行政の重要人物である二百人全員が謹聴した。

 瞬間は、リザと大公を除いた誰もが何が起きたのか理解出来なかった。しかし、


「あ」


 という間の抜けたリザの声により、半数の者は何が起きたのかを悟った。


(まあいいや)


 呆れ返る大公と周囲を他所に、リザ本人は早く終わらせてくれて言わんばかりに、メダルを受け取ると、そそくさと礼をして玉座の前から退散した。






 深緑色のローブに身を包んだ女性は、一度廊下を歩く足を止める。窓からは、まだ上りきっていない陽が雲間から僅かに顔を出している様子が伺えた。

 思うところがあったのか、ふっとため息を吐くとまたしても歩き始める。

 ローブに付けている十二のメダルが、それぞれにぶつかり金属音をあげている。

『若き公国の至宝』、宮廷魔術師のリザは王城内の廊下を闊歩していた。


「せんぱい!」


 リザには聞き慣れた声が、煉瓦造の廊下に響く。リザは声の聞こえた背後を向くようにくるりと振り向いた。軽快に小走りをしながら近づく、金髪碧眼の女性が目に映った。


「せんぱい!聴きましたよ!流石当世最高の天才ですね!」

「……馬鹿にしてる?」

「まさかそんな!全然してません!」


 屈託の無い笑顔を上目遣いでリザに向けたのは、同僚のフィオラリア・メイリープだった。リザは城内の廊下にて彼女と鉢合わせし、早速先程の失態を話のネタにされた。

 フィオは美しい碧眼を細め、肩の前に垂らした一つ結びの金髪を楽しそうに揺らしながら笑っている。リザと同じく宮廷魔術師の正装である深緑のローブを纏っているが、リザとは違うどこか華やかな雰囲気を持っている少女だった。


「やっぱりせんぱいって面白いですね」


 リザよりも低い背丈で、下から覗き込むように言いながら無邪気に笑うフィオに、リザは苦虫を噛み潰したような顔をする。長い付き合いから嫌味で言っているのでは無いことはリザにもわかったが、それでもいい気はしない。


「あれ、ごめんなさい、怒りました?」

「んー、まあもういいや」


 いつもの事だと諦めて、小さくため息をつく。

 リザとフィオは魔術学院での先輩後輩の関係にあたり、十年以上の付き合いになる。

 学院を卒業しリザが国家公務員として宮廷に出仕するようになると、その一年後にフィオも同じ道を選んだ。嫌われてはいないことはリザにはわかるが、後輩としての敬意が足りないと学生時代から言われている。


「っていうか、誰から聞いたの?」

「部長ですよ、さっき執務室に行ってきたので」

「……そういえば、あの場にあの人もいたのか」


 リザは相変わらず苦々しげな表情をしている。嫌な人に見られたとリザは悪態をついた。

 部長というのは二人が所属する広域機動対策部のクレア部長のこと。クレアも叙勲式の場におり、リザより早く解放され執務室に戻ったのだろう。

 クレアはいつもにこやかで朗らか、裏表の無い人柄が評判の人物だ。まあ裏表がなく、どんな事でもすぐに誰かに話してしまうのが悪い癖だとリザは思っている。

 朗らかな笑顔で楽しそうに今日の失態を話す部長の様子が、見てきたかのようにリザの脳裏に浮かんだ。


(後でひと言いっておこう)


 と、心の中で誓う。


「で、せんぱいは何処に向かってるんです?」


 フィオにそう尋ねられ、リザは本来の目的を思い出す。


「経理」


 と一言だけ説明するとフィオは納得したように、


「あー、またですか」


 と楽しそうに笑った。


「今日は何ですか?」


 早足で歩き出したリザと、くっ付くように横に並んで歩くフィオ。


「少し前に怪我したでしょ」


 リザが額をさすると、あー、とフィオは思い出したように呟いた。二週間ほど前に、リザは職務中に木片が額に当たって怪我を負っていた。


「その時の労災申請が却下されたの」


 リザは不機嫌そうに吐き捨てるが、フィオは相変わらず楽しそうに笑う。


「そもそもよく申請通りましたね。私たち労災入って無いのに」


 基本的に国家公務員として服務する人間は、軍部か行政のどちらかに所属する事になる。二人の所属する広域機動対策部は軍部になるのだが、軍部に所属している人間は労働災害保険は入らず、適用されない決まりとなっている。


「だからそれがおかしいでしょ?」

「……そーですかねぇ?その分上乗せされてるわけですし?」


 常に怪我の危険がある軍部は、死亡以外では保険は適用されないが、その代わり保険料を給与に上乗せされていることでバランスを取っている。のだが、リザにとってはそれが不服らしい。


「そんな詭弁は許さない、私が制度を変えるから」


 言い切って、ぴたりと立ち止まるリザ。目の前の木製のドアには「経理部」と焼印されたプレートが掛かっている。


「せんぱいって、たまにカッコいいですよね」


と、フィオは楽しそうに笑うがリザには聞こえてはいないようで、


「頼もう!」


 と威勢よく木製のドアを開いた。





「頼もう!」


 と、リザは叫びながら経理部のドアを開く。

 ぎぃーと鳴りながら開いた木製のドアの向こうには、四台の木製の執務机が向かい合うように並んでいる。両壁には本棚が並び、棚には大量の書類がファイリングされて収容されている。最奥の壁には窓が設えてあり、その前にも一台、少し広めの執務机が設置されていた。

 机は合計で五台あったが、その部屋にいた人物はただひとり、眼鏡をかけた女性だけ。

 女性は大声で入室してきたリザを忌々しげに睨む。


「またですか」


 呆れ果てたような口調でリザを出迎えた女性、経理部のイライザ・ベルモンドは溜息をついた。

 イライザは見た目的にはリザと同年齢で、首を隠さない程度の長さの灰色の髪は、自然に伸ばされていた。服装は白いブラウスの上に黒のベスト、黒のジャケットと順に羽織っており、見るものにマニッシュな印象を与えている。

 リザは彼女の机の横まで歩いていくと、威嚇する様に両手を机に下ろした。


「労災申請が却下されたって聞いたんですけど」

「ええ、そうですね」


 リザのあからさまに不機嫌な声色にも、イライザは表情を変えない。


「非常に遺憾です。却下された理由を教えて頂けますか?」


 リザは上から睨みつけるように威嚇するが、


「広域機動対策部は労働災害保険に加入しておらず保険が適用されないからです。労働条件通知書にも記載されております」


 と、イライザは意に介さず、極めて冷静な返答を行う。


「貴女がどうしてもと言うから、人事部に申請まではしましたが、認定局としましては一笑に付しておきました」


 労災認定局を兼務するイライザが冷徹に告げると、


「おかしいでしょ!私たちなんて実態はほとんど行政みたいなもんじゃん!」


 丁寧な交渉態度が面倒になったのか、リザはキレた。




 制度の運用というものは、理想と実態の乖離というものが起きやすい。こと、制度の例外的な部分においては尚更である。この『制度の例外的な部分』というところに、リザとフィオが所属する広域機動対策部が該当する頻度が非常に高い。

 広域機動対策部というのは、名前の通り広範にわたり適宜必要な戦力を速やかに投入し、迅速な問題解決を目指す部隊である。広範というのは物理的な範囲だけでなく、問題を管轄するのが軍部、行政のどちらであっても広く対応するということを意味する。

 例えば、一般国民が行政側に持ち込んだ問題に対して、武力的、或いは魔術的な介入が必要な場合に、その問題解決を行うのが広域機動対策部となる。

 という建付だが、実際の仕事の大半は『大きな蜂の巣の駆除』とか『魔術師夫婦の喧嘩の仲裁』とか、そんなものばかり。軍部のカッコイイ名前の部隊は、実態はただの町の便利屋さんである。

 制度の歪みとは、即ち実態としてほぼ行政の仕事しかしていないのにも関わらず、扱いとして軍部と同様の扱いを受けているところにあった。今回で言うなら、危険の少ない仕事のはずなのに怪我を負わされたが、労災認定がされず保険料がでないことが問題である。


「制度と実態に乖離がある問題は労災認定局として把握しております。制度の見直しも検討しています。しかし現状は労働災害保険を適用出来ません」


 くいっ、と眼鏡を持ち上げるイライザにリザは食ってかかる。


「問題があるって認めてるなら労災認定してよ!」

「検討中、と申し上げました」


 イライザはため息をつく。


「だいたい、貴女の怪我って木っ端が額に当たって血が滲んだくらいでしょう?その程度の怪我、保険が適用出来てもせいぜい絆創膏代くらいです」


 呆れたようなイライザの言葉の後に、あははとフィオの乾いた笑いが響く。


「お、お金の問題じゃない。私は制度の問題点を議論したいんだ」


 悔しさの末の苦し紛れの一言も、


「では議論をした結果、制度の見直しを図っていると言うことでご納得いただけますね?」


 冷静に返答にリザは大人しくなるより他なかった。


「……労災の件はわかりました」

「ええ、納得頂けて良かったです」


 イライザは涼しい顔で眼鏡を外すと、胸ポケットからハンカチを取り出してレンズを拭いている。


「もう一点、確認していいですか」

「構いません」


 リザは返事を聞くよりも早く、ごそごそと自身のローブの下を探る。


「今月の給与なんですけど」


 リザはローブの下から、一枚の木材紙の紙片を取り出してイライザの前に叩きつけた。


「二万三千円(日本円換算)っておかしいでしょ!?今月どうやって生活すんの!?」


 先程の悔しさを晴らすように叩きつけた給与明細を、イライザは意に介した様子もなく確認する。


「明細書通りのように思います」

「計算がおかしいんじゃなくて、なんでこんな控除があんの!?」


 再度イライザは机上の明細書を確認し、


「明細書通りのように思います」


 同じ台詞を繰り返す。

 小さな明細書には細かな文字でびっしりと文字が刻まれている。『消耗品私事使用請求(コモンマロウ)』『消耗品私事使用請求(バラクレス)』『消耗品私事使用請求(ローレル)』といった細かな文字が並んでいた。


「私事じゃないって!仕事でつかったの!申請もした!」

「仔細は存じ上げませんが、申請が却下されたのでは。申請が通過した事は確認しましたか」

「そんな事してたら間に合わなかったし!」


 コモンマロウやバラクレスというのは、魔法薬学に用いる植物類である。調合して散布すると、強い鎮静作用がある薬となる。リザは先月、一部の住民が異常な興奮状態にあり暴徒化しているという報告を行政から受け、慌てて備品を使って調合した。

 当然申請などしている余裕がなく、全て落ち着いた事後に使用した薬物を申請したのだが、それが私事で使用したと思われているらしい。

 そういった内容をリザは懇切丁寧に解説する。


「どーせ申請を却下したのだって技研のヅルギスでしょ」


 申請に使った美品というのが、魔法技術研究部、通称技研の備品だったのだが、そこで却下されたのではないかとリザは踏んでいる。

 リザの口から出た人物の名前に、イライザは顎に手を当てる。


「ふむ、内容は理解しました」

「ホント!?」


 リザは嬉しそうに眉を上げる。


「この件に関しては一旦こちらで与ります。差額分の支給が出来るか検討いたします」

「……その支給は、いつぐらいになるの?」

「……早ければ、来月の給与と合わせて支払われるかと」


 イライザの返答を聞いて、リザははぁーあと態とらしく盛大な溜息をついて、


「馬鹿なの?」


 とシンプルに罵った。


「今月どうすんのって聞いてんでしょ?ひと月二万三千円で暮らせますか?家賃だって払えないでしょ?」


 イライザは溜息をつく。


「半年前の豪雨災害で国全体の予算が厳しいのです。ご存知でしょう」

「知ってるけどさ、私はこれでも国家の若き至宝とか呼ばれてんだよ?そいつの手取りが二万三千円ておかしいでしょ」


 リザはローブに着いた十二のリボン付きのメダルをじゃらじゃらと鳴らす。普段は外しているが、先ほどまでの叙勲式出席のため今日はメダルを着けてきていた。

 リザの言葉には『まず基本給をあげろ』という意図が言外に含まれていたことを、イライザは察知するが、返答は変わらない。


「仰りたいことはわかりました。しかし予算が無いのは事実です。無い袖は振れません」

「そーかもしれんけどさぁ」


 と唇を尖らせて不服を述べる。

 予算不足の一因となっている豪雨災害は誰のせいでも無いし、未だに多くの住民が苦しんでいることをリザはよく知っていた。さらにいうと吝嗇家で知られる現大公が、国庫の蓄えを大きく減らしながらも被災者の支援を行っていることもまた、リザは知っていた。

 そんな中で、自分の給与額を上げろと言うのは、リザには些か抵抗もあるが。


「でもそれとこれとは話が違うでしょ」

「勿論です。正当な報酬を支払うことは、正常な経済活動を行う上でも重要なことです」


 はぁーあ、と今度は態とではなく、自然とリザの口から溜息がこぼれた。

 暫しの沈黙のあと、リザは呟く。


「個人研究費だって、大してでないし……」


 リザは力無く膝を折ると、机に腕をおいて俯せになる。


「おかしくない?私は魔術の研究がしたい。成果も出してる。なのになんで技研にばっか予算回すの?」


 先程は上から見下ろしたイライザの顔を、今度は下から覗くように見つめる。


「技研にも席はまだあるみたいですけど……」


 とイライザは少し困ったように呟く。その口調は、どこか同情的であった。


「やだ、二度とあんなとこ行かないから」


 はっきりとした口調だが、どこか弱々しげに響く。

 再び暫しの沈黙が流れ、イライザが口をひらく。


「とりあえず、給与の払い戻しの件はこちらで上長と相談して検討します」

「あと個人研究費のアップと私の基本給アップ」


 リザが早口でまくし立てると、イライザは、


「善処します」


 と苦笑いした。


「で、今月はどうすればいいのさ?」

「うーん、国家公務員には軍部行政問わず無利息で十二万八千円まで貸与出来る制度もありますが、急に働けなくなるなどのリスクを考えるとあまりお勧めしません」


 そっか……、とリザは呟き、うーんと唸る。


「まあ、とりあえず考えてみる」


 結論は出ないが、とりあえず問題を先送りすることにしたリザ。


「大丈夫ですか?」

「うーん、まあしばらくはなんとかなるだろうけど……」


 と曖昧に返答するとイライザの表情がわずかに曇った。

 イライザの感情はあまり表情には出ていないが、リザには自分を案じてくれているように見えた。


「……何かあったら、頼ってください。力になりますから」


 イライザは照れ隠しのように、もう一度眼鏡を外しレンズを吹き始める。

 先程までの冷徹な人物とは違うウェットなイライザの一面に、リザはにっこりと微笑んだ。







「イライザさんって、冷たい人かと思ってました」


 経理部を後にした二人は、広域機動対策部の執務室がある王城敷地内の西区画に向かっていた。王城敷地内は基本的に東区画が行政、西区画が軍部という区分けになっている。軍部より少し奥まった部分に大公の居城があり、叙勲式が行われた謁見の間もここにある。


「まあ誤解されがちだけど、理解のある良いやつだよ」


 隣を歩くフィオにリザがそういうと、フィオは不思議そうに首をひねった。


「……あれ、せんぱいってイライザさんのことよく知ってるんですか?」

「同期だからね、知らなかったっけ?」


 もともとはイライザもリザやフィオと同じく魔術学院の出で、学年はリザと同じである。イライザも宮廷魔術師を目指していたが、夢は叶わなかった。しかし本人の努力が認められ、行政だがリザと同じ年に宮廷に出仕することとなった。


「入った頃は、よく仕事の愚痴とか言い合ってたんだよ」

「……ふーん、そうなんですか」


 リザは懐かしむように語るが、フィオはつまらなそうな反応をした。


「あの子の前だと、つい甘えて愚痴とか言っちゃうんだよね」

「へー……」


 と話しながら、二人はよく見知った扉の前まで来ていた。


「おはよーございます」

「おはようございます!」


 二人が挨拶をしながら入ったのは、広域機動対策部の執務室。経理部の執務室と似たような作りで同じく机が五台ある。書類やら筆記具やらが乱雑に散らかっているのがリザの机で、その向かい側の小さなぬいぐるみや動物の置き物がちょこちょこと載っているのがフィオの机。二つは空きで、リザの隣の机はたまにリザが簡易的な実験や調合をする時に使うため、実験器具やら薬草類などが載っている。

 そして最後の机、窓際の最奥の机には一人の優しそうな人物が椅子にかけていた。


「あーおはよー」


 細い目で柔和に微笑む女性はクレア・レイアといった。リザとフィオが所属する広域機動対策部の部長でもある。


「リザちゃん、今日の叙勲式、すっごくよかったわぁー」


 聴く人を眠たくさせるような、どこかのんびりとした声でリザに声をかけた。


「あー上司としてとっても誇らしかったわぁ、あととっても面白かったぁ」

「……どうも」


 クレアは美しい長い金髪に灰色の眼をした、非常におしとやかで大人しそうな雰囲気を纏っている。見た目からは年齢不詳で、十代にも四十代にも見える不思議な女性だった。

 クレアも宮廷魔術師の正装である深緑のローブを身に纏っているが、彼女は肩のところで留めてマントの様に羽織っている。


「いやーすっごい面白かったわぁ。あんまり面白くてすーぐフィオちゃんに話しちゃったのよー」

「……そっすか」

「そーなのー、すっごい面白くってぇ、ぐーってお腹なった時はみんなぽかーんとして、私もぽかーんとしてたんだけどぉ、そのあとすすーってリザちゃんが下がっていくのがぁ、まぁーおかしくってねぇ」

「いいなぁ、私も見たかったですー」


 クレアは口元に手を当てて笑いを堪える仕草をすると、フィオは羨ましそうにぼやく。


「ほんとうにおかしかったのよ、フィオちゃんにも見せたかったぁ」


 クレアは終始のんびりとした語調で、滔々と叙勲式の話をしている。リザはやりづらそうに苦笑いをしていた。


「……あの、そろそろ仕事の話をしませんか?」

「あー、ごめんねえ、リザちゃん今日も仕事熱心で偉いわぁ」

「……っすね」


 リザはクレアと話すときは大概こんな感じになってしまう。リザ自身はクレアが嫌いではないが、たまにとても話しづらい人だと感じる時があった。


「とりあえず、午前中はこの辺をやってもらってぇ」


 そう言って、クレアは一枚の書類をリザに手渡した。


「近くでご飯食べたら、これね」


 さらにもう一枚手渡す。


「そうそう、時間があったらこっちもお願いねー」


 さらにさらに、もう一枚手渡され、リザは露骨にため息をついた。


「多くないですかね?」


 一言ぼやき、えーっと、と言いながら渡された書類を一枚ずつ確認する。

 その書類は行政側で作成された「国民直訴案件報告」と印字された書類だった。「国民直訴案件報告」とは国民からの直接の苦情や訴えなどを受けて、行政側で作成した書類である。

 本来は行政側で対応するのだが、対応困難な案件に関しては広域機動対策部にこの書類が回ってくる。広域機動対策部の仕事はこの書類から始まることが多い。


「また鼠駆除ですね……」


 手渡された書類を確認したリザは、もう一度ため息をついた。

 リザはここ数日、毎日のように鼠の駆除に追われていた。半年ほど前に王都の北東側が大きな水害に見舞われたのだが、それ以来西側には鼠が大量に出没するようになっている。

 その駆除をどこに任せるかとうことで、便利屋の広域機動対策部がお鉢が回って来ていた。


「もーやりたくないー、って顔してるねー?」

「まあ、そうですね」


 リザは素直に肯定した。

 鼠駆除の作業自体はリザにとっては大したことはない。既に何度も経験している。目撃された箇所に赴き、駆除用の魔術陣が描かれた紙を地面に埋め込むだけ。埋め込んだ魔術陣の近くを鼠が通ると効果が発現し、鼠を瞬時に灰にし死骸も残らないという仕組みとなっている。他の動物や人間が踏んでも発動しないという安全装置も完備している。


「流石に飽きますよね……不衛生だし」


 フィオが背後から同意の声をあげた。

 ここ一週間は気温が下がっているせいか、冬に向けて餌を求めた鼠が元気に走り回っているらしい。そのせいでリザもフィオも、ここ一週間ほどは毎日鼠の駆除作業をしている。

 二人の不満の声にも、クレアは悩む様にうーん、と唸る。


「でもでも、うちがやるのが一番早いんだよね……。効果も出てるっぽいし」


 とクレアはいつもの語調で、困ったように語る。


「……まあ、わかりますけど」


 リザにはクレアの理屈もわかる。他の部署に駆除のノウハウを一から説明するよりも、自分達でやった方が早い。誰がやっても同じなら、一番早い人がやれば良いという理屈もわかる。

 ただ、理屈はわかるが、とても歴代最多叙勲という名誉を受けた人間がやる仕事とは思えなかった。

 露骨に嫌な顔をするリザだが、


「まあ、とりあえず今日はお願いね。明日からはまた考えておくから……」


 ごめんねぇ、と言いながら、困ったような申し訳ないような顔をして、胸の前で手を合わせるクレア。

 リザはおもむろに書類に目を落とし、字面を追う。それだけで実際に困っている人がいることが脳裏に浮かぶ。


「わかりました」


 リザは承諾して頷くしかなかった。

 リザは再度ため息をついて、ローブに付けていたメダルを一つずつ外しローブの中にしまった。







 いわゆる宮廷魔術師と呼ばれる軍部所属の魔術師達にも、魔術研究をする機会が無いわけではない。どころか、魔術研究といえば軍部にも「魔法技術研究部」という魔術の研究を専門に行う部署もある。

「魔法技術研究部」といえば、国内で最大の魔術研究機関であり、内部、外部の人間が入り混じって高位の魔術研究が行われている。

 実はリザが魔術学院を卒業した後、宮廷に出仕するときには、その魔法技術研究部に所属していた。

 リザは魔術学院生時代からすでに名の通った魔術研究者で、鳴り物入りで魔法技研に配属された。のだが、二年ほどでヅルギスという上司と対立してしまい技研を辞めた。

 技研を辞めた時の評判から、迎え入れたいと手を挙げてくれた部署が広域機動対策部しかなく、リザは仕方なく広域機動対策部に所属している。

 リザは広域機動対策部に来てからは、研究は専ら自らの余暇の時間を使って行うようになった。

 仕事終わりや休みなどに論文を読んだりをしているが、技研に居た頃に比べれば、遥かにペースは落ちている。

 かと言って揉めて辞めた技研に戻る気もせず、広域機動対策部に所属しながら研究を続けざるを得ない状況だった。


「はぁーあー」


 と、リザは深い深いため息をついた。


「しぇんぱい?」


 フィオがパンをかじりながら訊ねる。

 二人は別々に最初の仕事を片付け、街の中央部にある広場で合流してから遅めの昼食をとっていた。夏が終わってから、ここ数日急に冷え込んできており、寒風が身に染みる。夏にあれだけ鬱陶しかった深緑色のローブか今は有り難い。

 本日の昼食は、広場近くの商店街にあるパン屋のホットサンド。フィオの贔屓にしているパン屋で、フィオは朝食や夕食もそこのパンを食べているとリザは聞いたことがある。


「大丈夫ですか?」


 パンを飲み込み、フィオは訊ねる。

 リザはどこか虚ろな表情で手元を見つめていた。


「……ねぇ、フィオ」

「はい?」

「パン屋の看板娘って、二十五でも大丈夫かな……」

「せんぱい、まさか……」


 リザの手には、先程パン屋で貰った小さな紙片が握られている。新商品やお勧め品の情報が載っている端に、『看板娘募集!』の文言が踊っていた。


「この時給、国家公務員の私の時給より高くない?」


 時給、900円。昇給あり。


「せんぱい、落ち着いてください。学生時代あんなに宮廷魔術師になりたいって言ってたじゃないですか」


 フィオが珍しく焦ったような早口で語る。


「こんな鼠退治ばかりやらされるのが、私の憧れていた宮廷魔術師だったのか……」


 リザはさらに深くため息をついた。


「いつか回復魔術が実用化される日が来るのだろうか……」


 回復魔術はリザの最近の研究分野である。


「せんぱい、元気出してくださいよぉ、良い感じのチーズのとこあげますから」


 フィオは持っていたホットサンドを一口分千切ると、リザの口元に差し出した。ちょうどチーズが溶けており、僅かに白く湯気がたっている。


「はい、あーん」


 リザは無言で差し出されたホットサンドを口にする。フィオの指先が僅かに唇に挟まれるが、とくにリザは気にしなかった。


「まあ看板娘は冗談でも、どこか民間で研究職募集してるとこ無いかねぇ……」


 リザが呟きちらりとフィオを見遣ると、フィオは先程までパンを持っていた指を眺めている。


「あ、ごめん、涎ついた?」

「い、いえ!大丈夫です!」


 フィオが慌てて否定するので、リザもそれ以上は気にしない事にする。

 一通りホットサンドも食べ終わり、リザは腕をあげて屈伸をする。


「じゃあ、午後も頑張りますか」


 嫌だけど、とは思ったが、口には出さなかった。







 その人の顔を見たとき、予感があった。


(……そうか)


 諦念に呑み込まれながら、リザは歩みを緩めた。


(やっぱり、もう駄目、か……)


 今や陽はすっかり落ちてしまっている。

 鼠駆除を一通り終わらせ、その後は二人で広域機動対策部の執務室に戻り報告書を作成した。終業時間を告げる鐘は随分前に鳴っていたが、それでも報告書の作成が終わらずいつもの様に残業をした帰り道。

 昼間と比べると気温も下がり、魔術灯の揺れる帰路を、疲れた足を引きずる様に動かして帰ってきた我が家。

 正確には、下宿先の共同住宅。

 戸建ての住宅をいくつかの部屋に区切り、部屋ごとに賃貸に出すいわゆるアパートメント。

 リザは公国立魔術学院を卒業後、寮を出て国家公務員として働きだした頃からこのアパートメントで一人暮らしをしていた。

 玄関前の小さな段差を登り、装飾の彫り込まれた両開きの玄関扉をくぐったところ、二階まで吹き抜けとなっている大きなエントランスにてその人物の顔が見えた。どうやらリザを待っていたらしく、リザの顔を確認するとその初老の女性は片手をあげた。


「リザちゃん、お帰りなさい」


 見た目は初老といったくらいの年齢で、シックな黒のワンピースに大きめの白のストール、白と黒が半々といった髪を綺麗に後頭部あたりでシニヨンにしている。


「ええ、どうされました?」


 どうされました、などとごまかしては見たものの、リザには要件はわかっている。


(家賃……か)


 女性はこのアパートメントのオーナー。つまりリザにとっての貸主にあたる。定期的にアパートメントに顔を出しては家賃の徴収をしていく。

 ただ、リザにはお金がなかった。


「あの、今月のお家賃なんですけどね……」

「……ですよね」


 リザは笑顔で接する。余裕のない時ほど余裕のある振りをするのが、二十五年の人生でリザが身につけた交渉術だった。

 ただし笑顔は引きつっているが。


「すみませんが、もう少しお待ちいただけますか。手違いがありまして、今月の給与が一部しか渡されていないのです」


 嘘は言っていない。少なくともリザの視点からは嘘ではない。


「……あのね、リザちゃん、とっても言いにくいんだけど」

「はい、なんでしょうか」

「リザちゃん、もう三ヶ月分払ってないわよね?」

「……そうですね?」


 リザの家賃が払えなくなるのは、なにも今月に始まったことではない。先月は支給されている魔術研究の費用が足りず、仕方なく自腹を切ったせいで家賃に回せなくなったし、先々月は資料用の実験動物を購入したせいで家賃が払えなかった。


(まずい、忘れてた。なんとかしないと)

「えーーーっと、そうですね……」


 なんとかこの場を乗り切らないと、と考えているが、全くアイデアは出てこない。


「申し訳ないです、ちょっと、来月までは、払えそうに無いです……」


 リザはもはや交渉術など無い力技に出る。素直に謝り倒してなんとか同情してもらおうという考えである。


「本当にすみません!半年前の水害の影響もあって研究費も絞られてまして、自腹を切らないとまともに研究も出来なくて、でもそのおかげでこうして金梟褒章も頂いていて……」


 とローブの下にしまっていた、梟の象られたリボン付きのメダルを出す。大公から賜った時は随分立派に見えたが、ここでは幾分か小さく見える。


「あの、それで、最悪これを担保にしてお金にしますので……」


 メダルは純金製で、鋳潰せばそれなりの金額になるはずと踏んだリザはそう提案した。そんな事がバレたら恐らく懲戒免職ものだろうが、リザにとってそれは仕事を辞める良い機会のように思えてしまった。


「ああ、いいのよ、そんなことしなくても……」

「いえ、必ずお支払い致しますので……」

「ううん、いいのいいの、こういうトラブルはよくあるしね」


 オーナーはにっこりと笑う。


「だから、三ヶ月分のお家賃はもういいから、出て行ってもらえるかしら?」

「……あの?」

「ここ、お城からも近くて結構人気なのよね。入りたい人も多くてね、だからまあ、すぐにとは言わないけど二、三日以内に出て行ってね」


 一方的に早口で捲し立て、じゃあねと言ってオーナーは出て行く。

 何が起きたか理解できないまま、リザはオーナーの後ろ姿を見送ってしまう。


「……え、まじか」


 やっとそれだけ呟いたのは、一人残されてから数十秒後のことだった。







「……え、まじか」


 疲れて潜り込んだベッドの中、再度同じことを呟いた。その日の夜は眠れなかった。







「相談がありまして」

「聞くよー、どうぞ?」


 翌日、広域機動対策部執務室。始業前に、リザは濃いめの隈を付けた目をこすりながらクレアに相談を持ちかけた。いつもの様に深緑色のローブを羽織り、クレアの執務机の前に立ち、乗り出す様に両手を机についている。


「あのですね、実はアパートメントを追い出されまして」

「……あー」


 何を言っているのかよくわからない、という表情のクレア。そーだよなぁ、と思いつつリザは簡単に説明する。


「実は、家賃を三ヶ月分ほど滞納してしまいまして」

「……あー」


 二度目の『あー』は『この娘ならやりかねないなぁ』というニュアンスを含んでいた。若干不満を覚えたリザだったが、話が早いからいいかと諦めた。


「それで、今すぐに住めるところを探してまして」

「……うーん、そっかぁ。うーん、そうねぇ」


 腕を組んで唸るクレア。

 リザにとってクレアの反応は悪くなかった。あまり仕事以外の相談はしないが、クレアはもともととても面倒見のいい人で、技研を辞めた後、行き場の無くなったリザを拾ってくれたのもクレアだった。


「どこか知りませんか?安くて近くて今すぐに入れるアパートメント的なやつ」

「……ここ泊まる?」


 クレアは床を指差す。


「ここならタダだし近いよ?」


 クレアは『ナイスアイデアじゃないかしら?どう?これ以上無い完璧な回答でしょう?褒めて?』とでも言いたげな表情だったが、その表情にリザは辟易とする。


「いや、あの、出来ればそれは避けたくて」

「えー、なんでぇ?」


 不満気な声をあげるクレア。


「いや、職場に泊まると仕事とプライベートが上手く分離出来ず、メリハリのついた生活を送れないのではないかと思いまして……」


 本音を言うと、


(職場に泊まると朝から晩まで仕事させられそうだから嫌だ)


 だったが、そちらは心の奥にしまっておいた。


「そう?まあ、でも仕事とプライベートのメリハリは大切よね」

「そうですね。まあ、ここに泊まるのは最後の手段にしたいです」


 とリザはいったが、二人ともさてどうしたものかと悩み始める。


「あの……」


 そんな折にリザの背後から声をあげたのはフィオ。執務机にかけたまま、顔だけリザの方を向いている。


「そういうことなら、うちに来ませんか?うち結構広いんで」


 とフィオは提案する。


「え、いいの?」

「ええと、勿論です」


 フィオは若干引きつった笑顔を見せる。


「あ、やっぱりやめとく?」

「なんでですか!?」


 かたん、と椅子を揺らし立ち上がるフィオ。その勢いに若干後ずさる。


「え、ごめん、なんか嫌そうな顔してたから」

「いえ!嫌じゃないですから!」


 前のめりで机に乗り出すフィオに戸惑う。


「うーん、結構長いことお世話になっちゃうかも知れないけど、それでも?」

「勿論です!何日でも何年でも!」


 と、まあ色よい返事を貰ったリザだが、またしてもうーんと顎に手を当て考える仕草をする。

 リザの個人的な悩みごとは、もともとフィオに相談することが多い。

 ただしお金に関しては別だった。フィオは国内でも五本の指に入るほど大きな所領を任されている貴族の一人娘で、仕送りも随分とされているらしい。

 フィオにお金に関することを相談すれば、


『じゃあ私がなんとかしますよ』


 と言われそうで嫌だった。後輩になんとかしてもらうのは、先輩としてのプライドが許さない、とリザは思っている。

 とは思いながらも、あてがないのは事実だった。少なくとも次に住むところが見つかるまでは、どこかにお世話にならなければならない。

 フィオならばよく知っているし、信頼している。今回のイシューに対して、リザとしては理想的な解答だった。

 プライドと現実の板挟みに悩んでいるリザを見兼ねたのか、フィオが声を掛ける。


「あー、せんぱい?私もちょうど独りで寂しかったので、来ていただけると嬉しいなー、なんて……」

「……ごめん、ありがと」


 リザの悩みを的確に把握し、最適なフォローを出すフィオに感謝したうえで、フィオの好意に甘えることにする。


「じゃあ今日から暫く厄介になっても良い?」

「はい!」


 フィオは楽しそうな笑顔を見せながら、再度椅子にかけ直す。


「あ、部長も相談に乗っていただいてありがとうございました」


 と、リザは振り向いてお礼を口にすると、クレアは手を勢いよく横に振る。


「ううん、いいのいいの。あー、よかったわぁ。いやー本当によかったー」


 何故かいつもよりだいぶ早口で、何故か顔が上気している。

 なんだろうかと訝しんだものの、背後から話しかけられ思考は中断する。


「せんぱいせんぱい、今日はご飯一緒に作りましょうよ。ぜったい楽しいですよぉ」


 と、無邪気にフィオは笑った。


「なにか食べたいものありますか?」


 リザは尋ねられて少し考えてから呟いた。


「うーん、寒いし温かいもの食べたいかなぁ」

「あーいいですねぇ……」


 リザとフィオは早速晩御飯のメニューについて話し始める。

 その様子を見て、クレアはひとり、どこか意味深長に微笑んでいた。




「じゃあ今日はー、この辺からやってもらおうかなぁ」


 始業時間となり、クレアはそう言うとリザとフィオに一枚の書類を手渡した。

 その書類はいつもの「国民直訴案件報告」ではなく、「法令遵守学習要旨」と印字されている。


「……なんですか、これ?」


 リザは書類に目を落とす。

『本来国民の規範たる我々公務員において、法令を守るという行為は国民からの信頼を得る上でも重要であることは言うまでもないことであり、その重要性は一般国民の比ではなく』と、リザはそこまで読んで書類を丸めたくなった。


「んー、よくわかんないんだけど、最近多いらしいのよ。公務員の犯罪」

「へー、そうなんですねぇ」


 怖いなぁと、フィオは呑気に答えている。


「だから、そんなことしないように、よーく教育しなさいって総務部から通達があったのよねぇ」


 クレアは頬に手を当ててため息をついた。


「だから二人とも、面倒かもしれないけどそれ読んでからサインして提出してくれる?」


 よく見ると書類の最下部に『内容を確認し、理解したことを誓います』に続いてサインを記入する箇所がある。読んだことを示すためのものらしい。


「確かに、面倒ですね。なんでまた急にそんなことさせるんですか?」


 リザは苦々しい顔で不満を口にするが、その様子にクレアはため息をつく。


「……家賃の滞納とかもさせないようにって、釘を刺されたのよね」

「あー……」


 と得心したように声を上げ、ちらとリザを見遣るフィオ。

 リザは初老の女性オーナーの顔を思い浮かべる。もしかしたら、彼女から行政の方に苦情が入ったのかもしれない。


「……すみません。よく読んでおきます」


 自身の非を認め、リザはおとなしく、丸めてしまおうと思った書類に再度目を落とす。「不正のトライアングル」の解説や「事例紹介〜新人公務員Aさんの場合〜」というコラムが載っている。


「さて、本業はこっちー」


 そういって、クレアはさらにもう一枚書類リザに手渡す。今度こそ「国民直訴案件報告」のようで、フィオも横から覗き込む。


「んー、空き家の調査ですか」

「そうなのー、鼠駆除に嫌気がさしたリザちゃんへのプレゼントだよ?」


 楽しそうなクレアにリザは苦笑して、書類に目を落とす。

 王都の端に数年前に住人の死亡に伴い空き家になった家があるが、気味が悪いし、ガラの悪い連中が住み着いたら周辺の治安にも影響しそうなため、権利者を探して適正な対応をとってほしい、といった旨の内容が書類には書いてある。


「なんですかこれ?完全に行政の仕事じゃないですか」


 書類を読んだリザは、思ったことをそのまま口にした。広域機動対策部に持ち込まれる仕事は武力、あるいは魔術・魔法技術的な介入が必要な仕事が持ち込まれる。書類を見る限りは、とてもそういった類いの物には見えなかった。

 ん、とリザは書類の一箇所に目を止める。


「それに、随分前の依頼みたいですけど」


 書類の作成日を見ると、実に一年前だ。


「そーなの。あんまり緊急性の高い依頼じゃなかったからぁ、行政の方でも長いことほっといたらしいのよねぇ」

「はぁ」

「それがぁ、ここに来てぇ、なーんか変な動きがあったらしいのよねぇ、なんだと思う?」

「……わからないです」


 クレアらしい問いかけに、リザは慣れた様子で苦笑いしている。


「それがぁ、なんか最近変な人が住み着いちゃったっぽい?らしいのよぉ。夜に明かりがついたり物音がしたりしてるらしいの」

「……なるほど」


 と、リザは得心がいった様子で頷いた。書類に書いてあった危惧が顕現してしまったということらしい。


「とりあえず中に誰か住んでないか確かめてぇ、危なそうな人なら住居侵入の現行犯とか適当なこと言って拘束して良いんだってー」

「……はぁ、了解です」


 なんとも曖昧な指示だが、それくらいの方が却ってやり易いだろうとリザは考える。


「私も一緒にです?」


 とフィオが後ろから声をかけた。


「そーだねぇ……、他のお仕事もいっぱいあるけど、危険度が読めないから一緒に行って来てくれる?」

「了解です!」


 とフィオは嬉しそうに笑った。

 こういう時のクレアの判断は正しいことが非常に多いとリザは感じている。普段はおっとりしているように見えるが、軍部の部長職につくような人間はどこかで優秀な部分を持っているらしい。


「とりあえず今日のお仕事はそれだけ、終わったら一旦報告に帰ってきてね」

 了解しましたとリザはクレアに向かって答え、


「じゃー早速行きますか」

「はーい」


 とリザはフィオに声をかけた。







 件の空き家に到着したときには既にお昼を過ぎていた。


「さて、どうしよっか」


 ぐるりと家の周囲を見て回った。王都城下町の西の外れにある家屋で、周囲には他にもぽつぽつと家はあるが住んでいる人間がどれほどいるかはわからない。二階建ての家で敷地はさほど大きなくはないが、家の前には小さな庭がある。現在は雑草が伸び放題となっているため、通報通りやや気味の悪さをリザは感じていた。


「確かにちょっと不気味ですね」


 同じ事を考えていたのか、フィオが呟く。


「こういうのが治安に影響するらしいからね、窓は割れてないけど」

「お、それ知ってますよ。割れ窓理論ですよね。誰かが何かの時に言ってました」


 フィオは楽しそうに同意する。誰がどんな時に言ったのかは、リザにも全く思い出せなかった。

 外から確認した限りでは生活感がなく、窓枠に汚れが溜まっていたりしたが、特段これといって変わった様子は見受けられない。どうしたものかと二人で次の一手を考えていた。


「とりあえずノックですかねぇ?」

「そーね、ちょっと後ろで警戒しといてくれる?」

「はーい」


 フィオは少し後ろに下がり待機する。それを確認してからリザはどんどんと強めにノックした。


「すいませーん、誰かいますかー」


 と、やってはみたものの反応はない。

 リザはおもむろにドアの取っ手に手をかけると、かちゃりと開いた。鍵はかかっていないようだ。

 後ろに待機するフィオに目配せすると、こくこくといった様子で頷いている。開けてみましょう、の意思表示だとリザは受け取った。

 ドアノブを回したまま扉に体重をかけ、ゆっくりと開く。きぃーと鳴りながらドアは開いていく。

 警戒しながらドアを開け、中の様子や扉の裏を確認する。玄関からはまっすぐに廊下が延びており、その先にはさらにドアが見えた。外からの見た目通り、埃まみれでカビの臭いが充満している。

 暗い室内をリザが内部をよく観察すると、埃の上に小さな足跡があることに気づいた。足跡は廊下の奥のドアまで点々と伸びている。


「どうですか?」


 後ろで待機するフィオが声をかける。


「確かに古いけど、最近誰か使っているのは確かみたい」


 リザは足跡の大きさから、どうも小さな子供か動物の類ではないかと考え、危険は少ないと判断した。


「すいませーん」


 ともう一度大きな声をかけ、リザは侵入を試みることにした。

 ドアを一番奥まで開け、玄関に足を踏み入れる。リザの鼻は一層のカビ臭さを感じ取った。


「ちょっとここで待機して」


 そうフィオに告げると、リザは足跡を追うように躊躇なく奥へと進んでいった。一歩ごとに、ぎしりぎしりと床鳴りの音がしているが、気にせず奥へ進んでいく。

 廊下の奥のドアの前まで来ると、リザは一度耳をそばだてた。中からは物音が聞こえるが、何が起きているかは判断できない。

 リザはドアノブを回し、一気呵成にドアを蹴り、中の様子を確認する。

 その光景は、少々現実離れしたものだった。

 ひとりの幼い少女がいた。

 その少女は、浮いている。

 それも、眩いばかりの光に包まれて。

 それは、神々しくもあった。


「まじか……」





「えー、どうしよ……」


 とリザは呟くと、少し観察する。

 まだ五、六歳くらいの、ボロを纏った銀髪緑眼の少女がそこにはいた。床から脛くらいの高さに、どんな手品かわからないが浮いている。

 光源が何処なのかわからないが、カーテンの閉まった薄暗い室内で後光のように光を放っていた。

 少女は正気の無い無表情で、両の眼はリザを観察する様に瞬き一つしない。整った顔立ちはまるで作り物のようで、光を放ち宙に浮いている状況を考えると、何かの人形劇のようにも見える。


「せんぱーい?」


 部屋の様子が気になったのか、背後からフィオの声をかけた。リザは少女から目を離さないまま、


「ちょっと来て」


 とフィオを呼び寄せた。


「うわ、なんですかこれ」


 床を鳴らしながら走ってきてフィオが、リザの背後から部屋の中を観ると第一声をあげた。


「女の子ですかねぇ?」

「……そうなんでしょうけど」


 それ以上は何もわからない。なんらか魔術的な作用が働いていることは間違いなさそうだ、とは感じたがそれ以上は謎だらけ。


「……こんにちわ」


 とりあえず、リザは声をかけたが、少女に反応はなく、黙ったままリザを見つめている。


「どーしよ」

「近づいてみます?」


 ……そーね、と呟きリザは一歩少女に近づいた。ぎしりと床が鳴り、抜けそうなほど床板が軋んだ。

 少女の様子は変わらず、反応はない。リザは少女から目を離さないまま、もう一歩近づいた。

 ぱきん、とガラスが割れるような音がリザの足元から聞こえた。何かを踏んだ感触にリザが足元を確認すると、足の下に割れた手鏡が落ちていることが確認できた。


「せ、せんぱい……」


 わずかにリザが目を離した瞬間に、周囲に手のひらくらいの炎の球のようなものが浮いている。


「嘘……」


 一つ二つではなく、十五から二十程度だろうか。部屋のあちこち、高さもまばら。何をするわけでもなく、ただ浮いている。


「これ、まずいですよね」

「大丈夫、人間なら話が通じるでしょ」

「人間、ですかね?」


 リザの知識の中に、このようなことが可能な魔術は存在しない。小さな炎を生み出す魔術は、各家庭で誰もが使えるように小型化された発火機が市販されている。いるが、起動にはいくつかの条件を付けるよう法律で定めらているし、実際に魔術の起動には呪文を唱えるとか、魔法陣を描くとか、手で触れるとかなんらかの予備動作が必要になる。


(あとこれだけの数……、エーテルは?)


 魔術が顕現するにはエーテルと呼ばれる物質が必要とされる。エーテル自体は空気中や水中に無数に漂っているとされており、また、生物にも体を入れ物のようにしてエーテルは体内に溜まっているとされている。

 小型発火機は使用者の体内のエーテルを利用する設計のものと、空気中のエーテルを利用する設計のものの両方が存在する。


「計測」


 とリザは唱えると、中空に掌サイズくらいの光球が三つと、指先くらいのサイズの光球が二つ浮いた。『計測』は周囲のエーテル量を測るための魔術である。リザが学生時代に開発し、それにより初めての銀梟褒章を手にした。


「普通ですね……」


 結果を見たフィオが呟いた。

 光球が霧散し、やや当てが外れた様子で、


「そうね」


 と言ってリザは考え込むように顎に手を当てた。

 手のひらサイズの炎を十五も出すには、かなりの量のエーテルが必要になるはずだとリザは踏んでいた。多量のエーテルを使えば、当然その周囲はエーテルが失われて一時的にエーテルが薄い状態となるはずだが、『計測』の結果を観るとどうもその様子はなさそうだ。


(まさか体内エーテル?こんな容量のある人間いるの?)


 体内エーテルの容量には個人差が大きい。大きいが、しかしこれだけの量となると、常人の七、八人分くらいが必要なはずだとリザは見積もった。


「どうなってんですかね……」


 珍しく狼狽したような後輩の声に、リザは力強く声をかける。


「大丈夫、敵意はなさそうだし、私がなんとかするから」


 あまり根拠のない言葉に、リザは少しだけ学生時代を思い出す。フィオと二人、学院を抜け出した先で魔獣に襲われた時のことだ。


(あの時も、こんなこと言ってったっけ)


 少しだけ郷愁に思考を取られながらも、目線はしっかりと少女を見据えている。


(……震えてる?え、泣いてる?)


 よく少女を観察していると、わずかに肩が震えており、目元には涙が浮かんでいるように、リザには見えた。


「ねえ、大丈夫?」


 そう声をかけ、一歩近づく。


「こないで」


 その瞬間に無表情のまま少女は呟いた。

 周囲に浮かんだ火球は瞬時に二倍三倍と量を増やす。

 リザは踏み出した足を下げる。後ずさるが、すぐに少女の様子がおかしなことに気付く。

 少女を包んでいた光は失われ、人形の糸が切れたように、どさりと地面に落下した。

 薄暗い室内でもはっきりとわかるほど、少女の顔色はおよそ人間とは思えないほどに白くなっていた。ぐったりとした様子で目を閉じ、一見すると意識が無さそうにも見えた。

 リザは何が起きたのか一瞬理解できなかったが、過去の経験からすぐに思い当たった。

 リザは少女に駆け寄ると、少女の体に覆いかぶさるように自身の体を寄せ、背中に手を回し抱き寄せた。


「え、せ、せんぱい??」


 フィオは混乱している様子で近づいてくる。周囲の火球はすでに霧散していた。


「多分エーテル浸透が起きてる。このままだと中毒になっちゃう」


 言いながらリザは抱き寄せる腕にぎゅっと力を込める。

 エーテルは、基本的に濃度を一定に保とうとする動きがある。失ったエーテルがあれば、その周囲から少しずつ流れ込んでいくような動きを見せる、と過去の研究結果で証明されている。それは体内のエーテルも同じで、体内から大量のエーテルが失われた時、空気中のエーテルが体内に流れこもうとする。これがエーテル浸透と言われる現象である。

 しかし、体内のエーテルと中空のエーテルでは性質が異なるらしく、大量の中空のエーテルが一挙に体内へと流れることで体調不良や悪くすると死に至ることがある。それがエーテル中毒と呼ばれている。


「ほら、フィオも、背中の方抱いてあげて」


 リザは少女の体を抱き上げ、あぐらをかくような格好になり、少女の体を自分の体に密着させる。


「え、あ、失礼します……」


 フィオは少女の背中側に回るとリザと同じように少女の背中に覆い被さり、リザの背中まで手を伸ばした。

 エーテル中毒を防ぐための応急処置として、中空のエーテルを体内に流さないようする方法がある。それは別の生物と密着することで、体内エーテル同士で濃度を調整する方法である。今回のようにエーテル不足に陥った少女の体に密着することで、リザやフィオの体内エーテルが少女に流れ、中空のエーテルの流量を下げることができる。その後、三人の体に徐々に中空のエーテルが流れ込み、通常の状態に戻っていくことになる。

 現在は二人の体内エーテルを少女に分け与える様、床に腰掛けたリザとフィオが抱き合い、その間に少女が挟まれる様な格好となっている。


「ちょっと、恥ずかしいです……」


 フィオは上気しながら呟く。


「人命救助だから、我慢して」

「あ、いえ、その、我慢というか」


 フィオは何やら言い淀み、リザの背中に回した手を一層強く抱き寄せる。


「……なんでもないです」


 そんな様子で廃屋の埃っぽく薄暗い室内にて、しばらく三人で抱き合っている状態が続く。


「あったかい……」


 意識を取り戻したのか、少女がそう呟いた。

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