アレイスター・テイル

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ

第1話  アレイスター・テイル

1-1

 北燕町、五月十日――――


「この辺りか……」


 夜の街を少女が宙に舞っていた。


「――――近くから魔力を感じる……」


 牙を向いた力は審判を下される――――


     ×     ×     ×


 北燕町、五月十一日、午後六時半ごろ――――


「おい、てめぇ! 俺達に喧嘩売って勝てるとでも思っているのか? 何を企んでいやがる? 死にてぇのか?」


 男たちは一人の男子高校生を囲んでいた。


 一ノ瀬和哉いちのせかずや、十五歳――――


 黒髪のどこにでもいそうな高校生――――


 だが、今は柄の悪い男たちに囲まれている。理由を説明すると、長くなる。


「なんとか言えや、この野郎!」


 耳にピアスを付けた顔のダサい男が殴り掛かってきた。


 それを一ノ瀬和哉は、綺麗に右に避けでそのまま顔面に肘内を一発入れる。


「ぐはっ!」


「え、ああっ!」


「お前、何してくれているんだ?」


「おいおい、こいつはやべぇぞ……。これは皆で囲んだ方がマシだ」


「逃げた方がいいんじゃないのか? 俺達までやられちまうよ?」


 仲間の男たちは、和弥に怯えて逃げ腰になっている。


「あーあ、情けねぇ……。そっちが喧嘩売ってきたのに逃げ腰になってるんじゃねーよ?」


 男たちに蹴りを入れ、拳で殴り掛かる。


「なぁ、俺がなぜ起こっているのか分かるか?」


 和哉が睨みつけると、男たちはびくっ、背筋が凍り付く。


「じゃあ、これは一体何でしょう?」



 と、自分が持っていた空のペットボトルを見せた。


「ええと、あんたが飲んでいたペットボトル?」


「ああ、そうだよ! 今月小遣いピンチの中で命を懸けて買ったお気に入りのジュースだったんだよ!」


 そう言いながら、右手の拳であごを狙ってアッパーパンチを入れる。


 和哉はキレたまま、もう一人の男を睨みつけて近づいてくる。


「俺に代金さえ返してくれれば、今回は見逃してやる。さあ、どうする? 返すのか? それとも返さないのか?」


 男は和哉にびびって、後退りする。


「わ、分かった。分かった! これでいいんだろ? す、すみませんでしたぁあああああ!」


 男は和哉にお金を渡し、仲間の二人を連れてこの場からすぐに姿を消した。


 一人になった和哉は、「はぁ……」と溜息を洩らし、空になったペットボトルを近くのごみ箱に投げ捨てた。


 受け取ったお金は自分の学ランの左ポケットに入れて、再びオレンジ色の夕日の方へと歩いて行った。



 和哉かずやの実家は、普通の家で父親は小説家である。


 推理小説からファンタジー小説まであらゆる分野で活躍しており、世間には顔を出さない謎に包まれた小説家である。


「げ、もう六時半過ぎているんじゃねぇーか……」


 玄関の前で腕解けを確認してから家の扉を開けた。


「ただいま……」


「おお、今頃になって帰ってきたか。遅かったな」


 眼鏡をかけて古い着物を着た男が腕を組みながら和哉を出迎える。


「今日は何処で寄り道をしてきたんだ? ゲーセンか? それとも図書館か?」


「本屋だよ。悪いか? 欲しい本が今日発売日だったんだよ」


「で、俺の本どうだった? 書店のどの辺に置いてあったんだ? その本屋は何処の本屋だ?」


 男は和哉との距離を縮めて、顔がすぐに目の前にあった。


「顔がちけぇーよ! そんなに知りたかったら自分で身に言ったらどうだ? この馬鹿親父!」


「馬鹿とは何だ! 親に向かってその言い癖は! 俺は有名人だから見に行けねぇ―んだよ?」


「自分は顔出しや名前もメディアに出してないから大丈夫だろうが! あんたが店に行ったところでバレねぇーよ?」


「俺のプロ作家のプライドがある!」


「どんなプライドだ?」


 帰ってきて早々、和弥と男は癒えの中の玄関で口喧嘩が始まった。


 男の名前は一ノ瀬正義いちのせまさよし。和哉の父であり四児の父親である。歳は今年で五十歳。プロの作家になってから二十年経つ。色々と謎の多い父親であり、家族は誰も彼の過去を知らない。


「お兄ちゃん、お父さん。ご飯だよ! そんな所で喧嘩している暇があったら早く来たら? 料理冷めちゃうよ!」


 リビングの方から少女の声が聞こえた。


「フユ。あの二人に関わらない方がいいよ」


「そうだね、ナツ。フユ、このおかず何?」


 ほかの二人は先も席についており、男二人を待っている。


 二人は『フユ』と呼ばれる少女に言われて、しぶしぶリビングにやってくる。


「兄ちゃん、父さんは馬鹿だからしょうがないよ。いつもの事じゃん。それよりも腹減った……」


 ナツは箸を持ちながらイライラしている。


「和兄ちゃん、ナツの言う通りだよ。それよりもご飯にしよう」


 アキは、欠伸をしながら口を手で覆う。


 彼女たちは、和弥の三つ子の妹達である。長女が夏実なつみ、次女が秋菜あきな、三女が真冬まふゆと、春夏秋冬の名前が入っている。


 もし、もう一人女子がいれば『春』の名前を入れていたのだろう。


「それにしてもいつも思うんだが、うちの食事の時間帯って結構、むらがあるよな」


 和哉は、リュックサックをソファーにおいて、食卓に並んである料理を見ると、自分の席に座る。


「ふむ。今日も素晴らしいく、美味しそうな料理だな。真冬、料理の腕上げたんじゃないのか?」


 正義は手を合わせた後、自分一人、真冬が作った料理を食べ始める。


 他の三人も真冬の作った料理を食べ始めた。


 一ノ瀬家は母子家庭ではなく父子家庭である。


 真冬を生んだ後、和弥の母親は幼い子供たちを残して亡くなったのだ。それ以来、正義が四人の子供たちをこの手で育ててきた。


「親父、そう言えば今度学校にお金を持っていかないといけないんだが、後でプリント見せるから頼んだぞ」


 そう言って和哉は野菜から食べ始めて、その後にみそ汁、おかずとご飯を同時に食べ終わると、席を立った。


「ごちそうさま。俺、部屋に戻るから風呂の時間になったら呼んでくれ」


「あ、ちょっと待って、お兄ちゃん。デザートのケーキはどうするの!?」


 真冬が訊ねる。


「後で食べる、だから取っといてくれ!」


 和哉はそう言い残すとリビングから姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る