FIERY BRIDE ~焦熱の花嫁~
神代零児
第零話 自己紹介はベッドの上で
「そうやって良い声で鳴いてる方が、アナタをより魅力的に感じていられるわよ」
このラブホテルの室内で今、軋むベッドの音と、私の下で
「うあっ! そん、な激しくされたら、も、もう――!」
男と女がお互い裸で腰と腰とを密着させれば、必然的に陰部同士は結合する。
男と女だからこその結合の形、そこから生まれる快楽が私は好きだわ。
男はガッチリ目の体格でそこそこ良い見た目をしている。そんな彼が私の下で、懇願するような表情をしている。
きっと私の腰の動きに依って引き出された彼の隠れた顔で、普段は他人に見せないであろうその顔を、私にだけ向けていてくれる。
こういう時に私は、男を狩って良かったなとそう思う。
「……何かしら。ごめん、私は馬鹿だからはっきり言葉に出して貰えなきゃ分からないの」
私は今、嘘を吐いている。私は決して馬鹿な女じゃない。
私は他の女に比べればあまり嘘を吐かない方よ。嘘は、嫌いだから。
でも相手が心に抱いている、私にとって肝心となる真実を引き出す為の嘘ならばしょうがないと思ってる。
「は、はっきりってぇ、なにを?」
間の抜けたような男の問いに答える前に、私は自分の手を彼の堅い胸板へと押し当てた。
「もう――、の、後よ」
掌を開いて、でも全部はくっ付けなくて、指は微かに曲げては伸ばしを繰り返して指の腹で彼の胸を愛撫する。
「く、くふぁっ!」
男も胸には性感帯が通っているわ。それを優しく刺激しながら、私は笑う。腰の動きは若干スローリィになってたかもしれないわね。
「しっかりして。アナタ、そんな弱い男なの?」
こんな生殺しの攻めに簡単に翻弄されちゃってさ。まるで私がいじめてるみたいじゃないの、もう。
私が今困ったような気持ちになってるのは本当よ。例えイク手前まで来ていた相手を寸での所で止まらせていたって、決して相手が苦痛を受ける様を見て悦ぶ女なんかじゃないもの。
「だってあんた、う、
ああ、自己紹介が遅かったかもしれないわね。
私は
二十四歳、ニホンじゃそろそろ女として落ち目だと言われ始める頃かしら?
赤みがかった茶色のストレートミディアム・ヘアで百六十三センチのモデル体型。
ルックスはそうね、キリッとした瞳が表情豊かでとてもエロいと女友達に言われた事が有るし、微笑んだ時に薄めの唇がキラッと艶めくのがとてもエロいと別の女友達に言われた事も有る。
胸は愛らしく小ぶりでピンと張った膨らみを持っている。将来垂れるリスクは少ないし、何よりも触れた時の反応で相手を悦ばせてみせる感度の良さが強みだわ。
それでも外見だけじゃなくて何か特技の一つでも持ってなくちゃあ、いつか男にも相手されなくなってくなってそう思ってる。
仕事が恋人だとか、もう既に結婚を視野に入れての付き合いがあるとかなら、まあ問題無いんでしょうけど、生憎私はそのどちらでもないから。
――ごめん、少しだけ待って。一度手の指を口元に持ってくから。
……ん、よし。
「ひえぁっ!?
唾液で指を
「はっくぅ!」
料理の腕には自信が有ってね、作るのに集中してるとストレスの発散にもなるからよく自炊してる。
レパートリーもそこそこに持ってるの。それは男に対する特技と言えるわよね?
これでも、二十二歳の時から二年間恋人が居たわ。
物凄くイイ男でね。同じニホン人なのに、まるで住んでた世界が違うんじゃないかって思った位の優しくて強い男。……つい最近、別れてしまったけれど。
「ああ、あああ――!」
今私の下で喘いでる彼は新しい恋人とかじゃあなくてね、さっきその辺で狩ったはじめまして
恋人と別れてからこの二週間で、もう五人目になるはじめまして君よ。
かなりのハイペースに自分でも驚いてるけど、でも四人目までの男とは狩ったその夜にさよならしていたから、すぐに次の獲物を求めていたというだけなのよ。
そう、私は男を狩る事に悦びを見出す女
十五歳の頃からそうで、十七歳まではあくまで恋愛面でそうだったけど、セックスはすぐにしたがったし、十八歳から二十二歳までの四年間はもう色んな順序は省いて男とベッドの上に乗れればそれで良かった。
二十二歳からの二年間……。今から二週間前までだけが私にとっては特別で、その時は他の男なんか見向きもしないでただひたすらに、恋人だった男へと心を傾けていたわ。
盲目、だったかもしれない。狩りは目が良くなければ出来ないのにね。
「あひっ、くぅあああ――!」
名前も知らないこの男の口からでも、こういう
愛情では得られない高揚感の形。この体に馴染んだ形が落ち着くの、心には何も影響の無い快楽という名の高揚感が。
愛情は怖いわ。相手の事を思う程、自分が自分じゃ無くなってくような感覚が生じて、そんな自分のまま大事な彼と触れ合わなきゃいけない事が怖いとそう思った。
だから私はその人の前から逃げた。私に、プロポーズまでしてくれていたのに……。
くっ……。ごめん、思い出し過ぎちゃったみたい……。
「……どうして欲しいか言って」
「え?」
私の中にある愛情は、もう残り香に過ぎないっていうのに。その人の事ももう踏ん切りを付けてるっていうのに。
ただ、私が逃げたという事実だけが私を
どうして欲しいか、どうされたいか、どうしたいか、どうしなきゃいけないのか。
分からない。心が少しでも影響し出したなら、その途端に何もかも。
はっきり言葉で示し合わなければ、安心出来ない。
――こんな、こんな子供でも知ってるような事を私は、どうして大人になってから忘れてしまっていたのよ!!
「どうして欲しいか言いなさい! 早く!!」
ゆっくりと、でも一度だけ深くまで達するように腰を落とす。快感なら繋がった時点から、今までずっと私の体にも走っていたわ。
けど、それがなんだって言うの?
快感に痺れた掌をそれでも男の下腹部に押し当てて爪を立てる。『ここまで好き勝手にされて、もし悔しいと思うのならお前も私に向けて突き上げろ』という意味を込めて。
だってそれでも分かるんでしょう? 大人の男と女なら、大して言葉を交わさなくったって。もう子供じゃあ、無いんだから……。
この男が大人でそれを分かってくれるのなら、私も少なくともこのベッドの上では少し妥協してあげる。アナタに負けた女になってあげる。
「くああああ! イ、イカせてくれぇ!!」
…………。
「……そうね。私も、一緒にイクわ」
私のその言葉を聞いた時、男は張り詰めていた表情から一転子供みたいにとても安心したような顔になって、私は彼の心の間隙を縫って一気に激しく攻め立てて、彼を果てさせた。
時間は掛からなかった。きっと、私がよっぽど優しい声色をしてしまっていたからね。
だってベッドの上で恥と一緒に剥き出しの純真さを見せた男にさ、辛く当るなんて、そんなレベルの低い女じゃないもの、私は。
私もほぼ同時にイッたけど、でも彼よりは後。
強がりとかじゃない。私が引き出した彼のその安堵の表情をただしっかりと見続けて、私の狩りの成就に酔い痴れていたかったのよ。
この男とももう二度と逢う事は無いわね、だって既に彼の男としての限界は見えたから。
夜の街で偶然目を引いたというだけの男だから、これ以上なんの関心も、まして愛情も生まれる筈無い。
私の心の中にはただ一つ、あの元恋人と別れてからずっとこびり付いてる問いが有るだけ。
この先私が女として男という生き物と向き合い続けて、快楽以外の何かを得られるような事があるのだろうか……。そんな問いがどうしても、心の中から離れない。
――第零話 完――
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