あわてんぼうのブラック・サンタ
【ハギシリアス&マグマンドラ+??】
お祭り騒ぎは大好きだが、人間どもの騒ぎ方はどうも気に入らない。家族?恋人?仲間、はまぁいなくもないか。何かと理由をつけて、あまり普段と変わらないメンツと遊んで何が楽しい。そんなことより俺ららしい、クリスマスの楽しみ方があるのだ。
今日も今日とて一人暮らしの大学生の家を回って「ちょっとした贈り物」をしていく。
「おい、マグマンドラ!ここ、いないぞ。」
「よし。」
マグマンドラが廊下に面した窓の格子状の柵に紙袋をねじ込む。中身は失敗したジンジャークッキーである。
俺様たちこそ巷で噂の「早稲田のブラック・サンタ」だ。
事の発端はネットサーフィンで見つけた「ブラック・サンタ」の言い伝えだ。よい子にはサンタクロースが嬉しいプレゼントを、悪い子にはブラック・サンタが嬉しくないプレゼントを贈るという話。嬉しくないプレゼントの代表例が動物の内臓だの魚の頭だのなかなかにえげつないものばかりで驚いたが。こうなればぜひ、ちょっとしたイタズラを仕掛けたいところだ。残念なことに最近は楽しめることがなかった。何をしていても、どこか力の入らないような感覚。お陰で歴戦の幹部ハギシリアス様と言いながら大した戦果も上げることができず、ますます窮屈に感じていたところだった。
問題はあげるプレゼントだ。人間ども同様に動物の死骸では面白くない。第一自分が触りたくない。でももらっても全く嬉しくないものにしたい。そこで考えたのがマグマンドラの手料理である。
マグマンドラにはなぜか料理に興味を持っていた時期というか瞬間があった。ある日突然自分の技でサンマが焼けるのではないかと言い出し、速やかに実行したのだ。そして見事にサンマは消し炭となった。俺様たちが見たのはそこまでではあったものの、執念深いマグマンドラのことだ、あれ以降実は陰で練習しているのではないか?
「お前、料理ってまだやってんの?」
「ん?なんでお前が知ってんだ???」
ビンゴ!
「最近作ったのは、あれだ、クッキー。」
「クッキー!? そんなのまた消し炭コースだろうが!」
「いや、形は残ったぞ? 火力調整ができるようになったからな!」
わかると思うがこいつは本当に無駄なことをしている。せっかくの高火力を弱火にする方法を考えているのだから。
「その、残りってあったりするのか?」
あるぞ!って嬉しそうにタッパー掲げて、今あんのかい。見せてくれたのは見事に焦げ焦げの塊がいくつか。確かにサンマのように跡形もないという感じではなく、ギリギリ作ろうとした形は残っている。星にハートにクマ?
「女子か」
「傀儡子ちゃんにあげようと思っててなぁ!」
「ええええええええええ なんで」
「ベティちゃんが教えてくれたんだ。日ごろから世話になっている奴に贈り物をするんだろ?枕元に置いとくっていう、あれ。」
なにかすごく絶妙にいろいろなものが混ざっている気がする。
しかもマグマンドラ的には傀儡子ちゃんに世話になっているという自覚があるらしい。これは面白くなりそうな。
「食うか? おすすめしないけど。」
普通そういうこと自分で言わねえよ、と前置きしてから一つ口に放り込む。
砂を噛んだようなじゃりじゃりした舌触りと後からやってくる苦味、鼻から抜ける焦げ臭さ、どこをどうとっても不味い。吐きそうになるのを丸呑み出来たのが奇跡だ。
「なあマグちゃん? 回数こなしたら上手くなるって。協力するぜ?」
その後、練習と称して黒焦げのクッキーが量産された。(その料理のラスト「焼く」工程はとんでもない迫力とあまりにもアホすぎる光景でひたすら笑い転げていた。)
まだ本番の一週間前なのだが、世間的にはクリスマス商戦が始まっているようなのでもういいだろう。
さあ、ブラック・サンタの出動だ!!
夜な夜な一人暮らしの早大生が住んでいる家を回ってはプレゼントを置いていく。特に帰りの遅い家を狙っているのは見つかりたくないからでもあり、夜遅くまで活発に活動しやがって早く帰って寝ろよ的な皮肉でもある。夜遊びは悪い子の証拠だ。
「なあ、この家なんか変な気がしないか?」
マグマンドラが一軒家を指さす。殺風景なほど綺麗に刈り込まれた庭付きの2階建て。確かに玄関のドアが浮いている。つまり開いている。これまでどの家もきっちり鍵が閉められていたので珍しい。どの部屋も明かりはついていないが、不在なのだろうか。いずれにせよ変だ。
「これ、あれだろ中に死体があるやつ。」
「そういうのオレ絶対無理。 え、ハギシリアス入るの?」
「別に好き好んで見たいわけじゃねえけど。」
ズカズカと庭に踏み込みドアに近付いて確信を持った。この鍵の壊れ方。薄く鋭い刃物で迷いなく一刀両断されている。普通の人間に出来る芸当とは思えなかった。
まだ居る気がする。そんな期待を込めてドアをそっと開いた。
「よお、久しぶりだなあ。」
「追いかけてきたのか?」
いいや?と首をかしげながら以前よりややがっしりした元・同僚を見上げる。
「そもそもお前、送別パーティであんなに酒飲ましたのに吐かなかったからな。行き先。」
「吐かせる相手より先に吐いたお前が何を言う。」
しびれを切らしたらしいマグマンドラが恐る恐るドアを開けて、そのままフリーズしている。
「マグマンドラもいるのか。二人で夜中に何をしている。」
「まああれだ、イタズラだよ。」
「Halloweenは終わったはずだ。」
「ちげえよブラック・サンタ! 最近巷を賑わすブラック・サンタ! 知らない?」
「また、くだらないことを。」
「マグちゃんの失敗したクッキー配り歩いてんのさ。」
「Halloweenは終わったはずだ。」
相変わらず頭の回転の速い奴だ。小気味よい軽口の応酬が懐かしかった。
「お、おまえこそ、何してるんだよ・・・?」
ようやくフリーズから立ち直ったマグマンドラの質問に頷き一つ返して廊下の奥の階段を指さす。
「手伝ってくれるか? あわてんぼうのブラック・サンタ。」
入った部屋には恐れていた死体などは転がっておらず、不気味なくらい密集して置かれたPCがあるだけだった。床を這うコードの束がジャングルのイメージ図で出てくるツタのようだと思った。こういうことを考えていないと前を行く元同僚の切れ味鋭い片刃の愛刀についたテラテラした粘度の高そうな液体が付着したと思われる汚れが気になってしまう。他の部屋は覗きたくねえなと思ったとき、別の部屋から物音がした。
「起きたか・・・ハギシリアス、一階だ。」
「え゛っ俺様が行くの?」
「一人が嫌ならお前も行けマグマンドラ。とにかく見付かるのだけはまずい。」
「いやいやいやいやいやいやだって絶対無理なんで起きるの。」
それで斬ったんでしょという二人分の視線を悠然と受け止めて、切れ者で冷酷な剣士は少し笑ったように見えた。
「子供は斬らない。」
恐る恐る一階に降りてリビングをそっと覗けばそこにも恐れていたものはない。お手本のようなクリスマスパーティのセッティングがされたダイニングテーブルの奥、ソファにいるのが物音の正体だとすぐに分かった。5歳くらいの女の子が驚いたことによく知った名を呼んでいる。今まさに二階にいるのに見つかったらマズいということは、この家にいること自体ではなく「何か」を探していることがマズいのだろう。つまり彼女が二階に行くことだけ阻止すれば良い。
「・・・親はどうしたんだろうな。」
「・・・・」
確かにこの年齢の子が一人暮らしとは考えにくい。やはりあの汚れが気になってしまう。
そのとき彼女がソファから降りようとしているのが見えた。行くしかない。
「やあお嬢さん? メリークリスマス!」
突然現れた見知らぬ異形の怪物に驚くことも泣き出すこともなく、嬉しそうに両手を挙げて歓迎している。
「わあぁ!歯の妖精さん!」
うそーん。
確かにサンタクロースというには赤が少なすぎるから仕方がないのかもしれない。
「君は良い子にしていたかな?」
「ううん。」
ちょっと寂しそうな泣き出しそうな表情でうつむいてしまう。人間というのは凄いものでまだ幼いのに既にこんな複雑な表情が出来る。
「そうなのか?」
「いろいろなの。」
いろいろあるのよなんて言葉の使い方をこの子はどこで学んだのか。
「いろいろのうちの、一個だけでいいや、なんで?」
「うーん、ありがとうがいえない子だから。」
「ありがとうが? 親にか?」
「ううん、おかあさんには言えるの。でもエンジークには言えなかったの。」
エンジークだって? そんな珍しい名前、エンジークワセダしか知らない。
「あの、赤いヒーローか? なんでそんな奴に?」
「プレゼントもらった。」
思い当たることがある。おそらくこの子の言うエンジークにプレゼントをもらったとはクリスマスイベントのことだろう。というか、その場合俺もいたはずではないか。
「歯の妖精さんはわるい子つかまえに来たんでしょ? せんとういんにするんでしょ?」
「なんだよ、ちゃんと覚えてたのかよ・・・俺様の名前はハギシリアス。ハギシリアスだ。」
「長いもん。」
「はいはいそーですか。 でもちゃんと覚えてるんだから偉いんじゃね?」
「んん?」
「エンジークにありがとうが言えなかったこと。」 あと俺のことも。
「どうせまた会えるぜ? もうすぐクリスマスだろ? 今度、ちゃんと言えばいいさ。」
「そっか!」
後ろを振り返ればリビングの入り口の陰に隠れてマグマンドラが何かを伝えようとしている。
「ねえねえ。」
「ああ、あれはトナカイさんだ。ちょっと待ってな。」
近寄ると嬉しそうに報告してくる。
「あれは血じゃなくて照り焼きソースだ。」
ああ確かにテーブルにはきれいに盛られた肉料理がある。暗かったから色までは良く見えなかったが、照り焼きソースだったのか。よかった。ってなるわけないだろ!なんでそれで斬ったんだ!
「あの子の両親は帰ってきていないだけらしい。」
「はあ?」
「あの子の親はちょっと前にウチに出入りしてた医者だか研究員だかの仲間だったらしくてな。昔あいつが開発した兵器の設計図を盗んでたんだと。」
あいつ、と二階を指さす動きで誰のことかわかった。そんなものを作っていたとはGPA10.0は伊達ではない。
「なんでまた今更。」
「それが今更でもないんだ。 アーグネットが充電切れになるのは試作段階の設計図を使ったからなんだよ。 今あの子の親たちは完成品を作ろうとしてる。」
「待て待て、なんで急にアーグネットが出てくる?」
「おかしいと思わなかったのか? なんで傀儡子ちゃんが、あんな戦闘能力の高くて作戦立案能力も持ってる高性能の機体をいきなり用意できたのか。」
言われてみれば、ネイビーマシンは人間に憑りつくことで行動していたのに対し、現在自分たちがアーグネットと呼んでいる者は機械の身体を持っている。どこから誰が用意してきたのかなんて考えもしなかった。よく考えてみれば「地道に集めた砂鉄で出来ている」なんて設計コンセプトは、その辺にあるもので即席の武器を作って戦うあいつらしいではないか。
「アーグネットの出自は理解できた。じゃあ帰ってきてないってのは研究に没頭してってことか? ならなんでわざわざあいつがここで泥棒してんだ。」
「いや、あいつもサンタらしいぞ。」
唯一の住人は侵入していることを知っているどころか名前まで知っているのに、わざわざドアを壊して、何かを探しながらPCに細工をしている。一週間前だというのに完璧なまでのパーティの準備。そして彼女は悪い子。ようやく分かった。
これはきっと自分たちの「工作」にばかり没頭して娘のことを忘れている両親に対する彼女のささやかな反抗。
ちょうど降りてきた切れ者の剣士はやはり笑っているように見える。
「おまえ、またくだらねえことしてんな。」
回りくどすぎるんだよと小突いた。
「そろそろ戻ってくるだろう。ドアの鍵を壊して彼らの携帯の警報が鳴り始めてから30分は経過しているはずだ。」
「セキュリティ対策も形無しだな。まさか娘がグルとは。 いつの間になつかれたんだ?」
「いろいろあってな。」
少女の方を見て肩をすくめる。
「探し物は良いのか?」
「ああ。盗んだあとそのままの状態で保管していたとは思わなかったが。」
手にしているのはアンティークのオルゴール。流れ出したクリスマスソングを無視して蓋の二重底を外すと、そこにUSBメモリが入っている。
「完成版とは言えないが、改善はされている。多少燃費は良くなるだろうな。」
「で、本当はもっとヤバい兵器の設計図が入ってるから取りに来たんだな?」
ふん、と鼻で笑っているからこれは肯定ととらえるべきだ。こいつ自身の本当の目的は昔奪われた研究のデータを取り返すこと。どこかでアーグネットを見て、そこから辿って、この家にたどり着いた。しかしこの研究者夫婦が見つけられたのは未完成のボディの設計図だけ。オルゴールを回収してPCに残っていた全てのバックアップを消し、改善案だけを残して去る。まさに見せつけるように。
「お前たちが必死こいて研究してるものはとっくの昔に私が創ってるんですよ、ってか。」
「セキュリティが鳴って何事かと思って帰って来る。そしたらクリスマスパーティの準備がされてて、パソコンにはしばらく研究しないでも済みそうな皮肉たっぷりのプレゼント。この子は両親と1週間クリスマスを楽しめる。めでたしめでたし。」
ぱちんと茶色い両手を合わせたマグマンドラが思い出したように言う。
「あ、待って。これ。あの子にプレゼント。渡してこいよ。」
1つだけちゃんと包装されたものであることに気付いて少し驚く。
「それ、一個だけ上手くいったクッキー・・・」
「いいよ、バレンタインデーにまた作れっから。」
それはそれでますます面白くなりそうな気がするので笑って成り行きを見守る。
黄色い手が飾りつけに使われたと思われる折り紙の余りを拾い上げ器用にカッターを滑らせる。あっという間に星が出来た。地味な百均の包装紙に星とリボンをつければ立派なラッピングになる。それを持ってリビングに入ると満面の笑みで迎えられた。
黄色いサンタクロースは小さな協力者にひざまずく。
「ちょっと早いが、メリークリスマス。」
「ありがとう!」
その調子でいけば、この子はいい子になれるだろう。
彼女のいたずらに手を貸したこいつの気持ちが分かるような気がした。
「そう言えば喋り方、昔のに戻したんだな。」
「それだ、さっきからすげえ違和感と思ってたんだけど。っていうか昔はこれなの?」
「元はと言えばお前の罰ゲームが発端だろうが。忘れもしない2014年のクリスマスだ。」
「ああ! そうだった、作戦が失敗したらイメチェンってやつな!」
「なんかフリ〇ザ様みたいな喋り方してたけど・・・」
「せめて強くて頭が良さそうな方向性にしたくてな・・・若気の至りとも言うか。」
「俺の提案載って良かったろ? キャラ立ってたと思うぜ? 敬語キャラ少ないし。」
「そこで罰ゲームを反故にするって選択肢がない辺り律儀な・・・」
「それはそれで気に食わなかった。いろいろと難癖を付けてきて、喧嘩を買った時点で負けみたいなものだ。」
「なあ、昔に口調戻したついでにタカダノバーバリアンに戻らねえ?」
「ふん、今は他にやるべきことがあってな。 お前こそ。」
「なんだよ。」
「昔のお前に戻らなくていいのか?」
「意味が分からないね。ボクはずっとボクさ。」
「・・・掴みどころのない奴だ。いい加減、一人称くらい固定しろ。」
「次会う時までには決めておいてやるぜ。」
「そうか。」
「今回ばかりは礼を言う。
ありがとう。」
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