雨公女

魚魚

第1話 初めての地上

 ガタンと音を立て、そして上がっていく。

 

 普段町で使っているエレベーターは、錆の匂いが充満していて錆びた箱だ。対照的な清潔感がある無機質で大きな白い壁は、別の世界に連れて行ってくれる気分にさせる。人が30ちょっと入る大きさも街にはあまりないが、より広く感じるのは四方が壁に囲まれているわけではないからだ。一方は壁一面が大きな一枚のガラスとなっていて、今まで住んでいた街を見渡すことができた。

 

 子供たちは皆、エレベーターが動く前はわあきゃあと騒いでいたのだが、動き出して自分たちの街から離れていくたびに言葉は減っていた。しかし、多くはガラスから目を離すことはなく、固唾を見守っている。


 その中に女の子が一人、彼女はエリスと呼ばれていた。

 

 ガラスはだんだんと街ではなく、黒く染まっていく。まだまだ上がっていく。終点まではだいぶ時間がかかるとは子供たちは授業で習っていたのだが、だんだんと黒く染まって行くたびに悲鳴の声を上げている子もいた。しかし、エリスはどんどんと上昇していく高さに比例するかのようにガラスにかじりついて直立不動で見ていた。

 

 うるさくてすいません。と先生が他の乗客に頭を少し下げて謝った後、「エリス。あなたは怖くないの?」と声をかけた。

「怖くないわ。それよりも早く見てみたいの。この世界を」

 エリスが振り向いて、答えると「そう」と先生は優しく微笑んだ。

 

 その時、真っ暗だったガラスに光が差し込んだ。外の景色が見える。その景色は雨で染まっていた


「ああ!初めての地上の最初を見逃した!」とエリスはまたガラスのほうを向いた。

 外は雨が降っているため、絶景ではない。灰色の世界だ。しかし、さきほどまで悲鳴を上げていた子さえも、食い入るように景色を見た。食い入るどころか皿までなめまわすかのような勢いで。

 

 エリスも同じだ。そう。彼女たちにとって雨が降る世界、いや地上の世界というのが初めてだったからだ。

 そんな感情などは露知らずに、エレベーターは速度を変えずにどんどんと上がり続けていった。

 



-ピンポン。

 音が鳴り、ガラスの反対側の扉がめいいっぱいに開いた。それがスタートの合図かのように子供たちは飛び出した。先生は入り口前で待っててねと声をかける。


 先生も降りて、エレベーターの中にいないかの確認をする。そこにはまだ降りようとはしないエリスともう1人いた。


「ソラ。もう着いたわよ。目を開けて」

 先生の言葉にソラは恐る恐る目を開けた。開けると途端に眩しく「わあ!」としゃがんでいたお尻を地面につけた。なぜ眩しいかというと、エレベーターの終点が雨の雲を抜けたところよりも高く、太陽という地下の街では見たこともない光が降り注いでいたからだ。


「もう、ソラはだらしないんだから」とガラスの外を細目ながらもまだ見ていたエリスは、ソラの元に歩み寄り手を差し伸べた。


「ご、ごめん」と手をつかみ立ち上がるソラ。自分と同い年に立ち上がる補助をしてもらうことが恥ずかしいのか、立ち上がると手を離してお尻のほこりを払った。

 

 二人はクラスメイトの列の最後尾について、先頭を歩く先生についていった。少しすると、クラス一同は広いロビーにたどり着いた。そこにはエレベーターよりもさらに大きなガラスが四方を聳え立っていた。

 

 そこから見える、子供たちにとっての初めての太陽。しかし、その下は衰退した人類の過去の栄光と降り続く雨を生み出す雨雲の姿のみだった。

 

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雨公女 魚魚 @tapika

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