『9月25日午後1時 イースタンポート、武器商人ダブの店 PartⅡ』
「ちっ、ほぼ同じかよ」
「いやいや。今絞め落としてるから、幸平の負けじゃない?」
「こりゃ、アレだよ。魚釣った後に〆るのと同じで、後処理みたいなモンだ」
幸平も姫梨奈も、涼しい顔で軽口を飛ばし合っていた。そして二人は同時に、獲物を見つけた肉食獣の様な笑顔でダブの方を向く。
ダブが心底怯え、裏口から逃げ出そうと二人に背を向けた時には既に、幸平がダブの至近距離に迫っていた。逃げようとするダブの襟首を左手で強く掴んで引き寄せ、右腕でダブの太い首を絞める。今度は頸動脈を絞めている為、気道を絞めるより危険だ。気道であれば死に至る可能性は少ないが、頸動脈を絞めて落とした場合、適切な蘇生方法を行わなければ死んでしまう。
それを分かった上で、幸平はダブを絞め落とそうとしていた。
「よーし! テメェが何秒持つか、賭けてみるか⁉ 賭けるのはテメェの
ダブの顔から、血の気がみるみる無くなっていく。彼の顔には冷や汗が噴き出し、今にも口から泡を吹きそうだ。
「ギブ、ギブ、ギブだ! 喋る、喋るよ!」
幸平の右腕を必死に叩き、間もなくダブは降参した。解放されたダブはその場にへたり込み、何回も咳き込んだ後、深呼吸してようやく落ち着きを取り戻す。
「……クソッ! 情け容赦のないサイコ共め……」
「
幸平は腕を組んで、ぎろりとダブを睨み据えた。先ほど頸動脈を絞められたのがよほど堪えたのか、ダブは大人しくそれに従う。ダブは近くにあった椅子を引き寄せて座り、どうにか一息つくとゆっくり話し始めた。
「話すったって、お前ら豊島一家を襲ったのが、ロシアン・マフィアだってことはもう分かってるんだろう? なら、他に何が知りたいんだ」
「アナタはそのロシアン・マフィアに、武器を売ったんでしょ? だったら、連中の拠点が何処なのかとか、そういうのは知らないの? それと、私たちは別にアナタを殺しに来たわけじゃない。必要な情報を手に入れたら、さっさと帰るよ」
飴と鞭が必要だと判断した姫梨奈が、子供に質問する母親のように優しい声色でダブに質問する。しかし、その質問に対してダブは首を横に振った。
「連中は自前の銃を、どうやったか知らないが、ロシアから持ってきていたらしい。だから、買っていったのは別動隊って奴らの分だけ。おまけになかなか用心深くて、ボスの代理だって名乗る大男しか店には来なかったよ」
その言葉を聞いて、姫梨奈は顎に指を当てて考え始める。幸平はその間に、自分の関心があることについて勝手に聞き始めた。
「じゃ、今度は俺からの個人的な質問だ。テメェ、撃つとアシがつく銃身なんかを交換して、売ってるみたいだけどよ。新品の銃は売ってねぇのか?」
幸平はそう言いながら近くの壁に立て掛けている拳銃、トーラスPT92を勝手に触っている。
「まさか! 新品の銃を、五大ファミリーの庇護も受けずに売るなんて真似、したくもないね。その点、
前に使用していた人物がよほど荒っぽく扱ったのか、PT92の
ぱっと手に取り、一度構えて幸平はこの銃を粗悪品だと判断した。
「その口ぶりだと、テメェは
粗悪品に対する不快感を隠すこと無く表情に出しながら、幸平は元あった場所にPT92を戻し、話を続ける。ダブは笑って、人差し指と親指を擦り合わせた。
「コネなんかいらない。
「……つくづく、胸糞の悪ぃ連中だぜ」
忌々しそうに舌打ちをする幸平の横で、姫梨奈があることを思いつく。
「ねぇ、この店の監視カメラは、どんな時でも稼働してるよね?」
突然そう聞かれたダブは、やや戸惑いながらも答えた。
「あ、あぁ。今も動いている」
それを聞くや否や、姫梨奈はダブのすぐ近くまで寄り、その鼻先に右の人差し指を近づけた。姫梨奈の顔には、自信満々といった具合の笑みが浮かんでいる。
「なら、さっき言ってたボス代理の大男が来店した時の映像、見せてもらえるかな?」
その手があったかと、幸平も犬歯を剥き出しにして笑う。その笑みはさながら獣の威嚇を彷彿とさせた。見せなければダブの骨を一本一本折ってやるぞ、と言わんばかりである。
ダブに拒否権は無かった。
「ほらよ。カメラの映像だ……。頼むから、関係ない顧客の映像は見ないでくれよ……」
頭を抱えているダブをよそに、幸平と姫梨奈の二人は安っぽい薄型モニターで、監視カメラの映像を凝視している。木製のテーブルに乗っているモニターは三つあり、裏口側と表側、そして店内のカメラ映像を流す為に分かれていた。テーブルの下には、それを保存する為の機材が置いている。
モニターに映っているのは、今から十日ほど前の映像。店内に一人の大男とその部下と思われる四人が現れ、ダブに大きめの紙袋を渡した。恐らく、武器の代金だろう。
「おい、ダブ公。テメェはこの時、露助から幾らもらったんだ?」
「……大体、百二十万円くらいだ。拳銃や短機関銃、散弾銃も売りさばいたからな」
「押しつけた、の間違いじゃねぇのか。あのオンボロを百二十万円たぁ、テメェも随分とアコギな商売しやがるぜ」
映像は進み、大男たちがダブの用意した木箱を店の外へと運び始める。大男の部下は二人がかりで木箱を持っているが、大男は力士が米俵を運ぶかの様に、木箱を肩へと担いでいた。
「この筋肉ダルマ、あの箱を買い物袋みてぇに軽々と担ぎやがるぜ」
「あ、あぁ。取引してる時も、首をねじ切られるんじゃないかと思ったよ。ありゃ、ただのごろつきじゃない。間違いなく、元軍人か何かだ」
そして、その全てを運び終えると、大男たちは二台の黒いSUVに乗り込んで店を後にする。ここで、ダブがリモコンで映像を止めた。
「これで終わりだ。さぁ、これでもうここに用はないだろ? 帰ってくれ」
幸平たちに手で追い払うような仕草を見せて、早く出ていけと催促する。そこで幸平は、いつの間にか机の下に左手を伸ばしていた姫梨奈へと視線を送った。
「――だとさ。どうだ、姫梨奈?」
姫梨奈は右手でVサインを作り、幸平へと向ける。
「ばっちり。映像はしっかり、私の携帯へコピーできたよ」
そう言った後、姫梨奈はテーブル下の機材から、隠し持ってきたUSBケーブルを抜いた。幸平がダブの気を引いている隙に、ケーブルを挿していたのである。
「あっ、いつの間に!」
思わず大声を出すダブを後目に、幸平たちは用済みと言わんばかりに店を立ち去ろうとしていた。その日一日分の顧客データを盗まれたのも同然なダブは、慌ててそれを取り返そうとするが、考えてみれば自分が勝てる相手ではないと悟って立ち止まる。
「それじゃ、
「いやぁ、ごめんね。後、店の中はもうちょっと掃除した方が良いかもよ」
そう言って、幸平と姫梨奈は裏口から店を後にした。
その後、店内でわなわなと打ち震えるダブは、こう叫んだ。
「二度と来るんじゃねぇ――――!」
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