『9月25日午前3時 インサニオ某所の安宿 PartⅠ』
「俺だ、マイケルだ! 早くドアを開けてくれ!」
マイケルと名乗る男が、安宿のドアを廊下側から何回も荒っぽくノックする。
所々が剥がれ落ち、煙草のヤニや謎の黒いシミで汚れた、クリーム色の簡素な壁紙。天井には、時折点滅する電球が一定の間隔で取り付けてある。男二人がどうにか通れるほどの幅しかない白いタイル張りの床は、各日で磨かれているとは思えないほど汚れが目立っていた。九月も末だというのに、その廊下には肌へ纏わりつく湿っぽい空気が流れている。快適な空間とは到底言えない。
そして、マイケルが十回ほどドアをノックしたところで、ドアの向こうでチェーンが外れ、鍵の開いた音がした。
「なんだよ、マイケル。次会うのは、豊島一家の連中を粗方片づけた後じゃなかったのか?」
「片づける、だと? 冗談じゃない、……クソッ! カルテルの連中とあのクソ上司は、俺たちをはめやがった」
ドアを開けたマイケルの仲間と思しき男を脇に突き飛ばし、マイケルは逃げ込む様に部屋へと入る。マイケルの顔は青ざめ、息を荒げていた。彼は震える手で、ジャケットの裏ポケットからソフトパックのラッキーストライクを取り出す。どうにか落ち着こうと一本を口に咥え、安物のオイルライターで火を点けた。
「どうしたってんだ、マイケル。あんた、ここを出る前は二十人ほどの部下と一緒に、勇み足で向かっていったろう?」
「それが間違いだったんだ、ジョニー。……いいか? あの連中は、とんでもない猟犬を一匹飼ってやがったんだ。その犬っころに俺以外の全員がやられた。分かるか? 全員だぞ!」
紫煙を一度吐いてなおも声を荒げるマイケルの言葉に、ジョニーと呼ばれた男は驚きを隠せずにいた。
それもそのはず。マイケルが引き連れていた二十人は、ただの二十人ではない。
そんなジョニーを後目に、マイケルは幾つかの写真や書類が無造作に置かれたテーブルを睨みつけ、そこへ自身の拳を振り下ろす。
「たった一人だ。この写真に写ってる、たった一人の若造に、俺の部下たちはやられたんだ……!」
テーブルにある写真の内、一枚を親の仇の様に睨み据えるマイケル。その一枚の写真、正確にいえばマグショットに写っていたのは若い男であった。睨み据える様な三白眼で写真に写っているその男の顔を、マイケルは忌々しげに人差し指で叩く。
「この、眼つきが悪い男だ……。こいつは、マジでイかれてる。そりゃあそうさ、なんてったってこの男は、カルテルが何千万円って賞金を懸けてる、ぶっちぎりのサイコ野郎。『
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